Long story


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佰拾伍ーーーカウント、5


 とても不気味な場所だった。
 右を見ても左を見ても、巨大な木が連なっている。普通の森と言われればそれまでだが…李月はどうしても、それが不気味に見えて仕方がなかった。

「何ここっ!?何処ここ!?あっ、いっきー!」

 不気味さを感じつつ辺りを見回すと、明らかにテンパっている侑がいた。その場所が少し遠くの方…だったのは一瞬で、李月がその存在に気がついた時にその場からどこかに吸い込まれ、次の瞬間には隣にいた。
 侑がそれをやったことで、このどこか分からない場所でも力が使えることは分かった。きっといつも通り、八都も呼び出せるのだろう。

「…せわしいな」
「いやむしろ何でそんなに冷静なの?突然こんな、地獄みたいな所に落とされたっていうのに!」

 地獄。なんとも飛躍した比喩のように聞こえるが。
 ただの森の中なのに異様に感じるこの不快感。その理由が地獄だからだと言われたら、妙にしっくりとくる。

「みたい、じゃなくて本当に地獄だからな」

 今さっき辺りは一面見渡した筈だが。背後から聞こえてきた声に振り返り、パッと目についたのは高級そうなスーツ。この場所には至極ミスマッチだった。
 どこからともなく出てきた瀬高に、侑が「あっ」と声をあげる。その時、李月はこの組み合わせがあまりよくないことに気がついた。

「深月パパだ。こんにちはー」
「……こんにちは」

 馴れ馴れしい…というか、緩いというか。
 侑のあまりの緩さに、瀬高は少しだけ困惑したように挨拶を返した。この組み合わせがあまりよくないと李月の懸念は何だったのだろう。

「お前、随分とフレンドリーだな」
「え?あ、ちゃんと挨拶しろってこと?…ええと、何年にも渡って色々とお世話してもらってありがとうございます」
「は?何でありがとう?」

 李月はその時にはもうその場にいなかったが、瀬高が深月と侑の中を裂いた張本人であることは知っている。結果的にそれを無視して今があるのだろうが…それでも今も、表向きは他人行儀に接することを余儀なくされている。
 それなのに、なぜ腰低めに頭を下げているのだろう。そこはむしろ、怒りのひとつでもぶつけるところではないのか。

「だって、僕に山の家族が出来たのは深月パパのお陰だよ。…深月パパがあの山を選んでくれたんですよね?本当にありがとうございました」
「……そう言ってもらえると少しは気が楽になるけど。それでも先代の飛縁魔の件も含めて、君には色々と辛い思いをさせてすまなかった」
「そんなことないです。むしろ、先代の飛縁魔のことがあったからこそ、深月がうちの山をまとめてくれていいこと尽くし…ではないな。深月ってば、山のこと全部僕にぶん投げて……でもそれをまた僕が飛縁魔にぶん投げてたから……やっぱりいいこと尽くしです!」

 よくない。それはよくない。
 いや確かに、深月や侑はいいのかもしれないが。そのせいで、一人に負担が全てのし掛かっている。
 李月は「先代の飛縁魔の件」については深月から軽く聞いた程度でよくは知らない。しかし、今の発言に問題が大有りなことはそれを知らなくてもよく分かった。

「……彼女はもう隠居したと聞いたけど」
「あ、はい。だから今は、雪女の子にぶん投げてます」

 決して威張るところではない。
 雪女ーーひすいは縁と同じで世話好きな節があるから、きっと大丈夫なのだろうが。それでも何とも気の毒だ。

「まぁ…平和そうで何よりかな」

 ひすいの心中を思えば、果たしてそれを平和と言っていいのかは謎だが。本人たちがそれでいいと言うのなら、これ以上掘り下げることはないだろう。 

「で、結局のところ俺たちは何でこんな不気味な所に落とされたんだ?」
「ああ、そうだ。こんな地獄みたい…じゃなくって、本当の地獄か………地獄!?」

 瀬高が登場した時の台詞を思い出した侑が、声を大きくしながら辺りを見回した。せっかくせわしさが落ち着いたかと思ったのに、振り出しに逆戻りだ。
 しかしいくらしっくりくるとはいえ、本当に地獄だと言われると不気味な感覚も増すものだ。相変わらず、見えるのは森ばかりだというのに…とても不思議であり、不快だった。

「これが地獄か…いつか来るだろうとは思っていたが、思いの外早かったな」
「いや何でそんな冷静なの?地獄だよ!地獄!!」
「いちいちビビるな。別に鬼が釜で罪人をぐつぐつ煮やしているわけでもあるまいし。…まぁ、この異様な不気味さは地獄っぽくはあるがな」
「いやいやどんだけ順応力高いの!?」

 これは順応力という問題ではない。
 今目の前にあるのはただ不気味で不快なだけの森。そこが地獄だと言われたらからといって、何となく納得はすれど慌てふためくことはない…というだけのことだ。
 だからもし仮に、ここに来て最初に目に付いたのが巨大な釜で…その中で罪人がぐつぐつと煮えているとなれば、話は別。それなりに驚きもしたし、ゾッともしただろう。

「探せば罪人が煮やされている場所もある筈だ。目的が済んだら観光してみるといい」
「あ、僕はいいです。目的を果たしたらすぐに帰して下さい………目的って何ですか?」

 お断りポーズの如くぴっと手を翳した侑が、言いたいことを全て言った後にそう切り返した。
 目的を果たす。どうして自分達が地獄に落とされたのか…予てよりの李月の質問が、やっと前に進みそうだ。

「……子の尻拭いを親がするという話は良く聞くが、その逆を自分で息子に話すというのはいかんせん立つ瀬がないな」

 瀬高はどこか申し訳なさそうにそう切り出した。そしてその申し訳なさそうな顔のまま、この状況になった経緯を話し始めるのだった。


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