Long story


Top  newinfomainclap*res





佰拾捌ーーーカウント、2

 秋生は、異世界に迷い混んだゲーム主人公のような気で歩いていた。そこに危機感や恐怖心は微塵もなく、完全にアドベンチャー気分だ。
 というのも、この場所が地獄を彷彿とさせるようなおどろおどろしい場所ではなく。洞窟という、むしろ冒険心を掻き立てる要素しかないシチュエーションだからだ。

「お前、んな浮かれて歩いて転んでも俺は助けねぇぞ」

 それからもうひとつ。1人ではなく琉生も一緒だということが、秋生の不安的要素を全くゼロにしている要因でもある。
 更には、久々に兄と…小さい頃、沢山色んな所に行ったように、一緒に遊んでいるみたいで楽しい。とは口にはしないが。

「大丈夫だよ。先輩と一緒にいる時以外は極力…うわぁ!?」

 ゴツゴツした足場の悪い道を、自分なりに気を付けて歩いていたつもりだった。しかし、ものの見事に躓くのがお約束。
 そして言葉通り琉生は助けてはくれず、どたんと地面に尻餅を着いた。じんっと尻に痛みが走った。

「極力、何て?」

 助けてこそくれなかったが、転んだ所に手を差し出してくれる辺り優しさを感じなくはない。秋生はその手を取りながら立ち上がり、服を払った。
 この洞窟で最も不思議な所は、めっきり乾燥していることだ。洞窟いうと普通はもっとじめじめしていている筈だが、ここにはそう感じる程に湿気がない。
 だから滑って転ぶという危険がなく。躓いて転んでも服も濡れず、有難いことではあるが…何とも、変な洞窟だ。

「極力気を付けてるから、ここに来て1時間でまだ1回しか転んでない」

 ドヤと得意気に秋生が言うと、琉生は呆れ顔を見せた。

「全然褒められたことじゃねぇな」
「先輩と一緒だと10分に1回ペースで転ぶんだぞ。それを考えりゃ、上々だろ」
「ドヤんな。大体、どんな歩き方したら10分に1回転ぶんだよ。華蓮も華蓮で、もっと反省するように叱れっつーの」
「前は叱られてたけど、最近は諦めたし助けるから先輩がいる時に転べって言われてる」

 だから華蓮が一緒にいる時はもう一切気にもしていない。だからと言って全く周りを見ていない訳ではないが、その他の時のように気を張詰めているわけではない。
 まぁ、他で気を張りつめいても今のように転んでしまうことも多々あるが。気を張っていて転ぶに関してはもう、どうしようもないことだと諦めている。

「どこ歩いても転ぶ呪いでも掛けられてんのかお前は。あとサラッと惚気んな」
「別に惚気てねぇし、そんな呪い掛かってたら気付くだろ。気付かない程完璧な呪いが掛かってるってんなら、それはそれでドキドキするけど……」

 自分でも気付かないような呪い。
 そんな高度な呪いが自分に掛かっていると思うだけでドキドキする。それが見えたなら、さぞかし美しい模様なのだろうと想像するだけでうっとりしそうだ。
 ーー前に、赤い糸で繋がれた呪いに関しては、自分が気付かなかったのではなく良狐によって封印されて気付かなかっただけだ。あれは決して、うっとりするのうなものではなかった。

「お前、呪いが見えんのか?」
「あれ?兄貴知らなかったっけ?例えば…うわ、兄貴にもめっちゃやベーの掛かってんんじゃん」

 その時初めて、秋生は琉生に呪いが2つ掛かっていることに気が付いた。どちらもとても高度なもので、普通は見ようとしても見られない仕掛けまでしてあった。それが見えたのは、きっとここが地獄という異空間的な場所であることと。今まで気にもしてなかった秋生が、それを見ようとしたからだ。
 本当は自分の腕にある華蓮の呪いを見ようとしただけなのだが。その呪いを見ようとたことで、他の呪いまで視界に入ってきたのだろう。

「何だよ、やべぇって」
「パッと見でそう見えただけで詳しくは。ちょっと後ろ向いて」
「………」

 琉生は少し怪訝そうな顔をしながらも、秋生に背中を向けた。するとどうだろう、朧気にヤバさだけ伝わっていた呪いがありありと見える。
 ひとつは禍々しい自らの魂を使って、魂を縛り付けている呪い。段々と意識を侵食して……やがて、その意識を完全に奪い取る。きっとこれは、華蓮の母である睡華に掛けられたものと同じだ。
 琉生の魂はもう殆んど禍々しいものに侵食されているようだった。本来なら、自分の意識を保っていることは出来ないほどに。
 しかし今の琉生は間違いなく自分でしっかりと意識を持って動いている。それは、禍々しい呪いを覆い潰すように掛けられた呪いのお陰だ。

