Long story


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玖拾玖ーーどんな手を使っても


 皆がせっせと授業を受けている最中、華蓮は旧校舎の3階に足を伸ばしていた。
 前々回から前回まではすっかり忘れて…いたわけではなく、忙しかったためにかなりの時間が開いてしまったが。今回はかなり短いスパンでの再戦だった。

「今日はまた随分とやる気だな。攻略法でも見つけたか?」

 華蓮が壁の前にやってくると、男はすぐに顔を出した。窓枠には、子供の姿もある。

「試せば分かる」
「いいだろう。…まさかバットを新しくしたからなんて言ったら速攻ぶっ飛ばすからな」
「さぁ、それはどうかな」

 華蓮が手にした新しいバットを見て男がそう言うのを聞き流しながら、華蓮は既に地面を蹴っていた。
 開始の合図があった訳でもないのに、男はまるでそれが分かっていたかのようだった。華蓮がバットを振りかざした時にはもう既に、男はこの前と同じものを両手に握っていた。

「…本当にバットを新しくしただけってんじゃねぇだろうな?」

 華蓮のひと振りを受け止めると、男は顔をしかめる。その間に体を翻して背中からの一撃を放ちながら、華蓮は息を吐く。
 そして、仕掛ける。

「この間、少し遠くの街に行った」
「……無駄口か?余裕だな」

 背中からの攻撃を当たり前のように躱した男は、華蓮へと刀のような邪気を振りかざす。
 右から左。それを受け流しながら、華蓮は問いかけに答える代わりに話を続ける。

「家があった。幸せそうな家族もいた」

 男は口を挟まなかった。そして一段と攻撃の速さが速くなる。
 華蓮は亞希の助言を借りつつそれを交わし、そしてたまに打ち込む。しかし、手応えはない。

「……もしかしたら、このままの方がいいのかもしれないと…そう思った」
「何?」

 男は動きを止めない。
 しかし、その視線はしっかりと華蓮を捉えていた。それは華蓮の思惑通りだった。
 速さも速くなる一方で凌ぐのも辛くなってくるが、華蓮は尚も話を続ける。

「あの家族に、もう俺の居場所はないのかもしれない…と」

 男をギリギリまで引き付ける。
 そして目を離さない。顔なんてどうでもいいと見過ごしていたものを見る。
 いつものように分からない顔が、見えた。

 今だ。


「やっぱりそうなのか?……父さん」
「―――…」

 止まった。
 華蓮はその一瞬を見逃さず、その頭上目掛けてバットを振りかざす。

「ッ…」

 見えた――瞬きをする瞬間。

「良狐!!」

 亞希の力で相手の攻撃を躱しながら、見えたその瞬間を跳ね返す。呼び出した狐は、華蓮が何も言わずとも目の前の男に炎を吐き出していた。
 そして同時に、また男の動きが止まる。しかし、それも一瞬のことだと分かっていた。

「亞希」

 言うより早く叩きつける。

「ッ!」

 一撃で気絶する程度に打ち込んだが、それでも受け身を取られた。本当に底知れない。だが自分の放った呪詛が効果を発揮したことで、そこから切り返すよりも華蓮の方が速かった。
 今度こそ、その首もとにバットを突きつけた。

「俺の勝ちだ」

 全て計算通りだった。
 たった一度だけ勝てればよかった。だが実力では敵わないことは明白だった。どれだけ努力をしたところで、何年何十年経ったところで、それが変わらないと分かっていた。
 それでも絶対に勝ちたかった。その為ならどんな小狡い手でも使ってやると思った。どんなことをしてでも、負けを認めさせてやると。

