Long story


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拾肆――何がこれほどまでに、物足りないのか


 テスト習慣も終わり、いつもの日常が戻ってきた。いや、いつもとは少し違う。これまでは事あるごとに授業そっちのけで悪霊退治に赴いていたが、ここ最近、大した悪霊に出くわすこともない。ホームルームにもきちんと参加し、授業もきちんと1限から6限まで受け、放課後には一度心霊部に顔を出すも、することがなくて新聞部に行く。新聞部の手伝いをしたりしなかったりと放課後を過ごして帰宅時刻。
 まるで一般生徒のような生活。すなわち――平和だ。
 平和はいいことだ。実にいいことだ。それは分かっている。分かっているのだが。

「ああ――…」

 新聞部の仕事の手伝いも手馴れてしまい、最初は1時間かかっていた作業も15分で終わるようになってしまった。そうすると今度は侑が生徒会の仕事を持ってくるようになった。それも最初は1時間かかっていたが――後は察する通りだ。
 今日も新聞部の手伝いと生徒会の仕事をものの30分で片づけてしまった秋生は、この充実しているようで物足りない日常に生気を吸われ天を仰いだ。

「今日はまた随分と生気が抜けてるね、秋生君」

 最初は顔を合わせるだけで緊張していた侑を前にしても、もう何とも思わない。もちろん、侑がステージに立つと状況は変わるのであろうが。秋生にとって新聞部で出会う侑は深月と同じくらいの立ち位置に落ち着いてしまった。

「かれこれ3週間くらい夏川先輩とまともに会話も交わしてませんからねぇ〜」

 春人は来週の新聞のネタを考えているようで、ノートを開いてせっせと作業をしている。秋生が主に手伝っていることは、春人が文章に起こしたことをパソコンにタイプすることだ。それを深月が綺麗にレイアウトして新聞が完成する。つまり、春人が文章を起こさなければ始まらない。そんな重要な役割を担っているためか、春人は冗談めかしいことを言いながらもノートに向かっている目は真剣だ。

「あれだな。麻薬の禁断症状みたいなもんか」

 深月はくつくつと笑いながら、次にネタになりそうなことを探している。その隣で時々侑が口出しして口論になるのがお約束だ。喧嘩するなら近寄らなければいいのにと最初のころは思っていたが、今となっては日常の1コマでしかなく何とも思わなくなった。

「随分と中毒性の強い麻薬ですこと」

 春人の隣で世月が時々文章構成のアドバイスをしているのもいつもの光景と化している。面白そうに笑っているが、秋生はちっとも面白くなんかなかない。

「別に先輩どうのの話じゃないっすよ」

 華蓮がいるとかいないとか、そういう問題ではない。

「それなら、何が問題なのかしら?」
「この毎日が日常になっちゃってること…かなぁ」

 これまで当たり前だと思っていた日常が非日常になり、今のこの新聞部での日々が日常になりつつある今のこの状況。
 何か不満があるのかと言われれば、別に不満があるわけではない。新聞部や生徒会の仕事を手伝うことは嫌じゃない。放課後に集まってなんとなく帰宅時刻まで暇を持てあますなんてまるで普通の高校生みたいなこの生活は秋生の憧れでもあったわけだし、こうして大勢でわいわいしているのは楽しい。
 だから、一体何が物足りないのかと言われれば、秋生本人ですらその根本は分かっていないのだ。ただ漠然と、物足りない。そう思っていた。

「秋は悪霊退治がしたいの〜?」

 春人の疑問に、秋生は腕を組んで考える。
 華蓮にどやされながら悪霊を追いかけていたテスト習慣前。屑認定され、勝手に幽霊を憑依させて怒られ、それでも助けてもらえて。全く役に立っていない気もするが、それでも華蓮は秋生を見捨てることなく新聞部に置いてくれて。そんな中悪霊退治をしていたあの毎日は不謹慎ながらも楽しかった。少なくとも、物足りないと思ったことはなかった。

「そうかも」
「じゃあもし、1人で悪霊退治できるようになったら?かーくんが無関係なら、それでも物足りなさは解消されるでしょう?」

 世月が意味深な笑みを浮かべながら更に質問を重ねてきた。

「確かに…」

 秋生はまた腕を組んで考える。今の秋生には無理だが、例えば良狐の力を常使えるようになれば1人でも悪霊退治ができるだろう。
 自分で見つけていちいち報告しなくてもいいし、屑認定されることもなく自分でカタをつけられる。道中にいる悪霊に襲われても大丈夫だし、自分1人なのだから役に立たないと気にすることもない―――のに。

「なんか違う…」

 一番理想的だと思ったが、考えれば考えるほどに違うと感じた。


「それはどうしてかしら?」

 更に質問を重ねる世月の目は吸い込まれそうなほどに澄んでいて、その瞳を目の当たりにすると、なぜか頭が冴えるというか、自分の奥底の心情まで引き出されるような気がした。