「何だこれすげぇ…」
「はぁ?」
「父さんのにそっくりだけど、何か神秘的なベールに包まれてるから神々しさが増してる。ちゃんと見るとまじでやべぇ…」
「意味分かんねぇから分かるように話せ」
「これぞ正に芸術作品ってことだよ!くそっ、俺もこんな呪いかけられたい!」

 秋生の言葉に、琉生はドン引きしていた。いつか、華蓮にも似たような顔をされたことがある。
 誰も自分のように呪いが見えないからそんな顔をするのだ。実際に見えたら、絶対に同じ事を思うに決まっている。それなのに自分だけが見えるせいで変人のように扱われるなんて、何とも理不尽だと思えて仕方がない。

「母さんみたいなこと言ってんなよ…」
「母さん…?」

 どうしてここで母が出てくるのだろうか。秋生は不思議に思い、首を傾げる。
 琉生はどこか懐かしそうな。そしてなぜが、とても複雑そうな顔をしていた。

「俺は今でも疑問に思ってる。果たして母さんは父さん自身が好きで結婚したのか?それとも父さんの呪いが好きで結婚したのか?」
「…流石に呪いが好きだからってだけで、結婚なんてしねーだろ。ってか、母さんにも見えんの?」
「ああ。いつも父さんの呪いは完璧だねぇとか言いながらうっとりしてたからな」

 分かる。その気持ちは凄く分かる。
 秋生も生きていた頃に見ていた父の呪いは本当に完璧だった。だからこそ、それを自分も出来るようになりたいと教えてもらっていたのだ。まぁ、今でも遠く及ばないが。
 今の父の呪いでも十分綺麗だが、当人だけの力ではないからか、かつて程ではない。そのため、華蓮に掛かっていたそれも琉佳のものだと気が付かなかったのだが…それでも十分に見とれる程のものではあった。更に、本当に本気でかけた呪いは正に絶品だった。
 けれど、誰ともそれを共有出来たことはない。

「何で母さん、教えてくんなかったんだろ…?」
「そりゃあ、知らなかったからだろ。お前、母さんに父さんの呪いが綺麗なんて話したことあんのか?」
「……そう言われると、ないかも」

 そもそも両親と一緒に暮らしていた頃は、父の前でしか自分で何かを呪ったこともない。父はたまに家にやって来る悪徳業者(かどうかは分からないが、それっぽい誰か)をよく呪っていたが、そう言えばその姿を母のに見せていたことはなかったように思う。
 だから、秋生は話をしなかったのではなく、そもそも母の前でそんな話をする機会がなかったのだ。

「母さんが隼人の呪いの方が綺麗だなんて言った暁にゃあ、父さん容赦なく隼人をボッコボコにしてたからな」
「えぇ…」

 今しがた自分は理不尽だと思ったばかりだが、こちらの方が余程理不尽だと思った。
 それは嫉妬だったのか。それとも単に悔しかったのか。それがどちらかは帰ってから同じ事を言ってみれば分かるのかもしれないが…何にしても理不尽なので、それを試すことはやめようと秋生は思った。

「それはともかくとしてよ、んな得体の知れないもんがくっついてると思うと気持ち悪ぃな」
「得体の知れないとは失礼な!こんな呪い滅多に掛けて貰えることなんてねーぞ!もっと敬意を払え!」
「呪われたことに敬意を払うって、呪いとしてどうなんだよそれ。つーか、そんなに呪われたいなら隼人に呪ってくれって頼めよ。喜んで呪ってくれると思うぞ」
「いやそんな、ファッションみたいに呪われたんじゃ意味ねーんだよ。ちゃんと怨みつらみとかが募ってこその呪いなんだから。何で分かんねぇかなぁ」

 確かに呪いの中には、「呪ってください。はいどうぞ。」という軽いニュアンスで出来るものもある。しかしその程度の呪いでは、ここまでの芸術さは出せない。精々、凡人のお絵かき程度だ。
 そもそも、カレンの呪いは一筋縄な想いではない。あれだけの禍々しさを放つ呪いは、多分、これまで巻き込んできた沢山の命の怨みつらみがこもっている。その無数の怨みつらみを覆い潰すだけの呪いを掛ける為には、基本的にはそれを超えるほどの強い想いがないと不可能だ。 

「つまり何か。俺にはカレン以上に強い隼人の怨みつらみがのし掛かってるってことか」
「いや…流石にそれは……。俺がその方法しか知らないだけで、強く思わなくてもいい方法があるとか、恨みじゃない何かがあるとかじゃねーの?」

