Long story


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佰拾漆ーーーカウント、3


 気が付いたら水の中にいた。
 否、これはただの水だろうか?うっすらと赤みがかったそれを、華蓮はなるべく口に入れないように注意しながら水面を目指した。
 しかし、泳げども泳げども水面には上がれず、いよいよ息も苦しくなりこれは不味いんじゃないだろうか?ーーと、考え始めた頃。
 まるで唐突に背中にジェット噴射器でも付けられたような衝撃を受け、一気に水面まで押し上げられた。

「ーーーっ!」

 バシャアッと、水面に顔を出す。
 まず最初に視界に入ったのは、真っ赤とも真っ暗とも言えない薄気味悪い色の空。それから、乾いた大地。そしていくつも不規則に並んでいる…多分、池。
 どうやら華蓮はその池のひとつに落ちていたらしいが、なんとも奇妙な場所だった。そして、やはり水の色はうっすらと赤く、気味が悪かった。

「手荒なことをして悪かった」

 背後から声が聞こえ、華蓮は水面から出した顔を振り返らせる。
 そこにいた、池の縁から華蓮に手を伸ばしている国会議員秘書ーー真柚も全身ずぶ濡れになっていることから、どうやら同じく池に落ちていたらしかった。

「いえ……助かり、ました」

 手を借りながら池から上がる。
 とても気になったのは、ここに来る前まで真っ黒だった髪の色が見事な深紅になっていることだが…それはこの池のせいなのだろうか?しかし、華蓮の髪の色は金色のままだ。

「……ん?あ、取れてる…最悪だな」
「取れてる?」
「スプレーで黒くしてあるんだが、水に流れてしまった」

 どうやら自分の髪の色が思っていたのと違うのは、華蓮を引っ張りあげる時に池に写った自分の姿を見て気が付いたようだ。
 そして同時に、その深紅はこの池のせいではなく元からだということが分かった。

「赤……」

 意外であるような、そうでないような。
 華蓮は何とも変な気持ちでその色を見て、特に何を思うでもなくそう呟いていた。

「…変な趣味だと思われると嫌だから弁解しておくが」
「は?」
「これは私の意思ではなくて、幼い頃に蓮さんと瀬高さんが作った変な液体を誤って頭から被ったからだ。それ以来どんな整髪料で染めても染まらなくて、仕方なく毎日スプレーで誤魔化している」
「……とんだ迷惑ですね」

 毎日黒染めスプレーで染めているなんて、それも自分の意思ではなく他人のせいでそうせざるを得ないなんて。何と気の毒なことだろう。
 そもそも、どんな整髪料でも染まらない髪の毛にしてしまうような液体を何の目的で作って、どういう経緯で頭から被ることになったのか…とても気になる。
 が、それより何よりもまず。とにかく迷惑この上ない。

「まぁ皮膚が赤くならなくてよかったし、意外と気に入っているなら問題ない…というと、やっぱり私が変な趣味になってしまうな」
「別に、変な趣味だとは思いませんけど」

 華蓮がそう言うと、真柚はどうしてか複雑そうな顔をした。そしてそのまま、腕を組んで明後日の方を向きじっと何かを考え始めた。

「……ひとつ、頼みがある」

 と、考えていた顔が華蓮へと向く。

「……何ですか?」
「本当はもう二度と会わないだろうと思っていたから、この間はそれでもいいと思ったんだが」
「?」
「……敬語」
「敬語?」

 とは、華蓮があまり普段使わないそれの使い方がなってないということだろうか?

「近しい人に敬語で喋られているみたいで、何というかこう……ぞわっとする。だから出来れば、琉佳さんを相手にしているみたいに普通にして欲しい」

 どうやら使い方云々の話ではなく。
 華蓮がそれを使っていることへの違和感ということらしい。近しい人、というのはきっと蓮のことだろう。

「はぁ…まぁ、そう言うなら……」

 国会議員の秘書相手にいいのだろうか。と思うが、本人がそうして欲しいというならその望みに沿う方がいいのだろう。
 華蓮がそう答えると、真柚は少しほっとしたように「よかった」と呟いた。

「さて、じゃあ本題に入るか。華蓮…君?それとも夏川君?」

 ああ、成る程。
 と華蓮は納得した。

「華蓮で。君もなしで」
「……酷い顔だな」
「気持ち悪い。家族に敬語で喋られてるレベルに気持ち悪い」

 正に、ゾワッとした。
 どうしてそこまで嫌悪感にも似た違和感を抱いたのか、その理由は分からない。ただ華蓮は咄嗟にそう顔をしかめた後で、ちょっと失礼だったかと思っても…後の祭りだ。
 それにどうしてか、真柚は不快感を示すどころか可笑しそうに笑っていた。

「気持ち悪いとは直球だな」
「…ええと……」

 この場合、ナチュラルにごめんと謝っていいのか。すいませんと言うべきなのか。柄にもなくそんなことで悩んでしまい、華蓮は口ごもった。
 今の心情は、少し前に心霊部の部室でたまたま父を見つけた時…。声をかけるべきか、何と声を掛けたらいいのかと悩んでいた、あの時のそれに似ていた。

「別に謝らなくていい」
「……やっぱり心が読めるんじゃないのか?」
「その顔が分かりやすいだけだ」
「………分かりやすい…」

 そういえば、最近はよく秋生にも考えていることを悟られることがある。
 そんなに分かりやすい顔をしているだろうか?いつからそんなに、感情が顔に出るようになったのだろうか?
 ……そういうと、勢いで来てしまった為にネッグウォーマーを忘れたな。と華蓮は今更ながらそんなことを思った。

「そう気にするほどじゃない。…さて、じゃあ改めて本題に入ろうーーまず第一に、ここは地獄だ」
「……地獄?」

 華蓮は思わず、一度見回した辺りを今一度見渡していた。自分の問い返しに真柚が「その通り」と答えるのを聞きながら、念入りに辺りを見回していた。さっきは特に気にもしなかったが。そんな風に言われると確かに…如何にもそれっぽい場所ではあると思った。 
 そして華蓮がそれに納得したことを確認してか、真柚はこの場所へ来ることになった経緯を話し始めた。



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