Long story


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拾陸――その記憶の持ち主は

 よろしくない。これは実によろしくない状況だ。
 大事なことなのでもう一度言おう。実に、実によろしくない状況である。

「本当にこれ……着んの?」
「もちろんっ」

 上機嫌で既に着替え終わっている春人を見ながら、秋生は今日何度目か分からない溜息を吐いた。

 事の発端は朝のホームルームだ。今日のホームルームでは、1カ月後に迫った文化祭の話が出た。文化祭と言うと、秋を想像する人が多いかもしれないが、大鳥高校の文化祭は毎年6月末か7月初めの週末に開催される。その理由は、大鳥高校の歴史の中で毎年一番死人が出るのが秋であるからだという。どうして秋に死人が多発するのかその原因は分かっていないが、それが事実としてある以上、わざわざ人を集めて死人を増やす確率まで増やすなんて馬鹿らしいことはない。そのため、一般的な文化祭シーズンは避け、他に行事ごとの少ないこの時期に文化祭を行っているのだ。
 そんなわけで間近に迫りつつある文化祭だが、時期は違うといっても内容としては一般的な文化祭と何ら変わりはない。各クラスが「展示」、「模擬店」、「ステージ」の中から参加する部門を選び、それぞれの中で展示とステージは客の投票、模擬店は売上で順位を競うのである。ちなみに、各部門で優勝すると賞金が出るらしい。
 さて、そして秋生と春人のクラスでは先週のホームルームでどの部門に参加し、何をするのかということが話し合われた。そして、いくつかの意見の中で最終的に決定したのが「模擬店部門:メイド喫茶」だ。どこの文化祭に行っても1つはありそうな定番ネタといえよう。ちなみに、勝負において他クラス同士で内容が被ってしまった場合、学級委員のじゃんけんで勝負を決めることになっている。そのじゃんけんが昨日の放課後に行われたのだ。メイド喫茶は毎年人気らしく、今年も8つのクラスが立候補してきた。その一報を聞いたクラスメイトのほとんどがこれは無理だろうと思ったに違いない。秋生も例外なくそうだった。学級委員には申し訳ないが、もし駄目だった場合の候補もいくつか用意していた――が、このクラスの学級委員はじゃんけんが強かった。8人の一斉じゃんけんで独り勝ちという、伝説に残りそうな素晴らしい勝ち方でメイド喫茶の権限をもって帰ってきた学級委員―――相澤春人は1年2組の英雄となった。
 そこまではよかった。第一候補の模擬店をできるとあって(それも8組を蹴落としたうえで)クラスの団結力は一気に増し、やる気も増大した。もちろん秋生も他のクラスメイトと同じだったのだが。誰がメイドをやるかという話になった瞬間、秋生のテンションはがた落ちすることになる。その理由は明白で、看板メイドを誰にするかを多数決で決めたところ、秋生がぶっちぎりで1位になったのだ。ちなみに2位は春人であったが、その票差は実に12票だった。
 まさか普段からあまり教室にいない自分に矛先が向くとは思ってもみなかった秋生だったが、この盛り上がった状況の中で「嫌だ」と言えるわけもなく。戸惑っている間に話は進み、どうすることもできないままに看板メイドに決定してしまった。
 それがホームルームの出来事で、そして今がその日の放課後。
 秋生としては、決まったものはしょうがないので、やるしかないと腹をくくった。きっと服を用意するのにはきっと時間がかかるから、その間に覚悟を決めておこうと思っていた。
 それなのに、どうしてその日の夕方にもうメイド服が用意されている。世月の家に沢山メイドがいるから持ってきてもらったらしいが、今日じゃなくてもいいだろう。春人は実に楽しそうにしているが、秋生はまだ心の準備が出来ずにいた。



「春君、可愛いじゃない」
「本当ですかー?わーい」

 世月の言葉はお世辞ではなく、春人は本当によく似合っていた。だからこそ、秋生は余計に着る勇気が出ないのだ。

「やっぱり俺は後日で…」
「はいはい、今すぐ着替えてねー」

 秋生には今、春人が外道にしか見えなかった。



「あー、頑張れ俺。やるんだ俺。やればできるぞ俺!」

 無理矢理士気高めて、秋生はメイド服を手に取った。こうなったらやけだ。なるようになってしまえ――と、心の中で叫び声を上げながら。



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