 秋生はそうフォローを入れるが、実際の所これまで強い呪いを掛ける原動力において「怨み」「妬み」「嫉み」「憎しみ」といったマイナスイメージ以外のものは知らない。そもそも、負の感情ではないものを原動力に呪いが掛けられるのかも疑問であるが…それを口にしてしまうと、只でさえ引きつっている琉生の顔がもっと酷くなり兼ねないので何も言わないでおくことにした。
 しかし、そもそも春人の話によれば琉生と隼人は付き合っている筈だ。仮にも恋人に、これ程強い負の感情を抱くことがーーそう言えば、以前隼人に会った時に加奈子が言っていた。琉生がいつも「隼人に殺されるまでは面倒を見てやるからな」と言っているということを。
 では、琉生を覆っているこの芸術的な呪いはやはりとんでもなく強大な負の感情から形成されているものなのか?
 思い返せば。隼人は、詳しいことは琉生に聞いてみればいいと言っていた。けれどそれは多分、今ではない。ちゃんと全部終わって、本当に琉生が戻ってきた時に…ということの筈だ。
 だから秋生は、これ以上話を掘り下げるのはやめにした。そして忘れっぽい自分が聞かなければいけないことを忘れないうちに、ちゃんと聞く機会がやってくる筈だと信じている。

「……てかさ。俺らずっと歩いてっけど、こんなんで見つかんの?父さんの魂」

 自分の中で区切りが着いた所で、秋生は本来の目的を思い出した。
 地獄に魂を分割して飛ばすなんて、どう転んでも有り得なさそうなことにであるが。それをやったのが父と言われると、まぁ有り得なくはないなと簡単に納得してしまった。
 その回収に、何の関係もない高校生まで巻き込んで理由も話さずぶっ飛ばす辺りも、流石あの父親だと思う所だ。

「んなこと俺に聞かれても分かんねぇよ。見つけて持って帰って来いとしか言われてねぇんだから」
「適当だなぁ。せめてどんな風に置いてあるとか、そんなのねーの?」

 こんな洞窟で何の情報もなしに探していては、いつまで経っても見つからない気がしてならない。秋生は人の魂がどんな形であるかも知らないのだから、見つけても分からないかもしれない。
 それなのに琉生は最初から「歩いてりゃそのうち出てくる」と呑気なことを言って、本当にただ歩いているだけだ。こんなことで大丈夫なのだろうか。

「この場に存在し得ないものとしてあんだから……まぁ少なくとも、あんな如何にもな祭壇に祀られてやいねぇだろうな」
「ふぅん。でも、そもそも存在し得ないって……え?」
「え?」

 琉生が指差して見た方向を普通にスルー。秋生も同じようにスルーしようとして、過ぎかけた視線を戻した。ほぼ同時に琉生も、一度通り過ぎていた視線を戻していた。
 突如そこに現れたのは、琉生の言葉通りに如何にもな祭壇であった。ずっとごつごつした足場が続いている中に、一ヶ所だげ不自然に石畳が敷かれている。その先には誰も座っていない玉座。そしてその目の前に、青色の結晶のような物が祀られてあった。

「……もしかしてこれがそう?」
「……多分。…でも何かちょっと汚ぇな。薄暗いからそう見えるだけか?」
「汚ぇって。帰ったら兄貴が魂が汚いって言ってたって、父さんに言ってやろ」
「馬鹿、やめろ」

 琉生にはそんなことを言ったが、まじまじと見てみると確かに随分とくすんだ青色だなと思った。汚いとまでは言わないが、とても綺麗とは言えない。
 多分、と言っていたことから琉生にもまだ確証はないのだろう。結晶からその祭壇まで、隅々と見ている。

「……いち?」
「は?何?」

 秋生も同じように祭壇を見てみると、何もなち場所にぽつんと「@」と掘られてある場所があった。それ以外には何もない。掘られた文字も、傷ひとつされも。
 これは何か意味があるのもなのだろうか?この数字だけでは分からない。

「取っていいのか?これ?」
「2とか3とかならやめとくが1だからな。大丈夫だろうけど、ただ…」

 状況的に、これが琉佳の魂であると考えてよさそうだ。琉生の言うとおり掘られてある数字も@であるし、もしも取る順番があったとしても問題はないだろう。
 しかしひとつ気になるのは。
 本来ある筈の存在し得ないものーーとは、何だろう?この不釣り合いな祭壇のことだろうか?
 どうやら琉生もそこに引っ掛かっているようで、いまいち決め兼ねているといった様子だった。



「まゆ!」

 唐突に、背後から声が聞こえきた。
 秋生は思わず、振り返る。すると、たたたっと子供らしきものが霧の中へと走っていくではないか。自分達が歩いてきた道……そこには、霧など掛かってはなかったが。
 じっと見つめると、徐々にその中が見えてきた。

「あれ……?」

 そこには、見慣れた縁側が存在していた。


[ 1/3 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -