Long story


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佰玖ーーー夢の終わりに


 酷い1日だった。
 今日の出来事を改めて思い出しつつひとりあやとりをしながら、カレンはそう結論付けた。
 縁側から眺める月はいつも綺麗だ。だが、その綺麗さを持って今日を締め括ったとしても、今日という1日が酷いことは変わらない。
 生まれ、死んで、悪霊となり、沢山のことをしてきたが…ここまで散々な日は、今だかつてなかったように思う。
 

「カレン」

 名前を呼ばれ振り返ると、ここ数日見なかった姿が立っていた。けれど、今日は似た顔を散々見たばかりだったのでそれ程に久しぶりとは感じなかった。
 カレンは少しだけ、座っている位置を横にずれる。

「おかえり、お父さん」
「ただいま」

 そう返事を返し、蓮はカレンの隣に座った。
 右手に中身が一杯に入ったウイスキーの瓶、左手にはグラス。今日も通常運転だ。

「今帰ってきたの?旅行はどうだった?」
「ついさっき。死ぬかと思った」

 蓮はそう言い、どっと疲れたように溜め息を吐いた。
 有給を取って旅行に行きたいと申し出、睡華がそれを二つ返事で了承してから1週間。蓮はどこに行くとも言わずに、ずっと家を開けていた。

「……旅行に行ったんだよね?」
「名ばかり旅行だったな。まぁ、最初からそんなことだろうとは思ってたけど……それより、何かあったのか?」
「え?」
「琉生がえらく機嫌が悪くてな…頭が痛いとか、肝心な時にいないとか、後始末をしろとか…凄い勢いで捲し立てられた」
「……ああ」 
「何があったのか聞いたら、カレンに聞けって」

 それでここにやって来たのか。
 しかし、琉生がそう言った相手は多分…自分のことではない。

「多分それ、僕じゃない方のことだよ」

 カレンがそう言うと、蓮は驚きの表情を浮かべた。

「………えっと…それはどういう…?」

 無理もない。
 カレンが華蓮の場所を奪い、睡華を奪い、そして自分の元にやって来た蓮を受け入れて以降。蓮は当たり前のように、カレンを華蓮と同じように扱ってきた。華蓮の記憶を持ちながらも、まるで最初から華蓮という存在がいなかったかのように。
 だからカレンは、一度だって華蓮の話題を出したことはない。

「今更。ていうか、ぶっちゃけもう意味ないよね?だって華蓮にはもう新しい居場所があるんだもん……いやまぁ、それもまとめて奪うんだけど。とにかく今はいいよ」

 カレンがそう言うと、蓮は再び驚いたような顔をする。

「……本当に何があったんだ?」

 何があったかと聞かれれば、色々とあった。流石に一言では語れない。
 カレンは今一度それを思い出しながら、なるべく簡潔に話すべく口を開いた。

「お父さん、夢魔って知ってる?」
「………ああ」

 蓮の顔色が変わる。

「それに襲われた。お兄ちゃん曰く、大鳥グループの会長が解き放ったんだろう…って」

 それは帰り道に琉生から聞いた話だ。
 もう殆ど自分の力に飲み込まれかけているはずの琉生だが、今日は「柊琉生」として時間が随分と長いように思えた。蓮に悪態を吐いていたことから、つい先程もまだ意識があったのだろう。
 それだけ、カレンが自分の力を使い過ぎたか。或いは……まぁ、今はその話はいい。とにかく久しぶりにハッキリと意識のある琉生から、その話を聞いたのだ。

「……あの山はせ…社長が管理してるはずだ」
「お兄ちゃんもそう言って、電話してたよ。相手はその社長さんじゃない?」

 夢魔は妖怪にも、人間にも解かれない封印で頑丈に封じられていた。あの封印を解けるのは、人間でありながら妖怪の血を持っている者だけだと。
 そして、あの会長にはそれがある。琉生はそう言っていた。同時に、絶対に触れられないようにしていたはずなのに…とも。

