Long story


Top  newinfomainclap*res





拾伍――千切りと細切りの違いなんて分からない


 秋生の休日は基本的に料理に始まって料理に終わるらしい。金曜日の夕方に大量に材料を買い込んで、土日はひたすら作る。暇つぶしに始まったそれは段々と趣味になり、現在では趣味の領域をゆうに超える調理器具と調味料を駆使しているのだが、本人は未だに趣味だと言い張っている。
 もう長い間、そのサイクルは変わることがなかったのだが、最近それが変わりつつあるらしい。らしい――というか、それを変えているのが自分であることは明らかなのだが。

「睡蓮、俺が言ったのは細切り。それは千切り」
「えっ…ああ!」

 基本的なことは変わっていない。秋生の週末は相変わらず料理三昧だ。ただ、秋生が自ら腕を振るうのではなく、他人に教える側としての料理三昧―――そして、睡蓮はその教えてもらう側として、秋生の週末のサイクルを少し変えつつある張本人なのだ。

「また間違えた!」

 睡蓮はそう言いながら、一度包丁を置いてから頭を抱えた。包丁を手にしたまま頭を抱えると秋生に怒られるからだ。つまり、既に何度かそれをやって怒られたことがあるということだ。

「他のことは大体覚えたのに、これだけは苦手だな」

 秋生は千切りにしてしまった人参を手に取りながら、苦笑いを浮かべる。

「ごめんなさい」
「味に支障はねぇから気にするな。そんなことより、綺麗に切るなぁ」

 そう笑って頭をなでてくれる秋生が、本当に兄になってくれればいいのにと睡蓮はかれこれ100回以上は思っている。

「…最近、うちでキャベツの千切り練習しまくってるから、その成果かな」
「練習はいいけど、千切りばっかりどうするんだ?」
「華蓮のカップ麺に盛ってる」
「まじかよ」

 秋生の料理講座の時、2人の話題は大体華蓮の話だ。2人にとって一番身近な共通人物であるからだろう。華蓮の話になるといつも話が尽きない。

「最近ね、ちょっと不審がられてるんだよね。僕が急に料理まがいのこと始めたから」
「……先輩に何も言ってないのか?」
「言ってなかったけど、昨日言った。秋兄の名前は出さずに、師匠に料理教えてもらってるって」

 睡蓮は秋生のことを多くの場合「師匠」と呼ぶが、たまに「秋兄」とも呼ぶ。どうしてそう呼ぶようになったかというと、「秋生さん」というのも何だか他人行儀な気がしたからと、先ほどから言っているように本当に兄になって欲しいという淡い願いをこめたからだ。
 呼ばれている側の秋生は、睡蓮が本当の兄(しかも秋生の先輩)を呼び捨てにしているにも関わらず、自分に「兄」とつけられることに最初は抵抗していたが、今はそんなこともなく受け入れてもらっているようだ。

「それ、怪しまれなかったのか」
「怪訝そうな顔してたから、部屋に逃げちゃった」
「ダメじゃねぇか」
「朝顔合わせたけど聞かれなかったから、大丈夫」

 朝には全くに気にも留めていないような態度だったし、出かけると言っても何も聞かれなかったし。多分、もう忘れているか興味をなくしているか、どちらかだろう。

「私、夏に付いて行って調べて来いって言われたけどね」
「え」
「大丈夫じゃねぇじゃねぇか」

 秋生が苦笑いで溜息を吐いた。

「お前…、余計なこと言うなよ」
「嫌よ。私はあんたのことが大嫌いだもの」

 睡蓮が睨んでも、加奈子は物怖じしない。それどころか、べろっと舌を出して挑発してくるものだから、包丁を握る手が力んでしまった。

「俺だってドがつくほど嫌いだよ。だからうちに来るな」
「それも嫌よ。夏はいてもいいって言ってくれるもん」
「それがそもそも気に喰わないんだよ。華蓮はお前にはすこぶる優しい」

 何で華蓮はこんな低級霊を飼っているのだろう。普段ならこんな霊バッドでスパンと一発なのに。飼うだけにとどまらず、あまつさえ甘やかしているのがまた気に喰わない。もちろん、総合的に見れば睡蓮の方が大分甘やかされているのだが、学校までくっついていってその日あった話などされるときの蚊帳の外感がたまらなく嫌だ。それを加奈子がわざとやっていると分かるから余計に腹が立つ。

「それは俺も同感」
「だよね!師匠も思うよね!」
「ああ。確かに先輩は加奈子には甘い。…クロのことだって、まぁクロが可愛いのもあるけど、加奈子が飼いたいって言ったからだし」

 クロというのは、最近新しく増えた低級霊の猫のことだ。本名はクロゴマと言うらしい。名付け親は加奈子で、別に黒くもないのにどうしてこの名前なのかというと、目がクロゴマみたいだからだとか。

「手を妬かせたら消すって言ってた割に、夏も結構可愛がってるけどね」
「結構っていうか、あれは相当」

 加奈子にも嫉妬しているのに、これ以上嫉妬の対象を増やさないで欲しい。睡蓮が溜息を吐いていると、隣で秋生が怪訝そうな表情を浮かべていた。

「可愛がってるって…、どんな風に?」
「どんなって…普通に。…そうだなぁ、昨日も本読みながらねこじゃらしのおもちゃで遊んでたよ。…あのおもちゃどうしたんだろう」

 いつの間にか家にあったが、これまで猫を飼ったことはないから元々あったわけではないことは確かだ。まさか、華蓮が自分で買ってきたのだろうか。もしそうなら、加奈子よりも嫉妬すべき強敵になりそうだ。

「スーパーについて行ったときにクロが見つけて遊んで離れないから、しょうがなしに買ってたわ」
「ああ、それでか。しょうがなしっていうのは間違いだな。結構楽しそうに遊んでるんだから」
「もしかしたら、今も遊んでるかもしれないわね…。クロがいると騒がしそうだからって、置いて来たし」
「かもな」

 華蓮が家にいるのならば、その可能性は高いだろう。そして、休みの日に華蓮が外に出ることは滅多にないので(友人たちに引っ張り出されることでもなければ、ほとんどひきこもり状態だ)、ほぼ100%の確率でクロの相手をしているに違いない。

「何なのお前ら。さっきまで喧嘩してたくせに仲良く俺の知らない先輩の話しちゃって。俺にはお前たちが全員敵に見える」

 秋生はそう言ってため息を吐いた。
 睡蓮が弟として加奈子や猫に嫉妬するのはともかく、秋生はどうして嫉妬しているのだろう。華蓮なんて、恋の盲目でもない限り嫉妬するような要素なんてどこもないだろうに――恋の盲目なのだろうか。

「……秋兄、華蓮のこと好きなの?」
「はぁ!?」

 がたん、と秋生が包丁を手から滑らせた。いつも包丁の扱いには厳しい秋生がここまで取り乱すとは。

「うわ、当たり?」
「いや、違うから。そもそも俺はそういうんじゃないから」

 そう言う秋生の動きはぎこちない。まるで初期動作をしているロボットのようだ。

「あの学校に行くとみんなそうなるって、侑が言ってたよ」
「俺は絶対…多分…きっと、ならない」

 侑に話を聞いたとき「多分」とか「きっと」とか言い出したら終わりだと言っていたことを思い出した。それはその環境に飲み込まれている証拠で、既に後戻りができないところまできていると。

「どうしてならないの?だって、あの学校ではそれが普通でしょ」
「それは…、そうかもしれないけど。ていうか、睡蓮は抵抗ないのか」
「僕もそういうんじゃないけど、抵抗はないなぁ。だって、凄く身近にいる人たちがみんなそうだから」

 侑なんて「こんな光景を見慣れちゃいけないよ」なんて言いながら自分が一番いちゃついているんだから話にならない。ただ、睡蓮はその光景を見て抵抗こそないものの、同じようになる気はない。秋生のように「多分」とか「きっと」とかではなく「絶対」と言い切れる。

「俺もそうだったら、もっとすんなり受け入れられたんだろうか……」

 そう言って腕を組む秋生を見て睡蓮は確信した。
 秋生が華蓮のことで自分たちに嫉妬しているのは、紛れもなく恋が盲目にしているからだと。

「受け入れるっていうのは、華蓮が好きだってことを?」
「いやだから、」
「違う?」
「……違う」

 段々と答えまでの沈黙が長くなっているのに本人は気づいているのだろうか。心の中で葛藤しているのだろう。確かに、これまで全くそんなことなかったのに、突然男を好きなのかもしれないという状況になれば混乱するだろう。そうでないと必死に否定しているところを切り崩されると、余計に。

「僕としてはそうあってくれたらいいんだけど。でも、周りがどんなに持ち上げたって、最終的に決めるのは師匠だもんね」

 そう言って笑顔を向けると、秋生は困ったような表情を浮かべた。
 笑顔と泣き顔は子どもの必殺技であると睡蓮は自負している。こうすると、大人たちを子どもの言うことに従わなければいけないような気にさせることができる。実際に従うことはなくても、心理的な効果は絶大だ――とこれは世月に教えてもらったことだ。



「なんか、どっと疲れた…」
「僕は凄く楽しい」
「あっそう…」

 秋生は落とした包丁を拾いつつ大きなため息を吐いていた。
この会話がきっかけで秋生が華蓮を好きだと認めて、結果的に付き合うことになったら褒めてもらわなければ。睡蓮はそんなことを思いながら、すっかり止まってしまっていた人参の細切りを再開した。


[ 1/3 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -