Long story


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佰拾弐ーーーこちら側でも

 結界の中で微動だにしなかった蓮が伸びをすると、ボキボキと音が鳴る。それから柔軟をするように体を動かす中で辺りを見回し、少しだけ驚いたような顔をした。

『あれ、もう皆揃ってたのか。それならそうと言ってくれればいいのに』

 そんな呑気なことを口にしながら、蓮は小さくあくびをこぼしす。

『ビッグバンも凌げる結界に籠ってるから、余程真剣なことでも考えてんのかと思って』
『大げさだな。そんか大層なもんじゃないって……いや、まぁ、ビッグバンに出会ったことはないから分かりませんけども』
『蓮さんならいけるよ。その時はよろしく』
『軽いなお前』

 蓮は幸人に向かってそう言いながら、瀬高の前へと席を変えた。

『で、実際の所何をそんなに考え込んでたんだ?』
『………仕事のこととか?』
『何だゲームの事考えたのか。それならさっさと叩き割ればよかったな』
『瀬高くんってば全然人の話聞かないね』

 呆れたように言う瀬高に蓮が突っ込むが、否定しないところを見るとどうやら本当にゲームのことを考えていただけらしい。
 そういえば、幼い頃に蓮はよくゲームの相手をしてくれた。というより、蓮が華蓮をゲームにのめり込ませたと言っても過言ではない。そんな蓮に、華蓮は一度も1対1で勝ったことはなく、いつも開始数秒で負けていた。
 そういうと、1対1以外では何度か好戦した記憶があるが、果たして誰とタッグを組んでいただろう。母か?鈴々か?全く覚えていない。

『でも一応、夜勤で仕事もしてたんだろ?何か事件あった?』
『一応?』

 今の言葉の中、その一言が蓮にはとても納得がいかなかったらしい。思いきり顔がしかめられた。

『マンションの自室で死んだ若い女の検視に行って、あーこれ明らかに他殺だなって現場にも関わらず、無能上司が麻薬の過剰摂取死だなってキリッと無能なこと言い出す始末で、いや確かに過剰摂取だろうけど仮にラリってたとしても利き手じゃない方でご丁寧に太ももの動脈に針刺すわけないだろって話だし、どう考えても他殺なのに無能上司と仲の良い無能刑事のせいで全スルー、仕方ないから殺された本人探し出して話を聞いたらなんとビックリ犯人は無能上司ときやがって、しかも仲良し刑事も共犯ときたら開いた口も塞がらず、おまけにその日に会って行きずりに関係を持っただけだから無能上司無能刑事共に因果関係を裏付けるものはない、自信満々なだけあって解剖に回した所で他殺の証拠は出ないだろうし、監視カメラ指紋その他諸々も流石刑事と検視官ですねってくらい全く証拠残してないから、いよいよ頭に来て本人をけしかけて自首しないと呪い殺すぞって脅させて頭の上から鉢植え落として脅しに拍車をかけて、無能共を揃って自首させって来たことが、一応仕事してたかって?』
『小説ひとつ出来そうなくらい長い夜過ごしてじゃん、すげーな』

 ケラケラと笑いながら言う幸人の言葉通り、本当に小説がひとつ出来上がりそうなくらいの内容だ。
 しかし、それがどこであった話であれきっとニュースになりそうなものだが…。華蓮は比較的良くニュースを見る方だと思うが、そんな話題は聞いたことなかった。

「華蓮のお父さんって、検視官だったんだね」
「みたいだな」

 幼い頃から父がよく、母経由で頼まれた徐霊的なことをして稼いでいたことは知っていた。そしてその他に仕事があることも知っていたが、それがまさか警察官のいうのは予想外だった。
 もしかしたら華蓮が聞けば答えてくれたのかもしれないが。どの道、幼かった華蓮には検視官なんて言葉の意味は分からなかっただろう。

『いつもは引くほど暇なのに、人が忙しい時に限ってこれだからな』
『忙しいって、どうせゲームの攻略法を夜通しかけて考える予定だったとかそんなことだろ。税金泥棒も良い所だな』
『俺は税金泥棒をしてたかったんだよ。それなのにそれも叶わず。夜勤上がりでの待機時間に寝る間も惜しんで考えても、結局何の攻略法も考え付かないし…』

 蓮はそう嘆かわしげに言ってから溜め息を吐いく。華蓮にはその気持ちが凄くよく分かった。何せ、自分もついさっきまで全く攻略できないゲームと対峙していたからだ。
 しかし、幼い頃から華蓮でも太刀打ち出来なかった程の腕前を持つ蓮が攻略出来ないゲームがあるなんて。全く想像が出来ないし、華蓮は正直そんなゲームはやりたくないと思った。

