Long story
佰拾ーーー逢うべくして
いよいよ暴風警報と大雨警報が出た。
天気予報は晴れマークなんて何の役にも立たない――いや、今回は天気予報のせいにしてはいけない。ほんの1時間前までは予報通り晴れていた。快晴だった。
「あ、傘」
「ただの傘ではない。傘お化けじゃったぞ」
「台風の時はいつもああさ。気楽なもんだねぇ」
空高く通りすぎていった傘。
華蓮が指差すと、両隣にいる良狐と縁がそれぞれ呟いた。秋生と桜生から接近禁止を命じられた李月の代行で、華蓮の生活の手助けをしている。
つい先程の青空はどこへやら。外は風が吹きあれ、雨が波打ち、大荒れ。テレビでは大型の台風が突然発生したと速報で報道されたり、朝のワイドショーが急遽ニュース番組に切り替わったりと大騒ぎだ。
「お前ら、あんま窓に近付くなよ。窓が割れたらいけねぇから」
「…わかった」
深月からそう声をかけられ華蓮がソファに移動すると、狐も揃って付いてくる。まるで子守りのようにずっと側にいなくても必要な時に呼べればいいのだが、どうしてか2匹の狐 は華蓮の隣から動かない。
とはいえ、少し大きくなってもらって背中に乗せてもらえば高いところでも手が届くし、硬い蛇口も難なく開けてもらえるし、寝転べばどこでも枕になるし、常に近くにいることでかなり楽な生活を送れていることは確かだ。
「この家って、夏川先輩が結界張ってるんだよね?それで台風は防げないの?」
「華蓮が防いでるのは悪意を持った霊や妖怪、それに関与する人間だけだ」
キッチンで秋生の手伝いをしている桜生の問いかけに、ダイニングに腰を落ち着けている李月が答える。
今日はこの部屋の人口密度が高い――というか、ほぼ全員が揃っている。キッチンには秋生、睡蓮、桜生。ダイニングには李月と深月、侑。先程までは双月もいたが、どこかから電話が掛かってきて席を立った。
そしてソファに華蓮と、春人は録画の編集しているようだ。何もない所に話しかけているのは、世月と会話をしているのだろう。
「台風は防げないってこと?」
「俺はその辺詳しくない」
「自然災害ってのは格が違うからねぇ。手を出せる領域じゃないんだよ、普通はね」
「はぇー、そうなんですか。自然の摂理に逆らうなってことですかね」
そう。自然の摂理には逆らえないようになっているというのは、無理矢理にするとしっぺ返しが来るということではない。そもそも、自然災害を防ぐような結界をどう施せばいいのか、普通の人間には想像の範疇に ないのだ。だから、やろうと思っても出来ない。普通は。
けれど、世の中にはそれをやってのける人間がいることもまた確かだ。そう考えると、この世の全てに不可能はないのかもしれない。とも思う。
「……うん、うん。分かった。母さんも気をつけて…うん、じゃあ」
双月が電話を終えて戻って来た。というより、電話を終えながら戻って来たと言った方が正しいか。
スマホを耳から離しつつ喋りつつ、そしてリビングの扉を閉めると同時にその通話が切れたようだ。微かにプツッという音が聞こえた。
「母さんからの電話だったのか?」
「うん。家がふっ飛んでなくなったって」
「ふーん、そりゃ災難だったな」
双月の深月の会話が切れる。
しばしの沈黙。
「………………はっ?」
机に頬杖を付いていた深月が、素っ頓狂な顔をして双月を見た。言葉こそ出していないが、李月も目を見開いている。
全く関係のない面々を含めて、全員の視線が双月に集中していた。
「ついでにじーさんが瓦礫の下敷きになって危篤だって。見舞い行く?」
「家がなくなったってマジ?」
「うん。跡形もないってさ。でも、昨日のうちに家具家電及び人々は全員避難済みだから」
「てことは怪我人なしか、よかった」
深月がホッとしたように息を吐く。李月もどこか、安堵したような表情を浮かべていた。
