Long story


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佰漆━━━夢の中で


 見覚えのある場所だった。
 もう遠い記憶のようで、目の前にするとつい最近のことのように思える場所だった。

「…じいちゃんち…………」

 秋生が独り暮らしを始めるまで暮らしていたこの家は、両親と兄弟と暮らしていたその家とはまた異なる。ただでさえ田舎の町を少し外れた更に田舎の、孤立した集落と呼ぶにに近い場所に位置している。
 この家で過ごした日々に、あまり良い思い出はない。

「つまり、これは君の記憶というわけか……」
「………どうして、お前の頭の中なのに俺の記憶なんだ?」

 あくまでも主体はカレンで、秋生はそれに巻き込まれたに過ぎない。つまりここはカレンの夢の中であるはずだ。とするなら、自分の記憶がこの場に存在するのはおかしい気がする。
 秋生が問いかけると、カレンは複雑な顔をして腕を組んだ。どうやら、カレンも今の状況をよく理解はしていないらしい。

「……もしかして、お兄ちゃんかな」
「兄貴?言っとくけど、お前のじゃなくて俺の兄貴だからな」
「もう僕の……今はそれはいいよ。とにかく、夢魔から僕たちを隠すためにお兄ちゃんが何かしたんだじゃないかってこと」
「お前の記憶と俺の記憶を混合させて撹乱させる的な?…んなこと出来んの?」
「知らないよ。でも、そう考える他ないでしょ。現に、今のところ夢魔は追ってきてないし」

 カレンは辺りを見回しながらそう言った。
 秋生はそんな様子にふと、あることを疑問を抱いた。

「挙手」
「はい秋生君、どうぞ」

 意外とノリがいいのだな、と思った。

「兄貴とか…先輩のお母さんとかお父さんってさ、どうなってんの?俺たちの記憶とかそういうのは全部消えてるんじゃねぇの?」

 実際のところ消えていないことは分かっている。秋生がこの間会った琉生は普通であったし、華蓮も父に会ったらしく…それについて詳しく聞いてはいないが、様子から察するに会ってよかったと思える結果だったのだと思う。
 秋生はカレンの元に行った琉生や蓮が以前のままであるのは、抵抗あっての自我なのだと思っていた。カレン自身は既に完全に配下においているつもりで━━つまり、記憶やなんかも睡華と同じように改変しているつもりあるが実際はそうでないと…勝手に解釈していたのだが。
 カレンの今の口ぶりから察すると、琉生が秋生のことを覚えていることに関して何ら不思議かっていないように見える。もしかすると、カレンと秋生の記憶を混合させるためには秋生のことも覚えていないと出来ないということに辿り着いていない、こともないだろう。悔しいが、カレンは秋生よりも知性も知識も高い。
 
「僕はあくまでお母さんに獲り憑いる。だからお母さんについては記憶を上書きしてあるし、僕のことを華蓮だと思っていて…既に完全に僕の支配下にある」
「…兄貴と先輩のお父さんは違うと?」
「お父さんとお兄ちゃんは自分から僕の家族になることを選んだから、記憶は消してないよ。それでもお父さんは華蓮を捨て僕をカレンとすることを受け入れたし、お兄ちゃんは…まぁ、君の片割れを助けるためだけど。僕のお兄ちゃんになることを受け入れた」
「こんなこと言うのもだけど…それ、お前にとってメリットあんの?」

 自分の支配下にない人間を懐に置くなんて、潜入捜査に見て見ぬふりをしているようなものだ。秋生はそんな風に思い顔をしかめた。
 今のところ、カレンにデメリットを与えているかといえば…それは分からない。琉生も蓮も、記憶はそのままでありながらカレンに危害を加えることなく生活している。
 だが逆に、カレンにメリットがあるのかと考えると…それはないに等しいような気がする。何せ、いつ裏切るかも分からない存在を黙認して懐に入れているのだから。

「そんなこと君に教える必要ないでしょ」
「どうせ忘れるんだから、別にいいだろ。暇潰しの会話だよ」

 ここはカレンの頭の中。無事に出ることが出来れば、秋生の記憶には残らない。
 夢魔から逃げているこの状況で潰すほど暇があるのかと考えれば、それは微妙なところであるが。どのみち、誰かに助けてもらわない限り自分達は逃げ惑うことしか出来ないのだから…やはり、その助けが来るまでの時間の暇潰しということでいいだろう。
 カレンは顔をしかめるが、結局同じ結論に至ったのか━━━しばらくもしないうちに、口を開いた。

