Long story


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佰陸━━━夢の外は


「かーくん、ちょっと待ちなさい!」

 背後から聞こえてきた声に、華蓮は足早に歩いていた体をピタリと止めた。春人は寝てるようだと言っていたが、先程の夢魔の話もあって秋生が心配なので本当は足を止める間もなく部室に向かいたい。しかし、こればかりは条件反射だった。
 それが双月の声ではなく世月本人のものであると、頭で認識するよりも体が認識する方が早かったのだ。華蓮が振り返ると、どうしてか呼び止めた側の世月が顔をしかめた。

「あら、これはますます由々しき事態ね」

 世月はそう言いながら腕を組む。
 間もなく、一足遅く新聞部を出たらしい李月がその背後から顔を出すのが見えた。

「……世月?」

 顔をしかめた世月の背後に、顔をしかめた李月。そして多分、世月を目の前にした自分もかなりのしかめ面をしていることは分かりきっている。
 端かた見ればかなりカオスな状況になっていること間違いなしだ。

「李月、貴方も来たの」
「桜生が喚くから…って、何してるだ、お前」

 李月はもうすっかり昔のように世月を恐れることもなくなったものだと華蓮は思っていたが。世月を見つけてから一向にその距離を縮めようとしない辺り、そういうわけでもないようだ。もしかすると、兄としてのアンテナが働く時に限り平気なのかもしれない。
 などと、分析をしている場合ではない。本当はこんな場所で油を売っていたくはないのに、華蓮は2人を放置してその場を離れることができない。なぜかと聞かれれば理由はひとつ、世月から待てと言われたからだ。

「ちょっとかーくんに伝えたい推測があって…」
「俺に伝えたい推測?」

 華蓮も李月と同じように距離を詰めることなく問いかける。すると、世月は腕を組んだままどこか困ったような顔をして頷いた。

「ええ。あっちの部屋に行ってから春くんに通訳してもらおうと思ったのだけれど…試しに呼んでみたら振り返るものだから、由々しき事態よ」
「……それは、俺が部室に向かうことよりも重要なことなのか?」

 取り敢えず部室に向かいたい。しかし、世月に呼び止められていてそれができない。
 もしかして秋生の命の危機だと言われれば、そんなことも振りきって向かう…はずだ。と自分の中での自信が若干頼りないことに、とてつもなく情けなく感じた。

「そうね。貴方に私が見えたことで、重要なことになったと言った方がいいかしら?」
「回りくどい言い方をするな」
「あら、貴方だって人のこと言えなくて…まぁいいわ。さっきの夢魔の話を聞いていて、気になることがあったのよ」

 世月はそう言って人差し指を立てた。
 先程の夢魔を華蓮はそれほど真面目に聞いていたわけではないが、それでも全てを耳にはしていた。気になった所といえば…つらら女房が伝達役という役目をあまり果たせていなかったという点だろうか。

「……つらら女房が伝達役に不向きとか?」
「真面目に話してるのに変な冗談はやめてくれるかしら?」

 キッと世月に睨まれた李月を見て、関係のない華蓮まで思わず身を引き締めてしまった。そして同じようなことを考えていたことは、死んでも口にしないと思った。
 李月を睨み付けた世月はそのまま体を一回転させて、華蓮に向き直る。

「今は腹いせに封印されていた地区の人間を狙っていると言っていたでしょう?」
「……そういえば、言っていたな」
「それから、前に人里に降りて狙ったのは力のある子供だとも」
「……ああ」

 結果それが仇となり、人間に封印されたと言っていた。
 それなのに、また人間を狙うなんてまるで何も学んでいないな…とか、きっとそういう話ではないだろう。李月のように睨まれるのは嫌だったので、思ったことは心の内に秘めて相づちだけ打った。

「それを聞いて思い当たることはない?」
「思い当たること?」

 華蓮が首を傾げると、世月は「鈍いわね」と呟いた。本当に自分が鈍いのかと不安になり李月に視線を向けてみるが、全く思い当たらないという顔をしていて少しだけ安心した。

「人間、と的を絞るから想像が働かないのよ」
「的を?……あ」

 世月の言う通り「人間を狙っている」と言われたことから、全く念頭においていなかった。あの地区の名前が出たときに、真っ先に想像した場所だというのに。
 丸っきり人間のような見た目をしていたと、春人はそう言っていた。春人だけではなく、双月もそう言っていた。
 鬼神カレン━━あの地区で、力を持った人間の子供を狙うならまず間違いなく標的になるはずだ。

「分かったかしら?…そして、今貴方達に私が見えているということは?」
「………あいつが、この学校に来ている?」

 しかし、なぜ。
 夢魔に狙われているというのなら、今場所に来てしまっては逆効果だ。もしかして、自分以外の人間を差し出すことで逃れようという魂胆だろうか━━否、多分そうではない。
 もしも、秋生が急に冬眠したように眠ったことが夢魔に関係あるならば。そしてそれが、あの悪霊にも関係があるならば。

