Short story


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 ▼春人

 田舎道を進んで、この辺にひとつしかないスーパーの前を通り過ぎる。そこから小路に入り、カブを道の脇に停めている新聞配達のお兄さんに声をかけると「久しぶり」と笑顔を向けてくれた。それに同じく笑顔で返し、しばらく進むと住宅街に出る。
 その一角に、可もなく不可もない一軒家がひとつ。

「ただいまー」

 鍵の壊れた門を通り、合鍵で玄関を開けて声を出す。そして、中にも足を踏み入れた瞬間。
 直近数ヵ月の…お世辞にも普通とは言えない日常生活から、至って普通の日常生活へと戻る。
 ここはごく在り来たりな一般家庭。
 我が家だ。


「…帰って来たな放蕩息子その3!」

 廊下の奥から声がする。
 息子――じゃなくて、正確には弟だけど。まぁ、まとめて皆の面倒見てるんだから感覚的には息子みたいなもんってのは分かる。だからその言葉を特に否定することなく廊下を進み、リビングダイニングに顔を出した。

「ただいま」
「おかえり。茶菓子を用意するからまぁ座れ…なんておもてなしはない」

 俺の顔を見てそう冗談をかましたかと思うと、菜箸が目の前に突き付けられた。

「しっかり働けよ」

 三男、相澤孝人(たかと)。
 我が家のお母さんとして日々全ての家事をこなす、ごく普通の大学1年生。
 本人はお母さん扱いを嫌がっているが、実母さえもお母さんと呼んでいるのだから…きっともう、一生呼ばれ続けるしかない。

「そのために早く帰ってたしね〜。何する?」
「とりあえず全員起こす」
「……夏休みなのに?」
「保育園に休みはない。小学生組は水やり当番。秘密裏な仕事は不定期」

 奥の方でやかんが吹くような音がして、菜箸が翻る。多分あれはやかんではなく昔ながらの圧力鍋なのだろうが、一体何を作っているのか。
 ……今はそれはいいか。
 保育園児と小学生と成人男性を起こし……待って、成人男性?仕事って言った?

「帰ってきてるんだ」
「そこに荷物が転がってるだろ」

 背中を見せたまま、菜箸だけがどこかを差す。視線を向けると、リビングの端に大量の荷物が積み重なっていた。
 別にいいけどさ。あんなものほいほい転がしてて大丈夫なのかな。

「…てか仕事って、日本にあの人の仕事なんてあるの?」
「ロシアのなんとかが日本経由でなんとか…って言ってな。後は、長く留守にしてる友人の家の管理も任されてるらしい。しばらくいるって」
「へぇ…そうなんだ」

 なんと、しばらくいるのか。
 これは耳よりな情報だ。
 荷物が転がってるのも好都合…おっと、にやにやしちゃうと怪しいからね。さっさと起こしに行こう。

「荷物いっこ持ってっていい〜?」
「軽めのにしとけよ」
「はーい」

 山のような荷物の中から、比較的扱い易いものを手にして階段の隅に置く。これを使うのは一番最後だ。
 まずは比較的簡単に終わる下の子たちを起こすところから始めるため、階段を登って廊下の前に立った。


「みなさーん、おはよーございまーす!」

 全ての部屋に届くよう、大声を張る。
 近所迷惑は気にしなくていい。最初から大家族を望んでいた両親は、この家を建てるときに何よりも防音と耐久力にお金をかけた。
 例え家の中で大爆発が起ころうとも家が壊れることはなく、近所に気付かれることもない…らしい。流石にそれは家への過大評価だと思ってるけど。
 ただ少なくとも、体育祭の応援団ばりの大声を出しても近所に聞こえないということは確かだ。

「本日は俺が清々しい朝を迎えるための手助けをしますよー!その前に自主的に起きる人がいれば、今のうちにどうぞー!」

 続けて叫び、しばし待つ。
 猶予は1分。スマホに目をやり時間を計っていると、30秒ほど経ったところで手前から2番目の扉がガチャリと音を立てた。

「うむ、いい心がけですね〜」

 目を擦りながら顔を出したのと同時に、1分が経過する。
 ジャストタイミング。
 たまたまではない、いつも決まってこうなのだから。

「………春人に起こされるなんて、絶対やだ」

 六男、相澤唯人(ゆいと)。
 時計よりも時間に正確な、ごく普通の小学生5年生だ。
 子供ながらのあどけなさの中にある可愛らしさは兄弟の贔屓目ではなく本物で、将来は秋生や桜ちゃんレベルに可愛くなることは間違いない。

