Long story
佰弍拾弌ーーー旅路を経て
扉を潜ると、廊下に立っていた。
見慣れてきた防火扉の前で、琉佳とここに遥か昔からいるという子供がトランプを広げていた。以前、秋生たちが部室で使っていたトランプに似ているような気がするが…それは今は置いておくとして。
どうやら、無事に帰ってこれたらしい。
「あん?えらく早ぇ……何だ、行きと人数が違ぇじゃねぇか。どこでんなチートコード拾った?」
「チートコードはどっちだろうな?自分の魂を暴れさせて征服でもするつもりか?まずこれ、1つは幸人が壊したからないけど問題ないだろう」
幸人が「琉佳さんの割り振りミスだ」と反論した言葉は華麗にスルーされ、大輝の手から琉佳へと魂が手渡された。そしてそれはそのまま琉佳の手から吸い込まれ…きっと、あるべき場所へと戻ったのだろう。
これで一件落着、なのだろうか?
「お前らだけなら体感で1週間くらいあっちにいることになったろうに、地獄の小旅行の満喫とはいかなかったみたいだな」
「冗談。この2人を1週間も地獄に置いてたらそれこそ地獄が破滅するだろう?それとも、そのつもりで寄越したのか?」
責めるように琉佳にぐいぐいと迫って行く様を見て、再度この人はやはり格が違うと思う。琉佳が苦笑いで「近ぇ近ぇ」と後退りをする所なんて、秋生は今の今まで見たことがなかった。
「何やったんだ、とも聞きたくもねぇな」
「そうか、なら教えてやろう。7階から全ての階に風穴開けて上の登ってきた」
「むしろどうやったらそんなこと出来んだよ…。本当つくづく、歩く人災だな……」
またしても、琉佳がここまで呆れ返ったような顔をしたのも初めて見た。ある意味では、蓮と瀬高も格が違うと言わざるを得ない。
「次に、薺から伝言だ。こんなろくでなし共を送ってくるくらいなら、参りがてら好物の一つでも寄越して送れと」
「俺は参れねぇだろ…まぁいい。それは後で考える」
そもそも、成仏した相手に好物を送るというのはどういうことだろう。参るということが墓参りのことだとすると、お供えをするとそれが自動転送されるシステムでもあるとでもいうのか。
もし本当にそうなら、日本の技術は現世よりも地獄の方が随分と進んでいると言っていいだろう。今度祖父の墓参りをする時には、好物を沢山作っていこうと思った。
「最後に、お前が春人を拐ったせいで海で出産なんて珍事態が起きている。巻き込むなら巻き込むで、状況を考えてからにしろ」
「考えた末に大丈夫だと……おお…。こりゃあ、チビ麒麟3号待ったなしだな…」
大輝からスマホの画面を見せられた琉佳は、驚きというよりもちょっと引いているというような顔をしていた。
そして、チビ麒麟3号という言葉にどんな意味が込められていたのか秋生には分からなかったが。それを聞いた隼人と幸人が一瞬で顔をしかめたのを見て、出産状況と同様にただならぬ事態であることは察した。
「えっ、生まれたのっ?」
「写真が送られてたよ。帰るけど、春人はどうする?」
「帰る!あ、でも帰ったらフルボッコか……」
「皆には説明するよ。春人の失踪は不可抗力だって」
「本当に!?…じゃあ早く帰ろっ。隼人と幸人は?」
「そっちの2人に選択肢はない。帰るよ」
幸人が更に顔をしかめて悪いことはするもんじゃねぇな、と小さく呟いた。隼人は幸人の言葉に無言の肯定を示すように、溜め息を吐いていた。
「私たちはファミレスに戻るか?あそこならそのゾンビスタイルもどうにかなるだろう?」
「……そうする」
廊下に膝を着いて頭を抱えていいる琉生は、今にも床に這いつくばりそうだった。一体何がどうしたのか分からないが、誰も心配していないことからそれは必要ないのだろう。
しかし、放っておけば本当にゾンビになってしまいそうだが…。それがどうにかなるファミレスとは何だろう?もしかして、華蓮が真柚に会いに行ったファミレスだろうか。
「あーあぁもう、いっつもこういう展開。結局まゆと琉生が仲良く楽しく過ごす結末じゃねぇか」
「お前の日頃の行いのせいだろ」
「はいはい、ブーメランブーメラン」
真柚と琉生の仲のよさを秋生はあまり知らないが。こちらは見ているだけで、本当に仲のいい兄弟なのだろうなと思った。
「新しいスーツでも作りに出掛けよう」
「新しい作業着の支給を申請に行こう」
「てめぇらは居残りだ」
あからさまに逃げる準備に入っていた瀬高と蓮であったが、残念ながらそれは叶わないようだった。
居残りの末に一体どんな仕打ちを受けるのだろう。知りたいような気もするが、2人の表情を見ると知りたくないような気もする。
「父さん待って。その人たちをこてんぱんにする前に、僕と握手しよ」
「は?…どっかで頭でも売ったか?」
「いいから、握手!」
桜生が強めに言い手を差し出すと、琉佳はとても訝しげな顔をした。無理もない状況だ。秋生も一瞬、何を言い出したのかと思ったが…桜生が差し出した手を見てふと、思い出した。
桜生が。
柚生と、最後に握手をしていたことを。
その手を、琉佳が取る。
「……桜生、お前」
訝しげながらも手を取った琉佳が目を見開いた。
握手を交わしたその手にあるものが、秋生には見えない。だがそこには確かにあって、だから琉佳は気が付いた。
柚生の存在に。
「今日、地獄に行ったから」
母さんにまた会えた。
言葉にしなくても、その気持ちは秋生には伝わった。だからきっと、琉佳にも伝わっている筈だ。
「……そうか」
どうして地獄にいたのか。
どんな風だったか。 どんな話をしたのか。
琉佳はそんなことをただひとつも聞かず、そう短く答えた。
もしかすると琉佳は、柚生がそこーー桜生の手を通じてに確かに存在してることが分かったのなら、それだけでいいのかもしれない。いつかまた出会う時まで、互いの苦労話は取って置くつもりなのだろう。
「次やらかしたら、今回分上乗せで吊し上げるからな」
桜生から手を離した琉佳は、鋭い目付きで蓮と瀬高の方を睨み付けた。言葉から察するに、どうやら逃げなくてもよくなったようだ。
ただ、今まで幾度となくそんなことをやらかしてきたというのなら…遅かれ早かれその時はくるのだろう。それは秋生だけではなく、誰もがそう思っていた。
「…気が変わらないうちに帰ろう。早く帰ろう」
「そうだな、それに越したことはない。すぐ帰ろう」
どうやら逃げなくてもよくなったとしても、逃げていたいらしい。瀬高と蓮は口々にそう言うや否や、最初に秋生たちが入って来た窓の外に窓から階段を出した。
文字通り、突然現れた階段。普段の秋生ならば「は?」とか「え?」とか驚きの声を出しているところだが。地獄の小旅行をした後では最早その程度のことに何ら驚きはなかった。
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mokuji
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