「それは――…」

 あたまの中が冴えわたって、心の中も澄んでいるような気がして、答えはすぐそこまで出かかっていた。
 しかし、その答えが口を吐く寸前、新聞部の扉がバタンと開いたことで秋生の思考回路は一瞬でショートした。というか、すぐそこまで出かかっていた答えが一瞬にして消えてしまったような感覚だった。

「最高のタイミングね、かーくん」

 世月はそう言うと、不満そうに溜息を吐いた。
 秋生が振り返ると、そこにはさきほどから話の中心になっていた人物が世月の嫌味を全く気にすることなく立っていた。

「先輩……」

 ろくに会話は交わさずとも、心霊部にいれば華蓮はいる。だから、毎日一度は顔を合わせている。
 しかし――どうしてだろう。こんなにも緊張するのは。

「せっかくあと少しで秋君の本音が出そうだったのに」
「お前の場合、誘導尋問の間違いだろ」

 華蓮はここにいる人数に驚くでもなく、気にするでもなくそう言うと、当たり前のように部室に足を踏み入れ秋生の隣に座った。そこしか席が空いてなかったからだというのは明白なのだが、なぜか心臓が跳ねた。

「失礼しちゃうわ。ねぇ、秋君」
「知らない、です」

 世月から話を振られても横にいる華蓮に意識をもっていかれて上手く反応できない。

「何を動揺している」
「えっ!いっ――別にっ、何も、」

 言葉が上手く出てこない。秋生の様子が明らかにおかしいことは誰が見ても一目瞭然だった。


「世月」

 華蓮が世月を睨む。

「ちょっと本音を引き出してあげただけよ。かーくんのせいで完全に出てくる前にショートしちゃったけど――まぁでも、それなりに効果はあったみたいだからいいけど。ね、秋君」
「―――っ」

 ニコリと笑う世月に対して、秋生は何も言葉を返すことができなかった。世月が何を言いたいのか理解できなかったが、秋生自身、今の自分がつい先ほどまでとは何か大きく違っていることは嫌でも分かった。だから、意図の読めない世月の言葉にもドキリとしたのだ。

「完全にフリーズしちゃったねぇ。世月、やりすぎ」
「途中で止まったのが逆効果だったかしら?」

 侑の言葉を耳にしながら、世月が首を傾げた。
 秋生は相変わらず隣の華蓮に気を取られていたが、段々と落ち着いてきた。そして、思考回路が回ってくると本当に自分は催眠術的な何かをされたのだろうかと不安になってきた。


「秋生く―――ん。戻っておいで――…」


「別にどこにも行ってないです」


 世月の視線から外れ、侑に声を掛けられたことで、完全に思考回路が元に戻った。

「大丈夫か」
「……大丈夫です」

 どきん。

 やはりおかしい。思考は戻ってきたが、華蓮に声をかけられただけで脈が速くなる。


「で、夏は誰かに用事があってきたんじゃないのか」
「ここにPSPの充電器の予備を置いていただろ。それを取りに来た」

 その言葉を聞いた秋生は、そんなことのためにわざわざ出向いてきたことよりも、予備を置くほどここに来ることが多いということに少し驚いた。

「それならそこに――って、当たり前のように置いてんじゃねーよ」
「それを把握してるみっきーも大概だけど」

 秋生は侑の意見に全面同意だ。深月は華蓮の行動に何かとぶつぶつと文句を言いつつも、結果的には華蓮に甘いような気がする。
 場所を聞いた華蓮は立ち上がると、深月が指定した場所を探し始めた。

「かーくん、ここ最近暇なのよね、部活」
「ああ」

 華蓮は振り返ることなく、本当に聞いているのか分からないような曖昧な返事を返す。

「暇だったら、秋君と会う必要もないのよね、かーくんは」

 華蓮の手が止まった。振り返った表情はいつものことながらネッグウォーマーで読み取れないが、少なくとも先ほどよりも機嫌がよろしくないことはうかがえた。

「何が言いたい?」
「別に何も?」

 睨むように向かっている鋭い視線にも動じず、世月はあっけらかんとしていた。そんな世月から視線を離すと、華蓮は再び充電器を探し始めた。状況は元通りだ。
 しかし、状況が元に戻っても、華蓮の機嫌が悪いままなのは背中を見ていても分かる。華蓮がどうして気を悪くしたのか、秋生には見当もつかなかった。ただ、それ以前の会話に自分の名前が出ていたことから、秋生は自分が悪いことをしてしまったような気分になってしまった。

「――――――!」

 どうしたもんかと気をもんでいたら、体に久々の感覚がよぎった。
 これ以上にナイスなタイミングがあるだろうか。いや、きっと――絶対にない。が、華蓮の背中から殺気がビンビンと伝わってきて、実に話しかけづらい。

「あの、先輩」
「何だ」

 どきん。

「し、職員室付近に、霊の気配が」

 振り返った華蓮と目があってまた心臓が跳ねた。おかげで、言葉がスムーズに出てこなかった。

「行くぞ」
「はい!」

 ああ、久々だ。
 先に部室を出て行った華蓮を追いかけながら、秋生は不謹慎にも心が躍るのを止められなかった。


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