「ちびっこは?」
「ぐっすりだよ」

 自分の出てきた部屋を指差して、唯人は欠伸をこぼしながら階段を下りていった。階段から「まだ6時24分か…」と呟かれるのが聞こえてスマホを見てみると、時刻はきっちり6時24分を示していた。階段に時計はないけど、いつものことだから特に気にはならない。

 さて、1分間の猶予に顔を出さなかった残りの面々には、これから清々しい朝を迎えてもらわなければならない。
 まずは唯人が出てきたきり半開きになっている部屋から攻めるとしよう。


「おはよう、可愛い可愛いおちびちゃん。めいちゃんダイブの時間ですよー」

 部屋に入り二段ベッドの下に顔を覗かせる。すると、小さい体が芋虫のようにもぞもぞと動いた。
 ちらりと布団を捲ると、両手で顔を覆う。

「ん〜〜…」

 ああ、本当に可愛い。
 これは兄弟の贔屓目が入ってるけど。
 いやでもマジ天使。天使もビックリの天使。
 とりあえず写真撮っとこ。

「うー…」

 カシャッという音と共にフラッシュが光ると、小さい体は眩しそうに寝返りを打った。
 あーもう本当に天使。
 そりゃフリフリスカート履かせたくなっちゃいますよ。だって可愛いんだもん。

 まぁでも。
 その兄弟である俺は悪魔寄りだけど。

 天使ちゃんにも、容赦はしない。

「起きないならめいちゃんダイブいっちゃうよ〜?いいのかな〜?」
「……ん〜…」
「それはオッケーの返事ね。じゃあ、遠慮なく」

 めいちゃんダイブまで3、2、1。

「てやっ」
「ぷぎゃあ!」

 ぷ…ぷぎゃあって……。
 ファンタジーの小動物系モンスターがやられる時に言う台詞だよそれ。

「起きた?」
「………おもいー」

 布団の中から不満気な顔が出てくる。
 めいちゃんダイブ、大成功。
 ちなみにこれは某映画からヒントを得て独自に考案した、人を起こすための画期的な方法だ。寝ている人間に向かって飛び込むようにダイブし、一気に体重をかける。そうすると、突然の重さと衝撃にどんな人間でも大抵は目が覚める。
 丸パクリじゃないかという言葉はご法度だからね。

「おはよう」

 ばふ。と、下にあった重みが一瞬で消えて布団が沈んだ。
 同時に、背中に微かな重みを感じる。

「…おはよー」

 七男末っ子、相澤湊人(みなと)。
 脱獄犯もびっくりのすり抜け術を持つ、ごく普通の4歳児。そして我が家の天使。
 一瞬で俺におぶさって、すぐまた寝ようと目を閉じているのが背中越しでも分かる。

「湊人、自分で行くんだよ」

 可愛いからそのまま連れて行ってあげたくなるけど、そこは心を鬼にして。
 背中に手を回して湊人の脇腹を捕らえ、思い切りくすぐる。

「きゃはははは!!」

 甲高い笑い声を上げてジタバタと背中で暴れまわった後、湊人は布団の上に転がり落ちた。
 ここまですると流石に完全覚醒したようで、すぐに起き上がって伸びをする。怪獣の着ぐるみみたいなパジャマは誰のチョイスか知らないが、可愛さが存分に引き出されていて文句の言いようがない。

「よし、1人で下りれるね〜?」
「うん。出来る」

 大きく頷いてから、湊人はトタトタと足音を立てて廊下を走って行った。足音まで可愛いなんて、もうどうしたもんか。…いや、別にどうもしないけど。
 どうもしないけど、やっぱり天使。
 ずっと聞いててもいいくらい…は、言い過ぎかも。
 それに、そういうわけにもいかないし。

