Long story


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佰参━━━記憶への一歩

 それが夢であることは、どうしてか最初から分かっていた。けれど夢から目覚めようとは思わず、同時に自分の意思で目覚めることが出来ないような気がしていた。
 秋生は家の裏口の前に立っていた。
 家━━もうすっかり、自分の家のような感覚になっている華蓮の家の、あまり使うことのない裏口だ。あまり使わない裏口だが、それでも見慣れている光景と少しだけ違うように思えた。
 そう思った理由は明白ではない。視線の先にいる人物が、この裏口を使う見慣れた面々の誰でもないからだろうか。分からない。
 知らない女性が、扉を開けて目の前に現れた。

「あなたを待っていたわ」

 女性はそう言った。
 どうやら、自分に話しかけているようだった。

「━━━」

 自分が何かを口走るが、何と言ったか分からない。

「あなたに言った言葉は決して嘘ではないの」
「━━━」

 どうしてだろう。
 女性の声はハッキリと聞こえるのに、自分の放つ声は全く聞こえない。そもそもどうして自分の意思とは関係なく、自分の口が勝手に喋っているのかも分からない。

「だから、私はあなたを拒まない」


 女性の片足が裏口から外に出る。
 その行動に、どうしてかとてつもない焦りを感じた。


「あの子と同じ程に」


 来ては駄目だ。
 そう叫びたいのに、声が出ない。ここに立っているのは自分なのに、自分の意思では何一つ出来ない。
 そうこうしているうちに、女性がもう片方の足を踏み出した。ああ、駄目だ。駄目なのに。
 女性は、自分に手を伸ばす。



「あなたを愛すわ」



 パタン…。と扉が閉まる。



「母さん!!」


 誰かの叫び声がした。

 扉の向こうに誰かが立っていた。扉という壁を隔てているにも関わらず、その誰かが立ち尽くして、絶望に似た表情を浮かべているのが見えた。
 どうしてだろう。どんな表情をしているかは確かに分かるのに、その顔がどんか顔かは認識出来なかった。

 その時ハッと思い出した。
 これが自分の夢であることを。


 ━━━━━ほんとうに?


 次の瞬間、デフォルトのアラーム音がけたたましく響き出した。
 目の前にいる誰かが遠くに消えてき、そして…目の前に現れた。それが同じ顔であると、考える間もなく確信した。





 アラームが鳴り響く。

 しかし体を起こした秋生は目を覚ますきっかけになったその音が耳に入っておらず、呆然としていた。
 今のは何だったのだろうか。
 何━━と聞かれれば、それは確かに夢だった。間違いなく夢だった。
 ふっと、アラーム音が止まる。
 秋生は自分がアラーム音で目を覚ましたことと、それを止めずに放置していたことを思い出した。

「………先輩」

 声をかけると、アラームを止め起き上がった華蓮が怪訝そうな顔でこちらを向いた。
 ああ、やっぱりそうだ。あの顔だ。
 秋生は思わず抱きつくように身を寄せた。すぐに答えるように抱き締められると、安堵の溜め息が漏れた。特に、何かに怯えていたというわけでもないのに。
 
「悪夢でも見たか」

 悪夢……だろうか。
 魘されるようなものではなかった。
 それよりも、どちらかというと。

「不謹慎な…夢、でした」

 夢に不謹慎もくそもあるのかと聞かれれば、その答えには困るが。
 けれど、自分の知らない誰かの辛い記憶を夢に見るなんて…やっぱり不謹慎という言葉が相応な気がした。そして改めて思う。華蓮のことを、夢に見ていたのだと。
 華蓮から「不謹慎?」と問われ、秋生は今見たばかりの夢を思い起こす。

「……この家に、あの…悪霊が来た日の夢です。…勝手な想像ですけど」

 秋生は知らない。
 だからそれは記憶を夢に見たのではなく、勝手な想像からくる夢だ。どうしてそんな夢を見たのか皆目検討も付かないが、何度考えても不謹慎な夢だと思った。

「あの日…裏口で、母さんが出迎えた」
「え?」

 夢の中でも、そこは裏口だった。

「俺は奥にいろと言われたのに、洗面所に隠れて探ろうとした。でも、2人の話し声は聞き取れず…ちゃんと聞き取ろうと出た時に」
「裏口の扉が閉まった」

 ぱたん…と扉が閉まる様子が鮮明に思い出される。その奥に見える絶望の表情を浮かべた華蓮の姿が、頭に焼き付いている。
 確かに夢だった。夢だったはずなのに。

「俺が……あいつだったんです」

 そこにいたのは自分だった。華蓮から母親を奪ったのは、自分だった。
 夢だ。これは夢だ。夢なのに。
 唐突に、凄まじい恐怖心を感じた。



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