「あいつが取り込まれて、それに秋生が巻き込まれたか」

 華蓮の言葉に、世月は大きく頷いた。

「その可能性が大いにあり得るわね。そして……」
「それを知った誰かが、あいつを助けるためにこの学校に連れてきた」

 今度は李月の言葉に世月が頷く。

「私はかーくんがあの…ラスボスとか、悪霊とかあいつとかじゃ分かりにくいわ。…そうね、コスモスちゃんにしましょうか。私はかーくんがコスモスちゃんに会って変な気を起こさないかと心配で…」

 ………コスモスちゃん…。

「待て世月。コスモスちゃんが思考回路を完全に持って行くから。コスモスちゃんって…いくら何でも、コスモスちゃんはないだろ………」
「やめろ李月。繰り返すな」

 華蓮は無駄に「コスモスちゃん」と繰り返す李月を睨み付ける。
 いつだったか、小学校で世話していたウサギに名前がないことを知った世月が付けた名前が白にくろぶちのウサギには「101匹うさちゃん」、赤目のウサギには「充血ホワイトガール」、他にも…そのどれもが酷い名前だったことを思い出した。世月は名前を付けるセンスが壊滅的だ。
 かつて世月が名付けてきたものはどれも悲惨だった。それを思い出してみると、コスモスちゃんはまだマシな方なのか…と、一瞬考えてしまった。

「コスモスちゃんを前にして、かーくんが変な気を起こさないかと心配でそれを春くんづてに言ってもらおうと思ったのよ」

 100%無視。
 世月は呼び方を変えるつもりはないらしい。

「………あいつを見ても、バットを振り下ろすなと?」


 世月とて、知らない筈もないだろう。


 どれ程に憎んだか。
 どれ程に恨んだか。

 あいつも、何もできない自分も。

 カレンから家族を取り戻すことだけが全てだった日々を、忘れたことはない。絶対に自分があいつを消し去ってやると誓ったことを、忘れたことはない。
 家の中で家族と幸せそうに過ごしていたのを目にした時に、踵を返した時の押し潰されそうな気持ちも覚えている。秋生が無くしてくれた辛さも、今はそれを抱えてはいなくとも、はっきりと覚えている。

 その目的を、目の前にして。

 何もするなと?


 世月は華蓮を真っ直ぐに見つめ、深く頷いた。何もするなという意味を込めて、頷いた。

「もし本当にコスモスちゃん経由で秋生くんが巻き込まれているなら、貴方がコスモスちゃんを消してしまった時点で秋生くんは助からなくなるかもしれないわよ。……それだけじゃなく、今はその時じゃないと貴方も頭では分かっているはず」

 ━━今は、その時じゃない。

 そう、それは…ここ最近、始まりは秋生の父だったか。その辺りに接触し始めた頃から分かってきたことだ。
 単にあいつを消し去るだけなら、もう既に事は終わっているはずだ。自分が力を得なくても、それを出来うる人物はいくらでもいた。そんな人物に、何人も会った。
 それはその誰もがあの悪霊の好き勝手に見ないふりをして、目を反らしているからじゃない。そうしないといけない何かがあるからだ。

 ……分かっている。

 今。

 抱えていた恨みも、憎しみも、悲しみも。その全てを超えた今でも、自分のやるべきことは何一つ変わっていない。
 目的は必ず達す。どんなことがあっても、母は━━家族は、取り戻す。

 けれどそれは…今。


「つまりお前は、華蓮にあいつを見過ごさせるばかりか助けろって言うのか?」
「……そうね。あの子すら助けられるくらいの覚悟がないと言うのなら、行くべきではないわ。秋生君の事は、コスモスちゃんを連れてきたであろう誰かに託すのね」

 それは、今ではない。

 今、自分がすべきことは。
 今、秋生がどんな状況になっているのかは分からない。大したことのないのかもしれないし、危険な状態かもしれない。
 自分が行って、何が出来るのかも分からない。何も出来ないかもしれない。
 だが、それでも。

「……さっさと行くぞ」

 今度こそ守ると決めたその言葉に二言はない。それがどんな状況でも、例え敵に塩を送る結果になっても。
 二度と、何も失わないと誓った。何も出来ないというのなら出来るようになるし、何だってする。どんなことであっても、他力本願で守る気はない。

「本当にいいのね?」
「塩が欲しいならいくらでもくれてやる。だが、秋生は絶対にやらない」

 真っ直ぐと華蓮を見る世月の目を、睨み付けるように見つめ返す。華蓮の言葉を聞いた世月は、とても満足げな笑みを浮かべる。そしてくるりと向きを変えると、部室の方に向かってすーっと滑るように走り出した。
 華蓮と李月も後を追う。
 階段を上がって部室に向かう廊下への角を曲がったところで、ふと廊下の先を見る。すると、誰かが部室に入って行ったような…そんな気がした。 


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