 可愛い天使の足音が聞こえなくなったら、次は微塵も可愛げのない部屋に向かう。
 プライバシーを尊重して勝手に開けたりはしない。開ける必要もない。

「朝だよ。起きて」

 声をかけるが、返事はない。
 けれど先程のような物理攻撃は一切しない。

「起きなくていいの?」

 やはり返事はない。

「あっそ〜。じゃあ、お隣さんから貰った孝人の大好物の大福を全部食べたこと言っていいの?」

 ガタッと、微かな音がした。

「学校には歩いて行きなさいって言われてるのに、遅刻しそうだからって飛んでってることも?数週間前からうちの洗濯物に鳥の糞が付いてるのは、誰かさんがカラスにちょっかいかけたせいだってことも?」

 ガタガタッと、今度は大きな音がして。バタバタと忙しない音が続き。
 最期にバタンッと、扉が開いた。

「なっ…何で知ってんだよ!」

 五男、相澤藍人(あいと)。
 生粋の日本人でありながら真っ青な髪に青い目の、少しだけ普通ではない小学6年生。
 可愛げなんてこれっぽっちもないけど、父の血をしっかりと受け継いだ二枚目男児だ。そのズボラな性格をもう少しどうにかすれば、きっと将来はモテることでしょう。
 ま、多分無理だけど。
 
「俺の情報収集能力を馬鹿にしてもらっては困りますよ」
「……言うのか」
「今はまだ言わないよ。もっと有効活用するからね〜」
「くそみたいな性格だな」

 ほらね、ぜんっぜん可愛げがないでしょ。
 大体、自分だって人のこと言えた性格かっての〜。

「藍人だけは絶対にすーくんの運命の相手になんかさせない」
「はぁ?」
「こっちの話。さっさと下りるよ」

 2階はこれで終了。
 生意気な弟と階段を下りてリビングに向かうのを見送ってから、先程準備していたものを手にする。
 階段下の扉を開き、そこから更に下に続く階段を降りて向かう先はひとつ。

 地下室だ。
 いざという時のためにシェルターとして作ったものらしいけど、うちの両親は核戦争が起こるとでも思ってるのか。……起こそうとしてるとか?
 いや洒落になんないって。変なこと考えるのやめよ。
 
 少し長めの階段を下ると、目の前に鉄製の扉が現れる。かなり分厚い扉は見た目に判してそれほど重くなく、少し押すだけてギイという音が響く。
 その先に広がるのは、広大なコンクリート張りの部屋。どれくらいの面積があるのか正確には知らないが、普通車が軽く10台以上は入る大きさだ。


「さて、やりますかね〜」

 ここまでは序の口。
 最後の本番は一筋縄ではいかない。気合いを入れていかないと。
 部屋の中にはいくつものコンクリートブロックが転がっている。その大きさはどれもまちまちだが、大体が半径1.5メートル前後の正方形のものだ。
 入り口から一番近いブロックを拠点に構え、持ってきた荷物――ライフルを据える。しっかりと足場を作り、この距離なら備え付けのスコープは必要ない。裸眼で部屋の奥の方に視線を向け、マットレスの上でタオルケットを体に巻き付け寝転んでいる人物に標的を合わせ。

 撃つ。


「…しまった」

 ふわり、とタオルケットが舞い上がった。
 弾が誰もいないマットレスを撃ち抜く。マットレスに吸収されて大きな音こそ出なかったが、弾はコンクリートに埋まったようだ。

 ――失敗した。
 いや、最初から当たらないことは分かっていた。
 問題は、避けた時にタオルケットが邪魔になってその後の動きが分からなかったことだ。もちろん偶然ではない。最初から、それを狙っていた。
 寝起きの動きを見逃してしまうと、俺にはもう見えないことを分かっている。


「それ今回の仕事道具なんだけどな」

 次男、相澤幸人(ゆきと)。
 どこかの国の特殊部隊に所属している、ごくありふれた成人男性だ。
 声がするが、変な機械でも通しているのか。反響していて一体どこから発せられている声なのかが分からない。
 ちなみにその変な機械も今俺が手にしているこのライフルも、どこかの国の政府から極秘裏に支給されたものだ。極秘=表向きは存在しないものなので、仮に公共の場で銃を乱射してもその出所が割れることはない。せいぜい幸人が雇われている国からキツく叱られる程度で終わる。
 つまり…使いたい放題とはこのことだ。

「使われたくないなら、鍵付き金庫にでも保管しきなよ」
「うむ。その案は今後の参考にしよう」
「…余計なこと言うんじゃなかった」

 ま、鍵付き金庫に入ってたとしても開けて使うけど。
 その時が来るまでにピッキング動画でも見てせっせと覚えるか、鍵師でも探して弟子入りしないといけないな。俺ってばなんて勉強家なんだろう。


「さて、次はこっちから反撃しよう」

 ガシャン。
 数ヵ所のコンクリートブロックの上に、一斉に何かが設置された。
 ……間違いない。ガトリング砲だ。

「それ本気?」
「レトロでカッコいいだろ。落札すんのに貯金崩しちまった」

 この武器マニア。
 国の特殊部隊員ともあろう者が、どこの闇取引に手を出してらっしゃいますか。
 ていうか、本気で撃つの?
 本気で可愛い弟に向かってそれ撃つの?

「威力を試したくてうずうずしてたんだよな」

 この武器マニア。
 弟の身を案じるよりも武器の仕様を試す方が上とかバカなんじゃないの。
 そりゃあ今時そんなもの戦場でもない限り使い道なんてないだろうからね。戦場でもあるのか知らないけど……今はそんなこと考えてる場合じゃない!!

「うっ…わ!」

 ライフルを手にコンクリートブロックに体を隠す。
 ガガガガガ…と凄まじい音が室内に響き渡り、鼓膜がおかしくなってしまいそうだ。多分、いくつかあったガトリング砲のうち本物はひとつ。弾が放たれているものもひとつのはずだ。
 だから、どのガトリングから弾が出ているか分かれば幸人の居場所が分かる。しかし、こちらの居場所がバレているせいで集中攻撃をされていて、顔を覗かせることも出来ない。

「これが背水の陣ってやつか」

 ああもう面倒臭い。
 あっちにあんな武器があるって知ってたら、手榴弾かランチャーのひとつくらい持って来たのに。孝人が軽めにしとけとか言うからだ。
 ……今から取りに行こうか?
 いやでも、ここから出たらすぐに撃ち抜かれてお陀仏だ。入り口まで数メートル程だけど、きっと俺の身体能力じゃガトリングの乱射は躱せない。

 ていうか、あれ?
 俺って確か、いち一般人を起こしに来ただけのはずなんだけどなぁ。
 それが何でこんな、死ぬか生きるかみたいな話になってんの?いや本当に。


「派手にやってるみたいだな」

 入り口の向こうから声がした。

「……珍しい、恋人にでも会いに来たの?」

 鉄の扉が邪魔をして、顔は見えない。
 しかし顔を見なくても、俺がここに来た時点でははこの家にいなかった人物だということは分かっていた。
 こんな何でもない日に、まさか勢揃いするなんて。


「生憎、恋人は蒸発中でな」

 長男、相澤隼人(はやと)。
 いずれ日本を征服するであろう、ごくありふれた成人男性その2。
 やはり年齢はよく覚えていない。
 今は姿が見えないが、きっといつも通りスーツ姿でのお出ましなのだろう。この戦場のような場所にスーツなんて、なんだか笑ってしまいそうだ。

「蒸発って…まぁいいや。手伝ってくれるの?」
「近場の講演会前に立ち寄っただけだが、丁度いい肩慣らしになるか」

 いやあんた。
 講演会を何だと思ってるの?
 そんなどこかしこでガトリング砲が飛び交ってる講演会なんて誰も来ないからね?ガラッガラの大赤字待ったなしだよ。
 ……でもま、手伝ってくれるならどうだっていいか。

「どうする?」
「場所を教える。狙って撃て」

 鉄の扉を挟んでるってのに、普通に言うんだもんなぁ。
 口ぶりからして、もう場所は分かってるんだろうけど。一体どういう見え方してるのか凄く気になる。レントゲン的なあれなの?
 そして当たり前のように狙えとか言うけど、場所が分かったら狙えるって話でもないからね。それも見えてるはずたげど。

「……狙う前に穴だらけになるよ」
「弾が永遠に沸いて出るわけじゃない」
「ああ…それは確かに、そうだね」

 つまり弾切れの隙にってこと。
 まぁそれなら納得。
 納得だけど、弾が切れてから動きだしたんじゃ遅いような。あっちもすぐ動くんじゃないの?

