Long story


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佰拾陸ーーーカウント、4

 地獄というのは、案外明るい所なのだな。
 桜生は、そんな呑気なことを考えながら並木道を歩いていた。
 木漏れ日こそ差し込んでいないが、真っ暗闇というわけでもなく明け方のような明るさが神秘的にも思える。木々は彼果てるどころか生い茂っていて、みずみずしい緑色がとても映え渡っていた。
 石ころみたなものがあちこちに転がっていて躓きそうになるを注意すれば、他に危険視するものはない。もしも事前に「ここは地獄です」と教えて貰っていなければ、絶対にそうとは気が付かなかっただろう。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 差し出された手を取って段差を登る。
 先ほどから、桜生が何も考えずにぼけっと歩いていても特に支障がないのはこのお陰だ。桜生が行く手に困るよりも前に、それを予測して予め手助けが用意されている。
 夏川蓮ーー華蓮の父は、華蓮とそっくりで抜群に容姿がいいだけではなく。気遣いの幅がとても広い人物であると桜生は思った。

「……夏川先輩のお父さんって、紳士的ですね」
「それは華蓮と違って、という意味で?」
「えっ…あ、いえっ。そういう意味ではなくてっ。夏川先輩も凄く優しいですけど…ちょっと雑……いや、あの。なんというかですね」

 どう説明すればいいのだろう。
 華蓮が優しいというのは嘘ではない。それは桜生にはもちろん、相手が秋生ともなれば一際で…とまぁ、それはいいとして。
 どう表現すればいいか。
 きっと華蓮も、同じ状況ならば手を貸してくれるに違いない。だが、今の蓮よりも……やっぱり、雑という言葉が頭をよぎる。

「ぶっきらぼう?」
「あっ、そうですっ。それですっ」

 桜生の言いたかったことは正にそれだ。
 華蓮はどんな時も優しいが、突き抜けてぶっきらぼうなのだ。そしてやっぱり、また別の意味で雑でもある。

「加えて雑」
「そこまでは言ってないです」
「じゃあそうは思わない?」
「…………思いますって言ったのは、夏川先輩には内緒にしておいてください」

 桜生の言葉に、蓮はくすくすと笑った。

「華蓮の凄い所は、あの雑さで何でもそつなくこなすことだからなぁ」
「確かに、夏川先輩は雑ながら何でも器用にこなしてるイメージです。夏川先輩のおと……長いので夏川パパでもいいでしょうか?」
「何とでもどうぞ」
「じゃあ、夏川パパはそうじゃないんですか?」
「というより、普通はあんな芸当は出来ない。例えば家の結界ひとつとっても雑さが滲み出てるのに、頑丈さは一級品と来てる」

 そう言われてみると、まだ霊体だった頃に初めて華蓮の家に行った時には、なんて凄まじい家なんだと思ったような気がしないでもない。それから李月が侑を連れて帰った時にも、入り込むのに「あいつ、イカレてんのか」と散々文句を言っていた。
 そして、あの家には害のあるものは一切入ってこない。というよりも、絶対に入れない。そう考えると、あの時に自分や李月が入れたことは…もしかすると、最初から華蓮の計らいだったのかもしれない。

「それって、凄いことなんです?」
「結界っていうのは特に、集中しないとすぐ崩れるようなものだからな。あんなのを見ると、いつも綿密に考えて作ってる自分が馬鹿みたいだ」

 蓮はそう、自分に呆れたようにそんなことを言うが。
 きっとそうではないのだ。綿密に考えているからこそ、台風から島を守れるような程のものでも手掛けることが出来るのだろう。

「つまり夏川パパは、几帳面ってことなんですね」
「そう言えば聞こえはいいな。周りの心ない人たちはみんなヘタレ扱いだけど」
「酷いですね」
「実際、反論は出来ない」
「どうしてですか?」

 桜生がそう問いかけると同時に、並木道を抜けた。一面が緑に覆われた平原……やはり、地獄とは思えない程に和な景色が広がっている。

「華蓮はほら、出来るか出来ないかはやってみて考える。というか、出来ないという選択肢はない…ってタイプだろう?」
「ですね」

 秋生はそんな華蓮の姿を、よくごり押しだと言っている。
 後先考えず突っ走るというタイプではないが、考えた結果どう転んでもやると決めるタイプだ。そして、本当に何でもやってのけてしまう。

「一方俺は、基本的に考えずにはやらない。絶対に出来るなんて口が裂けても言いたくないし、そもそも出来ないかもしれないことなんてしたくない…ってタイプ」
「……真逆ですね」

 急にヘタレ感が出てましたね。
 とは言えず、桜生は適当な言葉で対応した。
 さっきまではそうは思わなかったのに。言い方ひとつで、とても頼りないように聞こえるのが不思議だ。

「だからぶっちゃけた話、今もすぐさま逃げ出して帰りたい。琉佳さんの魂の回収なんて、出来る出来ないを考えるまでもなくやりたくないから」
「……父さんが乱暴でごめんなさい」

 この人を無理矢理に巻き込んでいるのは十中八九、父の琉佳であることは明白だ。
 まだ生きていた頃、一緒にいた頃から琉佳は言葉遣いさながらに乱暴な所はあった。しかし、その乱暴さを子供たちに向けてくることはなかったので、桜生たちは気にもしていなかったが…。
 その一方でこの人は今も昔も琉佳の乱暴に付き合わされているのだろう。そう考えると、何だかとても申し訳なくなってしまう。

「むしろこっちが巻き込んですまない。それに今回のは明らかに、自業自得だ」
「でも、今回だけじゃなくていつも父さんに振り回されてるんですよね?…僕たちのことが起こってからも、ずっと」

 ずっと知らなかった。
 父が死んでからもずっと自分達を気にかけていたことを。自分達のために今でもまだ何かを成そうとしていることを。
 そしてそこには常に、この人もいる。

「そのことに関してだけは、振り回されているわけじゃない」

 蓮はハッキリとした口調でそう答えた。


「もうずっと前に、絶対に守ると約束したから」


 今しがた、絶対になどとは口が裂けても言いたくないと言っていたばかりなのに。蓮はそう言い切った。
 誰と?何を?
 桜生はそれを、聞き返すことが出来なかった。


「………あれっ?」

 このまま沈黙になってしまうのかと懸念したが、そうなる前に何かが見えた。
 平原が広がる中、まるでその場所だけ別空間のように……何かが燃え盛っている。そして、そこに倒れる人。佇む人。
 
 ーーー桜生はそれを、知っていた。



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