「僕は家族が欲しかった。だから君の片割れの体を奪ってから、僕は家族を探した。そして見つけた」

 夢で見た光景が脳裏に浮かんだ。

「けれどそこには、僕の欲しかった家族を当たり前のように手にしていた華蓮がいた」

 夢の中で華蓮の母…睡華は。
 秋生は頭痛を感じた。どうしてだろう、夢の内容を上手く思い出せなくなっていた。

「だから奪うと決めた」

 睡華は、何と言っていただろう。
 ついこの間まで覚えていたというのに。

「家族だけじゃない。華蓮の持っているものの全てを奪って、僕は復讐することにしたんだ」
「復讐……?誰へ……?」

 頭痛は酷くなるばかりだ。
 まるで、このことを考えるのを阻止しようとしているみたいだ。


「僕を愛してくれなかった全ての人たちに、だよ」


 それは、誰に向けての言葉なのだろう。


「お父さんがどうして華蓮を置いて逃げたのかはどうでもよかった。絶対に帰ってくると知っていたから」
「どうして?」
「お父さんがお母さんを捨てるわけないでしょ?」

 カレンは当たり前だと言わんばかりにそう言った。昔からそうだと知っていたと、そんな様子にさえ見える程だった。
 頭痛が増す。変な違和感だろうか、何かを感じる。

「案の定、お父さんは戻ってきて僕の元で暮らすと言った。華蓮がいなくなっていることなんて気にしていないように…お母さんが僕をカレンと呼ぶのを聞いて、お父さんは何の迷いもなく僕のことをカレンと呼んだ」
「それで…疑いなく、受け入れたのか?」

 随分と考えなしなのは、秋生に言えたことではないが。かなり無防備ではないかと思う。
 カレンのこれまでの行動から秋生はかなり慎重なタイプだと思っていた。だから、本当に警戒心なく受け入れたのだというのなら、正直なところ驚きと拍子抜けが隠せない。

「信じているかどうかはどうでもいい。肝心なのは、お母さんの魂にまで獲り憑いている僕に、お父さんは絶対に手を出せないということだよ」
「……それで、家族ごっこを演じてるのか?」

 それでは、家族を得たとは言わない。邪悪な力で自分に取り込んで信頼を得たところで、それも家族とは呼べない。何だかとても矛盾しているような感じがする。
 そんなことを考えていると、ズキズキと頭が疼いてくる。まるで考えることを阻止されているようだ。

「お父さんはお母さんの為なら何だってする。お母さんが僕を本気で愛すなら、同じように僕を愛してくれる」

 やはり、前からそうであったと知っているうよな口ぶりをする。
 頭痛は、増すばかりだ。

「それに、どのみちあの時の…まぁ、今もだけど…僕の力ではお父さんは取り込めないし。華蓮を見てれば想像出来ると思うけど、あれ、人間の領域じゃないからね」

 秋生はこの間の映像でしかその姿を目にしたことはないが、それでも人並みでなかったのは十二分に分かった。あまつさえ、悪霊からそんな風に思われる人間とは、一体どれ程の人物なのだろう。
 カレンが若干引き気味に言うのを見て、秋生は不謹慎ながらも可笑しくなってしまった。やはりこの間の夏フェス辺りから、この悪霊に対しての見方が少し変わってきてしまっている。由々しき事態だ。

「ただ、華蓮に余計な希望は持たせたくないから、華蓮とは直接会えないよう呪いはかけたけど」
「呪い?」
「そう。血の繋がった相手に近付けば近付く程、命が削られる呪いだよ」

 もしそれが本当なら、華蓮が蓮に出会ったのは不味かったのではないだろうか。
 そして、この悪霊がこんなところで変に嘘を吐く必要はない。つまり、それは本当のことなのだ。

「まぁ、もう何年も前にかけた呪いだし…華蓮も鬼を取り込んであの頃とは血が変わってるから、効力は大分と薄まってるだろうけど」
「つまり、今はもう会っても大丈夫ってことか?」
「いや、3日も一緒にいればお父さんは死ぬよ。ただ、年に数回…5分とか、10分会った程度じゃあどうということもないかもね。何とも言えないけど」

 それを聞いて秋生はホッとした。
 どうしてだろう。頭痛が少しだけ和らいだ気がする。

「でも、力のコントロールが出来ない弟の方と出会えば…数時間で死んじゃうだろうけど」

 以前はそう笑う様も酷く不愉快だった筈なのに、今はそれすらも悪戯な笑みに見えてしまう。カレンの頭の中にいるせいで、意識がおかしくなってしまったのだろうか。
 頭を振ると、再び頭痛が激しくなる。少しだけ後悔した。

「……兄貴もそうなのか?」
「お兄ちゃんはお母さんと同じだよ。今はまだ自我が残っているようだけど…もうじき僕のものになる」

 この間会った琉生は、普通だった。
 今は、どうなのだろう。

「お兄ちゃんは僕が自分で体を形成出来るようにしてくれたことで力の殆どを使い切ったから、お母さんと同じように取り込むことが出来たんだ。それでも簡単にとはいかなかったけど…」
「……どうして、取り込むことにしたんだ?殺すことだって出来ただろ」

 どうしてそんなことを聞いたのか、自分でもよく分からなかった。
 けれど、どうしてかその答えが知りたかったのだ。

「お兄ちゃんは僕のお兄ちゃんだから」


 頭痛が。


「……どう、して…」
「痛い!!」

 秋生が凄まじい頭痛の中、それでも何かを問いかけようとした時。背後から叫ぶような声が聞こえてきた。
 思わず振り返る。その瞬間にはもう、何を聞こうとしていたのか…何かを問いかけようとしていたことすら忘れてしまった。


「……俺だ」

 振り返った先には、幼い頃の秋生がいた。
 両親が死に、桜生がいなくなり、琉生もいなくなり。祖父は仕事に出ている。
 独りぼっちで過ごす秋生がそこにいた。
 しかし、一人ではなかった。


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