Long story


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拾漆――それは残酷な決断か


 あの日決めたはずだった。

 もう二度と、失いたくないものは作らない。
 大事な人を失うのはあまりにも辛いことだから。もう失いたくないほど大事な人など作らなければ、絶対に失うこともないのだと。

 そう心に決めたのに、現実はあまりに残酷で。
 そう決めた時点で、既に失いたくない友人がいた。失いたくないと思う前に関係を絶とうと思ったが、それは無理な相談だった。しつこかった。あまりにもしつこく執着してくるから、既にその友人たちが失いたくない友人であったことに気づいてしまった。

 しばらくして、もう一度絶望に直面することになった。
 自分から家族を奪ったものが、今度は自分そのものを奪って行った。忘れていた感情が再び湧き上がってきた。もう何も失いたくないと決めていたはずなのに、今の自分は一体何をしているのだろうかと、そう思った。

 だから再び突き放そうとした。失いたくないからこそ、失う前に関係をなくすのだと。 しかし、いくら拒んでも、相変わらず周りはしつこかった。誰も、絶対に離れて行こうとはしなかった。

 それから、弟が出来た。随分生意気な弟だった。そして同時に、強い心を持っている弟だと思った。今度こそ、失っても大丈夫だと思ったのに。突き放しても、突き放しても、弟は自分の前からいなくならなかった。そしてあるとき気が付いたのだ。その弟の強さは建前で、あまりにもろく、いまにも簡単に崩れてしまいそうだった。そして、その弟は唯一残った肉親である自分にすがりついていた。同じだった。その時既に、その弟は失いたくない弟であったことに気付いたからだ。

 だから、諦めた。そして新たに決意を固めた。
 もうこれ以上、失いたくないものは作らないと。
 
 どうしてだろうか。

 失いたくないものと作りたくないと思えば思うほど、失いたくないものが増えていく。もうこれ以上は、今度こそこれ以上はと思っていたのに。


「華蓮、大丈夫?」

 ソファに座って天を仰いでいると、睡蓮が顔を覗かせてきた。

「大丈夫じゃない」
「えっ…どうしたの!?」

 そう言って、睡蓮は心配そうに華蓮の隣に腰を下ろした。いつもなら可愛くて仕方がないところだが、今はそんな心情でもない。

「何でどいつもこいつも、俺から離れて行かないんだ」
「本当にどうしたの…?急に」
「俺は独りがよかったんだ。それなのに、深月も侑も双月も世月もお前も、俺なんかに執着して何になる」

 華蓮の言葉に、睡蓮の表情が暗くなる。

「華蓮は…僕たちがいない方がいいの?」
「いない方がいい。……と、言い切れたら楽だけどな」

 少し泣きそうだった睡蓮の表情が、明るくなった。今はそんな心情ではないと思っていたが、やはり可愛い。

「みんな華蓮が好きだからだよ」
「どうして」
「深月たちは知らないけど。華蓮、僕と初めて会った時に言ったでしょ。俺はお前なんか面倒みないからさっさと消えろって」
「……そんなこと言ったっけか」

 突き放そうとしようとしたのは確かだが、そこまで酷いことを言っていたのか。今思うと、随分と冷徹だ。

「僕嬉しかったんだ。それまでは、どこに行っても好きなだけここに居たらいいからって言いながら、陰で僕の悪口言って、結局最後は僕を厄介払いされて。でも、華蓮は最初から正直にそう言ってくれて。本当に面倒見てくれなくって、僕にはそれが楽でよかったんだ。でも、僕が死のうとして川に飛び込んだとき、自分も死ぬかもしれないのに助けに来たりして」
「あれは、無意識だった…」

 あの時は本当に、睡蓮が飛び込むのを見るまでは消えてくれればいいと思ってた。…そう思っていると、思い込んでいた。

「そういう無意識なところがいいんだよ。無意識ってことは、それが本当に本音ってことでしょ?華蓮は自分でも知らないうちにみんなに優しいけど、その優しさには中々気づけない。その優しさに気づいた人は、みんな華蓮のことが大好きなんだよ。まぁ、その中でも一番大好きなのは僕だけどねー」

 そう言って笑う睡蓮の笑顔は瞬殺ものだ。全力で甘やかしたくなる。
 腕を引き寄せると、睡蓮はまるでそれを待っていたかのように華蓮の上に腰を下ろした。

「面倒臭い…。もう誰も俺ですら気づいてない俺の真意になんて気付かなければいいのに」
「らしくないなぁ、華蓮。また新しく誰かに好きになられちゃったの?それとも、好きな人でも出来たの?」

 何とも答えにくい質問をしてくる。
 それはどちらも、多分、正解だ。

「どうだろうな」
「うわ!何その返しずるい!…あー、もしかしてあれでしょ!深月たちがよく言ってる、華蓮が可愛がってるって言う後輩の人でしょ!華蓮その人に惚れたんでしょ!」
「………」

 どうしてこうも察しがいいのだろうか。自分の弟ながらあっぱれだ。

「え、図星なの?」
「だったらどうする?」

 睡蓮の方を見ると、どうしてか睡蓮は目を輝かせていた。

「ちょうぜつ嬉しい!」
「何でだ」
「だって、うちにご飯作りに来てくれる人ができるかもしれないじゃん!早く付き合って連れてきてよ!ねぇ!」
「馬鹿言え」
「連れてきてくれないと、華蓮のこと嫌いになるからね」

 そう言う睡蓮の目は真剣で、その言葉が嘘ではないことがよく分かった。

「そんなにうまい飯が食いたいのか」
「僕は華蓮にもっとたくさん、大事な人を作ってほしい。大丈夫だよ。これから大事な人が何人増えたって、誰もいなくなったりしない」
「何でそう言い切れるんだ」
「だって、もう守るしかないでしょ?」

 それはあまりに酷な言葉だ。

 華蓮は守ることができなかった。自分の大切なものを。失ってしまったのだ。
 守れないと分かっているから、大事なものは作らないはずだった。

 しかしどうしてか、華蓮の中のもやもやした気持ちが吹き飛ばされた。
 睡蓮の言う通りだ。もう出来てしまった大事なものは、自分の手で守るほかない。


「最初に俺がお前に言った言葉よりも、今のお前のその言葉の方がよほど残酷だ」
「ふふ、ありがとう」

 出来ることなら、守らなければならないような、そんな事態にならなれければいい。
 あれから今までそうだったように。



「ねぇ華蓮。その人との運命の出会いを教えて?」
「はぁ?」

 なんだ、藪から棒に。
 睡蓮の少しわくわくしたような表情に、華蓮は思いきり顔を顰めて見せた。

「深月の話だと、その人を誘ったのは華蓮なんでしょ?ずっと深月たち以外に誰とも親しくなろうとしなかったのに、どういう心境の変化なのか実はずっと気になってたんだよね」

 睡蓮の目は、今なら何を聞いても怒られないだろうということを察しているかのような目だ。

「特に理由はない」
「そんなことないでしょ。喋ってくれないと、深月の家に家出する」

 これは一種の恐喝だ。世月の家ならともかく、深月の家は絶対に却下だ。睡蓮の健全な育成と真面な性格形成に支障をきたす可能性がある。絶対に許すことはできない。





「あいつがもう少し利口だったら、多分、放っておいたと思う」

 家出をしようとしたら力づくで止めればいい話だ。しかし、別に話して何かが減るわけでもない。
 華蓮はもうずいぶん前のことのように感じる秋生と会った日のことを思い出しながら、溜息交じりに呟いた。



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