Long story


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佰肆━━━記憶へのまた一歩

 最後に出てきた小さいケースに入っていたのは、録画映像のようだった。
 誰も学校に戻る気もなくこれからどうするのか…となった際、この録画映像を観てみたいと言ったのは桜生だった。誰も反対する者はおらず、そのままリビングでその映像を見ることとなった。
 深月が「ラベルがないから適当につけんぞ」と言ってから、ケースからディスクを取り出してプレーヤーに入れた。数秒ほどザッピングのような音が流れ、映像が始まる。
 
 パッと映し出されたのは、真っ暗な映像だった。真っ黒い画面に、どこかざわざわと雑音が入っている。

『えーと…うちの息子の可愛い姿を残すために…』
『馬鹿ね貴女は。これを外さないと、何も映らないじゃない』
『あれ?…あ!睡華先輩が映った!』
『当たり前でしょう…』

 はぁと溜め息を吐く美しい女性が、画面一杯に映っている。秋生が、今朝の夢で見た女性━━華蓮の母、睡華だった。
 そして機械を手にしているのは、間違いなく━━自分の母、柚生だ。やっていることが自分と似ているような気がするのは、気のせいだと思いたかった。

『では改めて。子供たちの可愛い姿を映像に残すために、こんなものを購入しました!いっぱい撮るぞ!』
『お願いだからはしゃぎすぎて転ばないで。新品をお釈迦にして泣いても、私慰めないからね』
『大丈夫です!撮影するのは睡華先輩ですので、はいどうぞ!』

 ぐるっと、画面が揺れる。
 誰かの足元が映った。上履きを履いていることから…どうやら、この場所は学校のようだった。

『貴女ねぇ…まぁいいわ。時間が勿体ないから、さくさく撮らないとね』
『ですねっ。ということで、あっという間に部室です』

 新聞部。その下に、心霊部と手書きで書かれたプレートが引っ掛かっていた。
 この場所には見覚えがある。

「……先輩、ここ」
「ああ。あれを見つけた場所だな」

 あれ━━七不思議のことが記された、あの冊子を見つけた場所だ。秋生と華蓮が行った時にはかなり朽ちていたが、この映像ではとても綺麗だ。
 その部屋の扉が、ゆっくりと開く。

『さぁ子供たち!その可愛い…きゃああ!?』

 キィインっと、耳に響くような叫び声が音割れを起こした。
 部屋の中は一瞬映し出されるがその映像を認識する前に、ゴトンという音と共に映像がぶれる。次に映った映像には何人かの人がいたが、ちっともピントがあっていない状態なのでその顔はまったく見てとれない。
 読み取れる状況は、映っているのが小さい子供だということ。1人がソファに座っていて、もう1人は寝転んでいて…赤いのは、もしかして血まみれなのだろうか。

『隼人!貴方どうしたのッ!』
『血だらけじゃない!』

 やはり赤いのは血のようだ。
 そして、睡華が叫んだ名前から察するに。

「えっ、この血だらけなの春くんの?」
「名前からして、そうみたいだね」

 最近、やたらとテレビで見かける…というか、この間現物にあったばかりの春人の一番上の兄のようだ。
 どうして血だらけなのか…という以前にそもそも、どうして子供が学校にいるのか。というのは最初からの疑問であった。

『琉生が蓮さんと瀬高さんのトラップに引っ掛かりかけたのを、隼人が身代わりになった』

 ソファの後ろから、別の子供が顔を出して睡華と柚生の問いに答える。春人が「幸人(ゆきと)……多分、ガトリングだ」と呟いた。
 隼人という名前は知っている、春人の1番上の兄だ。血塗れなのがそれだろう。そしてガトリングと言えば2番目の兄、ソファから顔を出した人物……と、なると。隼人の隣に座っているのが。

『………ごめん』
『だから、お前のせいじゃないって言ってるだろ。それに、大した傷じゃない』
『でも…』
『うるさい。それ以上何か言ったら、二度と口聞かないからな』

 寝転んでいる隼人の隣に座っているのが琉生であることは、その他の人物関係を見ればすぐに分かった。それは桜生も同じだったようで、自分たちの知る兄とは違うしおらしい姿に「兄さんにこんな頃が…」と少し驚いた声を出していた。
 桜生が呟いて間もなく、映像が再び大きくブレる。ずっとボケていた映像が、途端にハッキリと映し出された。

『これ、どうしたんだ?』

 映像が困った顔をした睡華を捉える。上向きの映像であることから、これを撮影しているのはまたしても子供のようだ。
 一体何人の子供がいるのだろう。ここが学校だと思ったのは間違いだったのかと一瞬考え…すぐ、部室であったことを思い出す。昔の学校は、子供を連れ込むのが当たり前だったのだろうか。

『貴方たちの可愛さを保存しておこうと思って買ったのよ…まさか、初っぱながこんな過激映像になるとは予想外だけど』
『まゆ、俺も映して!俺も!』

 声のする方に画面が動く。
 先ほど、ソファの背後に顔を出した人物がピースをしていたが…一瞬で消えた。それを見た春人が「やっぱりそうだ」と確信めいた言葉を呟いていた。それからもうひとつ、華蓮が「あの秘書だ」と言ったことから、撮影している人物がこの間、華蓮が会いに行った人物だということが判明した。