「……分かった、俺の負けだ」

 男がそう言って溜め息を吐き、華蓮はその首元からバットを離した。

「すごい。本当に捩じ伏せた」
「実力じゃねぇが…まぁ、それでも負けは負けだな」

 子供が心底驚いたという様子で言うのに対して、男は再び溜め息を吐きながら腕を組んだ。
 ここまで潔いのは意外だった。

「この間のオマケが悪かったんじゃないの?」
「違う。…てめぇ、まんまと策に嵌まりやがって。後で覚えてろ。あん?だからてめぇは詰めが甘いんだよ!」

 男はこの間と同じように、どこかに向かって怒りを吐き出していた。
 華蓮は辺りを見回すが、誰の気配も感じない。

「よくあの呪詛の仕組みが分かったね」
「……それは、秋生に」
「秋生?」

 子供の言葉に答えると、どこかに向かって怒っていた男がこちらを向いた。今まで見えなかった顔が、当たり前のように見える。
 ついこの間、桜生が言っていた「顔なんてお父さんに本当にそっくりだから、初めて聞いた時は冗談だと思ったけど」という言葉を思い出した。
 その顔は本当に、琉生にそっくりだった。

「…じゃあ、見切り方も?」
「それも秋生に」
「いつの間にそんなの見切ってやがったんだ…」

 子供の問いに華蓮が答えると、男は心底驚いた顔をしていた。

「やっぱりお前のせいじゃないか」
「十年越しの見落としか。まぁそれも悪くねぇな」

 やはり潔くそう言うと、男はまた華蓮に顔を向ける。というより、その視線は華蓮の腕に向いていた。
 秋生が自分で二重掛けして無茶苦茶にした呪詛は華蓮にも繋がっている。だから、良狐を呼び出すことが出来た。

「お前、俺に勝つためにそんな呪詛まで繋げたのか?」
「これは、秋生がミスして偶然…」

 元の呪詛は秋生にかかっているものであって華蓮には関係ないのに…それでも見えるのだろうか。この繋がりが。
 華蓮には相変わらず、何も見えない。

「ミスしてって…お前な。下手すりゃ大惨事だぞ…」
「そういうところが母親似だと、逆に怖いよね…」

 これ以上ない程に引いた2つの顔を見て、華蓮は少しだけ背筋が寒くなった。もしかして起こったかもしれない大惨事というのがどういうものなのか、想像するのはやめておいた。

「まぁ、ちゃんと教える間もなかったからな……」

 男はそう言いながら、どこか寂しそうに天を仰いだ。
 その時、改めて感じた。今目の前に確かに存在しているこの男が、十数年も前にこの世を去ったのだということを。
 だが、それが何だというのだろうか。

「……そんなの、これから教えればいいだろ」

 どうしてこの場にいるのか、それは華蓮には知る由もないことだった。しかし、今ここに確かに存在している。
 同じ具現化だが、睡蓮が見たという記憶の具現化ではない。この世から去った魂そのものが具現化した――紛れもなく本物だ。
 それならばどうして、もう二度と話せないというような言い方をするのか。

「ずっとこの世に有りながら十数年もずっと放ってた人間に、今さら会いたいと思うか?自分達が一番苦しい時期に何もせずただ見ていただけだと知っても?」

 ずっと、見ていたのか。

「…ずっと…見守っていたのか」

 華蓮の言葉に、男は目を見開いた。
 そんな風には考えたこともなかったというような…そんな表情だった。

「秋生と、桜生が…そんなことも、分からないと思うのか?」

 一体どんな風に思われると思っているのだろうか。
 十数年、一度も姿を見せなかったことに悲しむのか。怒るのか。嘆くのか。
 どれも違うと、華蓮は分かっている。

「…今はもう、その全てに理由があることくらい分かってる。嘆きもしなければ、怒りもしない」

 その理由を聞かなくても。
 いや、そんなことはきっとどうでもいい。

「……そうかい」

 男はそれだけ言うと、すっとその場から消えてしまった。
 結果的に華蓮の言葉がどう届いたのか分からない。だから、どうしたらいいのかも分からない。

「連れておいで」

 どうしていいのかと思っている華蓮に、子供がそう話しかける。華蓮が視線を向けると、子供は再び「連れておいで」と繰り返した。

「いいのか?」
「いずれは会うことになってたんだ。それが少しばかり早まっただけに過ぎない」

 子供もそう言って、姿を消した。

「ちなみに、今のはあいつだけに向けての言葉だったの?」

 姿の見えない中、どこからか声だけが聞こえる。まるで帰り際に思い出して、慌てて戻ってきたみたいだ。

「……さぁな」

 華蓮はその問いに短く答えて、踵を返した。


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