Long story


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拾漆――雨が運んできた偶然

 雨。毎日雨、雨、雨。
 どこに移動するにもうっとうしい雨が毎日のように降るこの季節が好きな人はあまりいない。真っ暗な空は心まで憂鬱にするものだ。そして、雨が連れてくる友達も人間にすれば酷く厄介なもので、時に一瞬で爆発音とともに人の命を奪っていく。
 侑は梅雨が大嫌いだ。この季節が来るとライブはおろか、どんな仕事も請け負いたくないくらい、常に家に閉じこもっておきたいくらいにこの季節が嫌いなのだ。しかし、現実はそう甘くはない。仕事をしなければ名はすたれてしまうし、学校に行かなければ卒業は出来ない。


「ああああ――――!」

 新聞部の部室では、今日は朝から侑の叫び声が幾度となく響いている。雷の音をごまかすためだが、気休めにも限度がある。

「いい加減うるさい!」

 隣にいたポニーテールが顔をしかめた。近くで見ると目元が少しだけ世月に似ている風貌だ。世の若者たちからは、shoehornのレフト様と呼ばれている。

「可愛い可愛い侑様が怖がってるのにうるさいとは何事ですか!」
「うるせぇもんはうるせぇんだよ!朝から晩までぎゃーぎゃーと!」

 涙目で訴える侑に対し、レフト様こと―――深月は迷惑そうに返した。

「可愛い可愛い侑様って…あいつ馬鹿なの?」
「それを否定しない深月も大概だろ」

 侑と深月がじゃれている様子を呆れたように見ているのは、ライト様こと大鳥双月(おおとりふたつき)と、ヘッド様こと華蓮だ。この2人に関してはそれほど面倒な仮装は必要ない。華蓮はネッグウォーマーなどをとっぱらって金髪を黒髪にしてからカラーコンタクトを入れているだけだ。
 双月に関しては、世月が女装をやめてしまえばその時点で、見た目だけではなくその名までもが双月という別人に変わる。

「深月もちょっとくらい我慢すればいーじゃん。侑は純粋に怖がってるんだから」
「双月はコイツに甘いんだよ!」

 深月は半ば叫ぶように言い放って、侑に向かって指を差した。
 叫びまくっている侑が思うことではないが、深月は人に文句を言える筋合いはないと思う。自分だって十分すぎるくらいにうるさい。

「双月が甘いのも一理あるが、お前は慣れろ。四六時中一緒にいるだろ」
「こんなうるさいのと四六時中一緒にいてたまるか」
「家では対策取ってるからこんなにうるさくしないもーんだ」

 耳に手を当てながら侑がそう言う。周りの声が聞こえているということだから、手に耳を当ててる行為は全く無意味ということに本人は気づいていない。

「じゃあここでも取れよ、その対策を!!」

 侑の言葉に双月は呆れつつ苛立ちつつ声を上げる。

「できたらやってるよ」

 侑がそう言ってため息を吐いた瞬間、稲妻が雨で暗くなっている空を照らした。

「ひっ」

 侑の怯えが早いか雷が落ちるのが早いか、どちらともいえないタイミングで校舎を揺るがしかねない音が鳴り響いた。地面を引き裂きかねないようなその音には、侑だけでなく他の3人も驚きを表情に出さずにはいられなかったようだ。


「今のはビビった」
「相当近かったな」

 双月が窓際に移動して窓から外を覗く。華蓮は雷が落ちて充電していたPSPが壊れないように、充電器のコンセントを抜いた。


「おい、地震じゃねぇんだぞ」

 深月の視線の先には、いつの間にか机の下に潜り込んでいる侑の姿があった。
 地震かそうでないかという問題ではない。怖い物に対して人は条件反射で無意識にそれから逃げる措置をとるのだ。侑の場合、雷から逃げる措置が机の下に潜り込むと言う措置であったのだ。

「もういやだ!帰る!文化祭のリハしようと思ったけど、帰る!!」
「この雷のなかどうやって帰るんだ……って、文化祭のリハ?」

 侑の言葉に首を傾げたのは、深月だけではない。窓から外を見ていた双月も、充電器の心配をしていた華蓮も一斉に侑の方に視線を向ける。


「おい、どういうことだ?」
「お前ちょっと、そこに直れ!」

 華蓮と双月も机の下に顔を覗かせる。その表情は実に険しい。

「いやだ!」
「深月、引っ張り出せ」
「ほら、出で来い!」

 華蓮に言われ、侑は深月に腕を捕まれ無理矢理机の下から引っ張り出された。それから元の椅子に座らせるわけだが、侑は引っ張り出された深月の腕を離そうとしない。恐ろしくて離すことができないのだ。

「説明してもらおうか、侑」
「文化祭でshoehornのライブやることになったから、せっかくこの格好で集まってるついでにリハーサルしようかなって」

 ちなみに、昨日は小さいホールのライブで、その後4人揃って華蓮の家で遊び明かして、そろそろやることがなくなってきたという状態で侑がこの格好で学校に行こうと言い出したのだ。他の3人は最初反対したが、侑が引かなかったことと、土曜日だということで了承し――今に至る。

「やることになったから、じゃねぇんだよ!」
「何でお前そういうこと勝手に決めてんだよ!」
「俺は出ない」

 目くじらを立てて3人が怒ってくるもので侑は一瞬雷の恐怖を忘れることができた。3人が怒る気持ちも分かる。しかし、こちらにも言い分はあるのだ。

「結構いい額くれるって言うから。1人7桁は確実」

 その瞬間、3人の顔色が変わる。

「よくやった」
「いい仕事するじゃん」
「出る」
「ちょっとみんな現金すぎでしょ!」

 金額ちらつかせたらすぐこれだ。金の亡者という言葉はこの3人のためにあるに違いない。侑は少し呆れた反面、3人が単純明快でよかったと安堵した。

「てか、それならさっさとリハすればいいだろ。そしたら帰れるじぇねぇか。早く言えよ」
「だって急に雨降るし、雷鳴るし、怖いし」

 侑は一瞬窓の外を見ようとしたが、怖くなってやめた。相変わらず深月の腕は離さない。振り払われないのはラッキーだ。

「リハしてたらそんなの分かんないって」
「でけー音出して歌ったり演奏したりするんだから」
「それもそうだね。じゃあさっさとやってさっさと帰ろ!」
「俺は寝る」

 話がまとまってきたと思ったら、思いきり腰を折る1名。見た目はshoehornのヘッド様だが、中身が完全に華蓮のままだ。


「ちょっと、ここに集団行動できない人いるんですけど」
「お前、テンション上げろよ」
「気分じゃない。俺がいなくても出来るだろ」

 そう言うと、華蓮はPSPをしまって机に顔を伏せ始めた。

「しょうがないなぁ…。じゃあ、双月がベースやめてギターだね」
「ギター借りるぞ」
「……」
「寝てるし!もういい、勝手に持って行こ」

 双月は華蓮のギターケースを持ち上げながら、「おもっ」と顔を顰めていた。ベースとそんなに差はないだろうに、大げさだ。

「こんな雷の中よく寝れるよ、羨ましい」
「お前はいい加減離せよ」
「あら、気付いてたんだ。体育館まで我慢して」
「面倒臭ぇなぁ…」
「誰が一番侑に甘いか分かったもんじゃねぇな」

 双月の悪態はスルーして、3人は華蓮を放置して新聞部の部室を後にした。


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