Long story


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佰弌ーー死への闇


 スマホから口座の残高を確認すると、桁数がひとつ減っていた。そのことを伝え「久々に人助けでもするか」という言葉が返ってきた時には思わず顔をしかめたが、特に指摘はしなかった。
 それから3日程後、久々の人助けに付いて行くつもりはなかった。しかし、花があった方が取り入りやすいという理由から同伴を希望され、学校に特別な用事があるわけでもなかったので二つ返事で了承した。

「…これが話に伺った井戸ですか?」

 そもそも、本当に人助けをしようと思う人間は「他人に取り入ろう」などとは思わない。そんなことを口にしている時点で、人助けなんて微塵も考えてないことは分かりきっていた。
 いや、そんなことを口にしなくても分かりきっていたことだが。
 隣で老人にそう問いかける李月を――既に何かを察し、予定額よりもせしめようとしているその顔を見て、桜生は苦笑いを浮かべるばかりだ。

「はぁ、そうです。どうでしょうか、何かお分かりでしょうかねぇ?」
「……ええ、まぁ」

 桜生には何も見えないが、李月には見えているのだろう。
 その老人へ眼差しには、金をせしめようという思いと軽蔑とが入り混じっているように見えた。

「どうにかしてもらえますか。もう本当に、村人たちも疲労しきってまして……」

『井戸にもののけが取り憑いているようなので祓って欲しい』
 掲示板に書かれていた内容は実にシンプルで、その一言と住所、連絡先が書いてあるだけだった。他にも沢山の依頼があった中でどうしてそれを選んだのかと聞いたら、一番近かったからだと…これまた実にシンプルな返答があった。

 バスで島を出て電車を乗り継ぎ、いつしか単線になった後に辿り着いた無人駅。降りてから一時間程度歩いて見えてきたのは、小さい集落だった。
 規模こそ小さいがひとつひとつの家はどれも立派な日本家屋といった感じで、また田畑には沢山の作物が実を成しており…見たところ廃れているという様子ではない。しかし通りかかった何人かの人に挨拶をしても、返ってくる返事は活気のないものばかりで…とても違和感を覚えた。

 その正体が、今目の前にある井戸だ。

 この井戸は村全体の水源となっており、この集落ではどの家庭もここから水を引いているらしい。
 そんな村の命とも言えるこの井戸に異変が起こったのは数ヵ月程前からで、最初は少しばかり水が濁っている気がする…という程度のことだったそうだ。水の濁りはそれから目につく程酷くはならなかったが、時を同じくして村人が次々と体調を崩すようになった。
 いつからか、この井戸にもののけがやってきて水を汚しているという噂が立始める。所詮噂と笑い飛ばすのもつかの間、恐れを成して井戸の水を使わなくなった村人たちの体調がみるみる回復していき、噂は真のこととして村人たちへと広まった。
 しかし、井戸の水を使わないということは他から水を得るということ。一応、この近隣に田畑にも水を引いている川があるらしい。昔は飲み水として使われていたそうだが、数十年前にダムが建設されて以降水質が悪くなりとても飲み水としては利用できない状態ということだった。ではどうやって水を確保するのかというと、自分達で町まで買いに出るしかない。それも生活用水全てを購入するとなると、ミネラルウォーター1本2本の話ではなくなり……とにかく物凄く大事なのだという。
 村人たちが疲労しきっているのは、その水の確保に農作業なんて非ではないほどの労力を費やさざるを得ないからなのだそうだ。確かに、水道から水が出ず、ミネラルウォーターを抱えて動きまわるというのは老人にとっては重労働に他ならならないだろう。

「それが仕事ですので、努力は惜しみませんが。……どうしてこうなったのか、心当たりはございませんか?」

 白々しい聞き方をする。
 どうせ全部分かっているだろうに。

「………皆目、見当も…」

 老人の表情がひきつる。
 その言葉とは裏腹に、心当たりがあると大声で言っているようなものだ。

「そうですか。ならば、そこに立ち恨めしそうに貴方を見つめている青い着物の少女に問うことにします」

 老人の隣を指差す。
 桜生には青い着物など見えないが、老人の顔はそれこそ真っ青だった。

「な……何を、ご冗談を……」
「そちらこそご冗談を。貴方たちが見ているのがモノノケではないことくらい、分かってるんじゃないですか?」
「…………」

 沈黙。それは限りなくイエスに近い返事だ。
 もしかして、必死に言い訳を考えているのだろうか。はたまた、何も考えられない程に頭が真っ白になっているのかもしれない。

「村全体で困っているのなら、普通はもっと信用に足る所に頼みませんか?それがこんな、どこの馬の骨とも分からない人間に頼むとは…余程後ろめたい何かがあるんですか?」

 老人の葛藤など気にもせず。答える間を与えぬ質問攻めが始まった。
 これは李月の常套手段だ。当たり前だが、回答など求めてはいない。考える隙を与える前にどんどん追い討ちをかけて追い詰め、相手を焦らせるのが目的だ。 

「ああ、それとも…非公式な場で頼んだことなら、物事が解決すれば始末することも可能だとでも思いましたか?なら、俺が1人じゃなかったことは計算外だったのかもしれませんね?」

 だから、自分に同伴を頼んだのか…と、桜生は目を見開いて李月を見上げた。その視線に気がついたのか、李月は一瞬だけこちらを見て…またすぐに老人へと目線を戻した。


「……何が…何が望みですか」

 つまり、本当にそのつもりだったということか。
 それは村ぐるみでの企みなのか?それともこの老人の個人的な企みなのか?
 どちらにしても常軌を逸している。
 そして、それが分かっていてここまで来た李月も…頭がおかしいんじゃないのかと、ちょっとだけその神経を疑った。いや、だからといって愛情はいつも通りゲージ振りきり…いや、まぁそれはいい。

「もし解決した暁には、報酬を予定の10倍で」
「じゅっ…そんな無茶苦茶な…」

 鬼だな。と、思わずにはいられない。
 きっと華蓮よりも李月の方が何倍も性格は悪い…というより鬼畜だ。桜生はそう確信している。

「これだけ大百姓揃いの村なら、その程度はした金なんじゃ?…まぁ、そのお金でボウリングして別の水源を得るという手もありますが…どうせ結果は同じでしょう。もちろん、他の所に頼んでもいいですし……帰りの道すがら、俺がどこで何を吹聴したところで、数十年前のことなんて時効ですしね。子供の戯れ言程度で済まされますよ」

 回りくどい言い方をしているが。このまま断って帰らせたら、知っていることを全て吹聴してやるぞ…とそういうことだ。
 しかし桜生としては、李月の言葉はもっともだと思う。突然やってきたどこの馬の骨とも知れない子供に何を聞かされようと、笑い話にされるのが落ちだ。それなのに、目の前の老人はどうしてみるみるうちに青ざめていくのだろうか。李月が何を知っているかも、知りもしないくせに。

「…………報酬は10倍で、どうか…どうか、その少女たちを…沈めて下さい」

 老人が力なく声を出す。
 「少女たち」という言葉が桜生にはとても印象的で、なぜかとても恐ろしく感じた。



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