『傷は治せないけど、痛みくらいは和らげれるから……』
『…ありがと』

 柚生が隼人の体に触れると、微かに光が放たれる。この力には見覚えがある。秋生が転んで擦りむくと、母がよく「痛いの痛いの飛んでいけ」とお決まりの台詞を言いながらやってくれた。それをしてもらうと、本当に痛みが和らぐのだ。
 顔を見た瞬間に分かっていたことだが。本当に母がいるのだ…と、ようやく実感したような気がした。

『ところで、原因の2人はどこなの?ちょっと懲らしめてやらないと』
『それなら……むしろ、助けに行った方がいいかも』
『え?』

 くるり、と画面が動く。
 映し出された映像は窓…その外、グラウンドだった。しかし、小さく点のようなものがいくつか見えるだけで、その詳細は分からない。

『よく見えない。どういう状況なの?』
『琉佳さんがマジギレで、2人の魂引きずり出して火炙りにしてる』

 ゾッとするような発言だった。
 魂を引きずり出す…それはこの間、秋生が亞希にやってしまったことだ。あの時はほんの一瞬のことだったが、亞希にはかなりの負担になっていて…しばらくふらついていた。
 たった一瞬でもそれだけのことが起きたのだ。それが長時間となると、それだけでもかなりの負担になる。そればかりか火炙りなんて…そこまでいくと、その苦痛はもう拷問に近い━━間違いなく拷問と言い切ってもいいかもしれない。

「魂引きずり出して火炙りって…」
「考えたくもないくらいに恐ろしい…」

 深月と侑が顔を青くして呟く。無理もない。誰だって身の毛もよだつ程ゾッとするはずだ━━と思った矢先、ぐっと腕を捕まれて画面から視線を反らす。すると、深月と侑、そして自分よりも遥かにゾッとしたような表情をしている人物が視界に入った。
 華蓮はまるで何かとんでもなく恐ろしいものを目にしたような…そんな、恐怖にも似た視線で画面を見ていた。初めて天使の世月を見た時の反応よりも、酷い顔だった。

「……魂の…火炙り…」

 華蓮と声を揃えるのは、桜生をぬいぐるみのように抱き締めている李月だ。李月と桜生は比較的に誰の前でも構わずいちゃつく方だが、今の状況はそれとは違う。その様はまるで、雷が怖くて深月に抱きつく侑のようだ。
 秋生はまだよく状況を理解していなかったが、桜生と李月の様子を見て何かを察し華蓮に身を寄せる。すると驚くことに、何のためらいもなく李月と桜生と同じように抱き締めれられた。

「せ…先輩?」
「何、いつくんどうしたの?」

 秋生と桜生は一度互いに目を合わせてから、それぞれ華蓮と李月を見上げる。2人は画面から目を反らさず、問いかけにも答えない━━あの画面の世界に、完全に意識を持っていかれているようだった。
 秋生と桜生は仕方なくテレビ画面に視線を戻した。ほぼ同時に窓の外の点を映していた映像が動き、再びソファに向く。
 今度ははっきりと見える。自分の兄と、そして春人の兄の幼い姿。

『…隼人、動くなよ』
『大丈夫だ。それより、お前も…肩貸せ』
『?』

 ソファから起き上がった隼人に促され、琉生は立ち上がる。そして言われた通りに肩を貸すと、そのまま先ほどまで映し出されていた窓の方へと移動した。
 今度は2人の背中越しに、小さな点が映し出される。

『よく見ておけ。お前には、きっと必要になる』
『俺が?まさか……いくら何でも、魂引きずり出して火炙りになんて…』
『いや、絶対に必要になる』

 隼人の口ぶりは実にしっかりとしていて、確信めいているようだった。

『いつか必ず、誰かに教える日が来る』
『何を?』
『さぁな。そこまでは分からない』
『中途半端だな。もっとハッキリしろよ』

 唐突に、秋生の知っている琉生が出てきた。さっきのしおらしさが嘘のようだ。
 琉生に向いた隼人の横顔が、思いきりしかめられる。子供の頃から、随分と整った顔立ちだったのだなと思わせる横顔だ。

『お前、あの馬鹿のせいで随分と生意気になってきたな』
『んなことねぇ』
『ついこの間までもっと可愛いかったのに…』
『は?』
『は?』
『……かわいい?…って?』
『はぁ?誰がそんなこと言うか』
『ん?あれ?…んん?』

 何だこのやりとりは。
 ぐっとアップになった子供2人が、噛み合わない会話で首を傾げたり顔をしかめたりと…何とも微笑ましい。いつから付き合っているのか…その馴れ初めは知らないが、こんなに小さい頃からその片鱗があったと…当の本人たちが気がついているのか、少しだけ気になるところだ。