『この世にも蓮さんが攻略出来ないゲームがあるんだな』
『真柚もやってみるか?空母と宇宙人と忍者と地底人とキメラが同時に襲ってくるんだけど』

 空母と宇宙人と忍者と地底人とキメラ。
 そのどれもが全く関連性のないものなのに、その全てが記憶に新しいすぎるワードだ

「おい華蓮、これって…」
「ああ…」

 少し驚いた顔をしている李月に向かって、華蓮は頷いて見せた。
 多分、間違いない。

『そんな聞くからに頭おかしそうなゲームしないけど、蓮さんを手こずらせるなんて世界一のゲームクリエイターと言っても他言ではないな』
『いやぁ、そこまで褒められると照れるな』
『……はっ?』

 真柚が世界のどこかにいる制作者を褒め称えると、瀬高がまるで照れている様子なくそう返す。
 そして蓮が、素っ頓狂な声を出して目を見開いた。

『本当に瀬高さんが作ったのか?』
『正確には葉月さんと一緒に』

 真柚の問いに、瀬高はあっけらかんと答える。嘘ではないのだろう。
 しかしならば、一体何を思ってあんなキチゲーを作ったのだろうか。大鳥グループの社長というのは、そんなに暇なのだろうか。

『瀬高お前…何を思ってまたあんなキチゲーを……。大鳥グループの社長ってのはそんなに暇なのか…』

 そう蓮が低い声で呟く。
 その言葉が、自分の脳内で浮かんだ疑問と一言一句違わなかったことに華蓮は何よりも驚いた。

『失礼な。全ての原因はお前だぞ、蓮』
『……あんなキチゲー作らせるほど怒らせた覚えはないですけど』
『怒りに任せてあんな手の込んだもの作るか。…ちょっと前に、睡華さんが葉月さんに連絡して来てな。蓮が沈んでるみたいだけど、聞いても理由をはぐらかす。でも言いたくないことを問い詰めたくはないから、せめて気晴らしになるようなゲームを大鳥グループで作ってないか?って』
『いつ頃の話だそれ?最近は確かに色々と考える所はあったが、そんな沈んでたって程じゃあ……』
『本気で言ってるのか?私ですらこの間会った時に、また落ち込んでるよこの人面倒臭って思ったくらいだ。ちなみにまたってことは、しょっちゅうあるってことだからな。気付かないわけがない』
『しょっちゅうは言い過ぎだし、面倒臭いは酷くないか?』
『言い過ぎでもないし、酷くもない』

 真柚にぴしゃっと言い切られた蓮は、苦虫を噛み潰したような顔をする。こんな光景を、幼い頃にもよく見ていた。それは決まって、蓮が何かをぴしゃっと睡華に言い切られ、言い返す言葉がなかった時だ。
 何だかまるで、そんな両親を見ているようだった。だからだろうか、そこはかとなく懐かしさを感じる。
 
『蓮さんも瀬高さんも、何歳になっても誰かに叱られてばっか。きっと死に際まで叱られてんだろーな』

 幸人が染々とそう言うのを、蓮と瀬高は渋い顔をして聞いていた。否定しないということは、自分達でもそう思っているのかもしれない。
 けれど、ある意味では死に際まで叱ってくれるような誰かがいるということは、とても幸せなことなのかもしれない。それはつまり、いつでも心配してくれる誰かがいるということなのだから。

『それで、大鳥グループはゲームコンテンツにまで手を出してるのか?』

 隼人の一言で、少し逸れた話題が元に戻る。
 大鳥グループがゲームコンテンツに手を出しいてるという話は聞いたことがない。もしそんなものがあれば、それこそ深月が食い付きそうな所であるし…そうなれば間違いなく、華蓮にもそれを手渡してくるだろう。
 華蓮のそんな考えの通り、瀬高は首を横に振った。

『その方面はそのうち深月辺りが手を出すだろうと置いてたからな…ってことで、俺と葉月さんで大鳥グループとは全く無関係に小さいゲーム制作会社立ち上げて、2人で対蓮用のゲームを1週間完徹作ったってわけだ』
『いやもっと他のことに夫婦の時間を使えよあんたらさ』
『金もな』

 たった1人の友人の頼みで、たった1人の友人の為にゲーム会社を設立。日本一の金持ちともなれば、思い立つ次元が違う。李月の「そうだ、ジェット機を買おう」といい勝負だ。流石に親子といったところだろうか。
 そして、素早く入れられた幸人と真柚の突っ込みは正にその通りだと思った。

「1週間も完徹とかすげぇな」
「仲良く一緒に何かしてる所なんて想像も出来ねーし」
「見てみたくはあるがちょっと怖いな」

 深月の驚きから始まり最後に李月がそう言った言葉に、深月と双月はうんうんと頷いた。もし近くに世月がいるのならば、同じように頷いているのかもしれない。

『鬼畜夫婦が完徹で作ったキチゲーなんて無理ゲーに決まってるだろ』
『クリア出来ないゲームなんて作っても意味がない』
『つまり、空母と宇宙人と忍者と地底人とキメラを同時に倒す方法はあるんだな?』
『キメラで詰みか…』