「有給の延長、出来るかな…」
「え?」
「…いや、それで?」

 蓮は頭を抱えるようにしてから、酒を煽った。
 その姿が様になっている。

「それで、僕と繋がっている秋生も巻き込まれて…お兄ちゃんが華蓮の学校に。僕と秋生の意識を繋げて、時間稼ぎを」
「機転が利くな。…助ける方法は誰から?」
「天狗の子孫と妖怪擬きが、枕返しを連れてきたみたい。僕は秋生と逃げ回っていたから、その辺のやり取りはよく知らない」
「…そうか」

 実際の所…逃げ回っていたというより、記憶を見ながらあやとりをしつつ雑談をしていたと言った方が正しいが。
 今思い返すと、あの時の自分たちは随分と呑気だったなと思う。とはいえあの時は他愛もない話をして気を紛らわす他に、どうすることも出来はしなかったが。

「枕返しの力を使って、華蓮が秋生を助けに来た。あの格好良さは間違いなくお母さん似だね」
「でしょうとも」
「なぜどや顔。……それでまぁ、夢魔から華麗に秋生を助けて。ついでに僕も…」
「……助けられたのか?」

 あの時、どうして華蓮は。
 いや、そもそも……。

「僕だけ夢魔に捕まって。それでも、華蓮と秋生だけ逃げられた筈なのに…秋生が、僕の手を離さなかった。……結果的に捕まってる僕を助けて、華蓮だけが取り残されたんだ」

 どうしてあの時、華蓮が自分を助けたのか。そもそもどうしてあの時、秋生は自分の手を離さなかったのか。
 どうしても、その答えが分からない。

「それだけじゃないんだよ。夢魔は魂を分散して対策まで立ててたのに…結果的にボコボコにされて、助かったんだけど」
「ボコボコにされた?」
「国会議員」
「……ああ」

 蓮の顔が少しだけひきつった。それから静かに「生き地獄だな」と呟かれた言葉には、カレンは特に何も問わないことにした。それにあの夢魔があれからどうなっていようとも、自業自得だ。
 それに、今カレンが話をしたいのはそこではない。


「あの場にいた誰も、僕を始末しなかった」
 
 どれも間抜けな答えばかりだった。それがどうしてなのか、カレンにはさっぱり分からなかった。
 挙げ句の果てには。

「華蓮からお父さんに伝言預かったよ。時間がある時に、また部室直してって」

 本当にサッパリ分からなかった。
 その答えはきっと、幾ら考えてところで分からないままだろう。

「……複雑だな」
「お父さんにも分からないの?」
「どうだろうな。……部室は直しに行っても?」

 これは話をはぐらかされたのだろうか。それとも、本当に分からないのだろうか。
 どちらにしても、蓮は何も答える気はないのだろう。別にそれでも構わない。

「……手、出して」
「手?」

 首を傾げながら差し出された手を握り、数年前にかけた呪いを探り出す。今日…暇潰しの話題提供がてら秋生に話をしたあの呪いを、蓮の中から静かき引き出した。
 元々は華蓮に希望を持たせない為のものだが、今はもう重要視していない。というより…意味がないと言った方がいいかもしれない。

「これでもう、いつ華蓮に会っても大丈夫。弟の方も…会っても死にはしない。お父さんは、数日寝込むかもしれないけどね」

 カレンの言葉に、蓮は少しだけ驚いた顔をした。これまでのことを思えば、それも無理はないだろう。
 だが、カレンにとってはこれは大した話ではなかった。

「………本当にいいのか?」
「薄々、気付いてはいたけど。今日の一件で、お父さんやお兄ちゃんを縛っても…もう意味がないことはよく分かったからね」

 華蓮にはもう、家族よりも大切なものがある。それをしかと自分の目で目の当たりにした今、一番ではなくなったものを、必要以上に縛り付けても仕方がない。
 それがなくなったとしても、蓮がこの家から出ていくことはないと確信している。琉生の呪いは特殊なのでそう簡単にはいかないが、あの分だと余計なことはしない方がいい。

「まぁ…最終的には、全部奪うけどね」

 誰が、どんな風に、水面下で何をしようと。そんなことはカレンには関係ないし、やることは変わらない。
 誰に、どんな風に、心境の変化があったとしても。やはり関係ない。何も、変わりはしない。
 誰にも、邪魔はさせない。


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