……が。軽くスルーした双月の発言に、怪我どころじゃないレベルの話があったように聞こえたが。あれは華蓮の空耳だったか。
「…しかし、随分と用意が周到だな。突然台風が出来ることを予知してたのか?」
「確かに…それでうちが吹き飛ぶこともな。いよいよ予言者でも雇ったか?」
「一家夜逃げは、昨日父さんが激おこで帰って来たからってのが原因」
双月はそのまま、昨夜家に帰っていた時の話をした。その内容を簡潔に言えば、父が帰宅して祖父を探していたので使用人全員と更に家具家電まで総引っ越しをした。というものだった。
それは華蓮にしてみれば、どうしてそうなるのか?というような話であった。
「意味不明過ぎてもうどうでもいいわ。取りあえず皆無事ならそれで」
「右に同じ。続報があったら教えてくれ」
「へーい」
仮にも生まれ育った家がなくなったというのに、揃いも揃ってまるで他人事だ。せめて世月辺りは気にしているだろうかと思ったが、春人が空気に向かって「もう少し興味持ちなよ」と言ったことからその考えも散った。
もう録画編集は終わってしまったようで、テレビの画面は台風のことばかり報道しているニュースに戻っていた。写し出された台風の道筋は、華蓮たちの住む島の真上を通る…というか、ほぼ動いていない。一体どこで発生したのか、気圧が900を下回った状態で島に駐在という鬼畜使用だった。
「丁度この真上辺りでしょうか?」
一通りの家事が終わった秋生が、シュークリームの乗った皿を持ってやってきた。差し出された皿からシュークリームを手に取ると、いつもより小さく今の華蓮に丁度いイサイズになっていた。
「いや。この気圧で真上にいるなら、もっと風が吹くだろ」
「大鳥家の豪邸が吹き飛ぶ程なんですよね?これ以上強くなったら、この島壊滅しません?」
確かにこれだけ大きい台風は珍しいが、これまで一度も台風が上陸したことのない地域ということでもない。だからいつもなら「馬鹿か貴様は」と切り捨てるところだが。今回ばかりはそうも言えない。
何せこの台風は、何の準備もしていない所へ突然やってきたのだ。身構えているのといないのとでは、被害の大きさも大分と変わってくるだろう。
「ねぇたぬくん、お父さんはこういうのを止めてるんじゃないの?」
「うん」
「今回は止めてくれないの?」
「……どうだろう。どこの家も、瓦の1、2枚は吹き飛んじゃうかも」
鈴々は最近、睡蓮にくっついていることが多い。それが文化祭の一件以来顕著なのは、華蓮が内内にお守り役を頼んだからだ。そのため睡蓮の隣には、狸の置物が常に居座っている状態が続いている。
それはそうと、これだけの台風が準備もなくやってきて瓦の数枚で住むのなら何の痛手にもならない。きっとどの家も、被害の少なさに首を傾げることだろう。
「……夏川先輩のお父さんは、自然の摂理に逆らえるのか…って、世月さんが」
「才能だけは一流だから」
春人を通じた世月の問いかけに、鈴々が当たり前というように返した。
一体どんな才能を持って生まれれば、自然の摂理に逆らえる程のことが出来るのか華蓮には想像もつかない。それに、華蓮が一緒に住んでいる頃は、そんな頼もしい姿など1ミリだって見たことはない。
「……あっ!?」
唐突に。
窓の外を見て、秋生が目を見開いていた。
「どうしたんだ?」
「い…いまっ、亞希さんらしき人が飛んで行きましたけど!?」
秋生は焦った様子で声を大きくし、窓の外を指差していた。その指の動きに釣られて窓の外に視線を向けるーーーと、李月にそっくりな子供が右から左へと風に流されて行くのが目に入る。
流石に飛ぶのは傘お化けの方が上手いな。と、華蓮は至極冷静だった。
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mokuji
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