『琉生があんなの使うほどキレるって…一体どんな奴に教えることになんだろうな』
『……そうだな。あの2人の子供、とか?』

 あ。と秋生は思う。
 画面から目を反らすと、桜生と視線が合った。

『えぇ…あれ増えんの?あれが2人も増えんの?』
『いや、そうとは限らないし。もしくは、2人とも限らないし』
『もっと増えんの!?世も末だな!!』

 画面に入っていない子供たちの会話が、音割れをしそうなくらい一際大きく響き渡った。きっと、機械の近くで喋っているのだろう。
 秋生はそんな会話を流すように聞きながら、華蓮を見上げた。相変わらず、その表情らひきつっている。

「いつくん、悪いことしたんでしょ」
「華蓮先輩もですね」
「……記憶にない」

 嘘だということは、秋生と桜生に限らず全員が分かりきっていることだった。
 とはいえ特に理由を問いただすつもりはなかったのだが、そんな折にひょっこりと亞希が隣に腰を据えた。いよいよ頭に良狐がいないだけで、何だがロボットのパーツがひとつ欠けているようで違和感を覚えてしまうようになってしまった。

「一度だけ、こいつらが喧嘩をしている時に睡蓮に怪我をさせたことがある。幸い大した怪我ではなかったが…一歩間違えば大事になっていた」

 華蓮も李月も、突然現れてそう話す亞希に何の弁解もすることなく黙っていた。つまり、その言葉は紛れもなく事実なのだろう。
 録画映像に映っている血塗れの子供。大した怪我ではなかったということは、あそこまでではなかっのだろうが。それでも、一歩間違えば大事に…もし、あんな風になってしまうと思うと、背筋に冷たいものを感じた。

「あの時は揃って2週間ほど寝込んだな」

 亞希はまるで楽しい思い出を思い出すかのように、けらけらと笑う。しかし、華蓮と李月は相変わらずこの世の終わりのような顔をしていた。
 世も末だな。という先程の言葉が、秋生の頭の中にふっと浮かび上がった。

「お前んとこの長男は予言者か?」
「さぁ〜?…あ、でも。俺がこの学校に進学するの、両親にはちょー反対されたけど、隼人が押しきってくれたんだよね〜。もしかして、こうなるって分かってたのかな?」
「やっぱり予言者じゃねぇか……」

 深月と春人がそんな会話をする先に、録画映像はコマを進めていく。代わり映えのないグラウンドと点の映像がひたすら流れているだけだ。
 どちらかというと、映像よりも会話を楽しむ(楽しんでいい内容ではないかもしれないが)方向になりかけていたとき、扉の開く音と共にぐるりと画面が動いた。

『終わったの?』

 後ろから睡華の声がする。
 機械の扱いに慣れないのか、画面は入り口の足元を映していた。足元が何だか変な色に染まっている。

『終わるわけねぇだろ。3日は吊し上げるから、何か予定入れてんならキャンセルしとけよ』

 ゆっくりと画面が上に向くと、苛立ちの滲む顔が映し出された。これはセールスが家に来た時の顔に似ているが、それよりももっと苛立っているようだった。
 そしてそんなことよりも、その全身が紫がかっていることが印象的だった。画面越しからでも、呪いをかけている様が見てとれるなんて…一体、何をやっているというのか。

『真柚、この土曜日に一緒に水族館に行かない?』
『うん、行く』

 本当ならデートの予定だったのだろうか。それを何の文句も言わずにあっさり切り替えてしまうとは。きっと、琉佳が魂を火炙りにしたのと同じくらい怒っているということなのかもしれない。
 そんな周辺の会話を拾いつつ、画面は琉佳を追いかける。

『ちったぁマシになったか、チビ麒麟』
『別に最初から大したことない』
『口だけは減らねぇな』

 わしわしと頭をかき回す。隼人が至極嫌がった素振りを見せても全くてを止める様子はなかった。肩を貸している琉生は苦笑いで、その光景を眺めている。
 方や血にまみれた子供、方や諸悪の根元のような青年。そんなお世辞にも明るいとは言えない絵面なのに、それが微笑ましく見えたのはとても不思議だった。

『最初からこういう微笑ましいのが撮りたかったんだけどなぁ…』
『そうしょげないの柚生ちゃん。これから沢山撮ればいいんだから』
『そうですけど……』
『ところで柚生ちゃん、そろそろ妹ちゃんたちのお迎えの時間じゃないの?』


 妹。柚生━━母に、妹がいるのか。


『えっ?…あ!本当だ…きゃあ!!』

 ガタッ、バタッと大きな音が響く。
 画面がそれを追うと、睡華に抱えられるようにして支えられている柚生の姿があった。秋生は何故だか、とてつもない親近感を覚えた。

『なぜ驚いただけで転ぶの?』
『さぁ、何ででしょう…?』

 もしもその答えがあるのならば、秋生是非知りたい。
 苦笑いを浮かべる柚生を呆れた様子で見る睡華の姿。文化祭の日に睡蓮が見たと言っていた光景は、きっと正にこんな様子だったのだろう。

『…真柚、とりあえず切っていいわ』
『分かった』

 ブツリと、映像が途切れた。


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