 キメラ詰みか、とは何だろう。もしかして、あれ以上にまだ何か出てくるというのか。
 それは流石に勘弁して欲しいと、華蓮は思わず顔をしかめてしまう。蓮も同じように、顔をしかめていた。

『キメラで詰みかって何だ?あれ以上まだ何か出で来るのか?流石に勘弁しろよ』
『2人までプレイ出来るんだから、分身でも作って協力すれば攻略できるだろ』
『蓮さんが分身作らないと出来ないレベルとか、もう諦めろって言ってるようなもんじゃん。…もしかして分身できんの?』
『出来たらとっくの昔に攻略してる』

 デジャヴだ。
 ついさっき、同じような話を李月としたばかりだ。

『ちなみに一般販売もしてるし、オンラインで協力プレイも可能』
『知ってるよ。ネットで絶対にクリア出来ないゲームって評判になってるからな』
『じゃあ世界中探せばいつかは蓮さんくらいの手練れに出会えるんじゃね?』
『どう転んでもいつかの話か…。せめて俺が空母と宇宙人と忍者と地底人の相手をしてる間に、キメラをどうにかしてくれる誰かがいればな…』

 蓮はそう言いながら机に頬杖を付いた。自分よりも一枚上手だと明らかに分かるその発言を聞いて、華蓮は少しだけ悔しかった。
 
「おい華蓮、わざわざコスモスちゃんに頼まなくてもよさそうだな」
「…は?何が?」
「お前の分身より優れてる」

 突然変なことを言い出した李月に、華蓮が顔をしかめる。すると李月はテレビの中を指差した。
 頬杖を付いている蓮がーーーと、そこで李月の言わんとすることが分かった。

『わざわざ世界中を探さなくても、すぐ近くにいるだろう?』
『は?どこ……あっ』

 真柚の言葉に、蓮が一瞬だけ顔をしかめる。しかしすぐに、ハッとしたような顔をした。
 ここと、テレビの向こうと。似たようなことが起きている。

『……鈴々』

 真柚が鈴々の方に視線を向けた。蓮が結界を割って出てきて以降全く喋ることのなかった鈴々は、真柚の視線を受けてとても嫌そうな顔をした。
 しかし、真柚はじっと鈴々を見つめる。すると、どこか観念したように口を開いた。

『今日も朝からずっとそのゲームと喧嘩してる。でも今は…』

 鈴々の視線が一瞬、ちらりとカメラ目線になったような気がした。

『…今は、皆でテレビ見てる。家に電話すれば、きっと出る』

 今度は確かに、ハッキリとこちらを見ていた。

「……まさか」


 この映像は。


『だそうだ。ほら、さっさと家に電話』
『えっ、今から?それはちょっと急すぎるんじゃあ…。電話番号も変わってるかもしれないし…』

 真柚に言われた蓮はそんなことを言い、電話をしようとしない。
 ちなみに、この家の電話回線は華蓮が戻ってきた時も当初まま繋がっていた。電気やガスも全てそうだったが、華蓮が自分で稼ぐようになってからは電気やガスは自分で払うように琉生に口座を変えてもらった。しかし、電話は何も変えていない。
 特に理由があったわけじゃないが、もしかしたら心のどこかで、電話がかかってくることを期待していたのかもしれない。だが、この分だとそれを期待するのは厳しそうだ。
 …こちらから電話した方がいいのだろうか?

『出たよ蓮さんお得意のヘタレ。睡華さんがいたらソッコーで詰め寄られるぞ』
『いなくてよかったと心の底から思います』
『さて、そう上手く行くか』
『え。…あっ』

 バンッと、いつの間にか移動していたらしい真柚が蓮の前の机を叩いた。平手で叩かれたかに見えたその手の下には、スマホがひとつ。
 蓮が「いつの間に俺のスマホ…」と呟く言葉には、誰も返さない。皆、鬼の形相…とはいかないが、明らかに不満を募らせた真柚へと視線が向いている。

『あんたは一体、いつになったら成長するんだ?』
『ま、真柚。落ち着い…』

 バンッと。再び机が揺れる。

『逆に聞くが、じゃあ今電話しなくていつか電話するのか?それこそ家に帰って?睡華さんやあの子がいる隣で?』
『いや、あの』
『まさか、電話番号が変わってるかもなんて戯言を本気で言ってるんじゃないだろうな?それとも、変わっていようがいまいがそもそもするつもりがないのか?』

 怖い。と、華蓮は素直に思った。
 その理由は単純で、真柚のその様子が怒った母にそっくりだったからだ。

『……するつもりがないわけじゃ』
『だったらいつするんだ?今以外に、いつ?』
『……い、今する。するからそれを貸して……うわ!』

 真柚の手の下にあったスマホを蓮が手にする。
 その顔が驚きの声と共に引きつったのは、画面が無残に割れたのを目にしたからではなく。真っ暗な画面をオンにした瞬間だった。


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