「あと20秒で弾が切れる」

 あ、それも分かってらっしゃるのね。

「てか20秒ってこっちの準…」
「真正面ブロックから上31p、右に72p」
「はい?」
「3、2、1…撃て」

 撃て。

「いや無理だよ!」

 撃ったけど!
 とりあえず適当に右斜め上に撃ったけど、そんな一瞬で狙いなんて定められるとでも?それもセンチメートル単位とか、出来るかっての!
 俺をどこのスナイパーと勘違いしてるのかなこの人は。

「問題ない。お前の未熟度体たらく大雑把さは全て折り込み済みだ」
「そうやってすぐ人を下にディスるから恋人が逃げていくんじゃないのかなぁ?うん?」

 続けてガトリングの音が聞こえない辺り、おおよそ上手くいったんだろうけど。
 ボコボコになった鉄扉の向こうから出てきた顔がムカつくくらい男前なのが本当にムカつくし。この戦地にスーツとかやっぱ笑っちゃいそうだし。

「いや、逃がすくらいなら殺してるって」

 こらそこ。
 普通に起きたみたいに床から起き上がってるけど。
 今ライフルで撃たれたんだよね?だから倒れてたんだよね?
 腹に鉄板でも仕込んでたのか………あ、本当に出てきた。どこのお約束かな。

「狂気すぎ。蒸発して正解だよ、どこかで幸せになって」
「無理無理。こっちが狂気ならあっちも狂気。あいつの幸せにこいつは欠かせない」
「意味不明が大渋滞だな」

 まぁ、俺の周りの他人の人たちって基本的に意味不明だからね。もうどこの他人がどんな変人でも大して驚いたりしないけど。
 そんな中に一人飛び込んでる超絶一般人の俺。凄い順応力だと改めて思うよ。うん。

「つーか、隼人が入って来るとかずるくね?春人だけならあと30分は寝れたのに」
「ガトリング撃ちながら寝る気だったの?」
「右の脳だけ寝てたんだよ」

 いやそれどこのイルカ?
 もう面倒臭いから突っ込まないけど。
 この人達の生態系に関心持ってたら切りがなんかありゃしないよ。


「みんなー!孝人がごはんできたってー!」

 突如、階段の上から甲高い声が響く。
 それを耳に隣で「天使の囀りだ」とちょった気持ち悪いことを呟くイルカ人間は、頬までゆるゆるでやっぱり気持ち悪い。
 ……俺もこんなんなんだろうか。それはちょっとやだな。

「隼人も食べてくの?」
「物による」
「俺のリクエストで茶粥だ」
「え〜何それ。なぜに朝から精進料理?」
「………食べて行くか」
「食べてくんかい」

 階段を上がると、廊下が雑巾がけをしたばかりのようで少しだけ湿っていた。きっと外にはもう洗濯物も干してある。
 全ての家事を文字通り同時にこなす我が家のお母さんは、料理に特化した秋生とは一味違った主婦の鑑だ。あれがないと、うちは今頃ゴミ屋敷になってるに違いない。

「揃ったな。じゃあ食べるか」

 机の上には圧力鍋がそのままどーんと乗っかってる。
 中には幸人の言葉通りの茶粥。
 お粥って病人の食べ物的なイメージがあるけど。茶粥はこの辺じゃ郷土料理的な扱いがあって、うちみたいに朝食とかに出されることも少なくはないらしい。
 さっきは精進料理とか文句言ったけど、なんだかんだ美味しんだよねこれ。おかずに玉子焼きと味噌さえあれば文句ないし、大家族だとカレー的な楽さがあるってのもプラスポイントだね。


「いただきまーす」

 全員で揃って手を合わせる。

 ああ、すっごく平凡。
 めっちゃ落ち着く。

 毎日普通じゃい人ばっかりに囲まれてると、時々無性にこんな何でもない日常が恋しくなったりするんだよね。
 だからこうやって時々帰ってきて、この平凡を噛み締めるわけですよ。


 
 


 そう、それは本当にごくありきたりで。
 どこにでもありそうな、一般家庭の日常ってやつ。




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