Long story


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玖拾捌ーーその先に

 とてもこじんまりとした喫茶店だった。
 春人が嫌々ながらも兄に連絡をして、すぐに会う約束を取り付けてくれた。予想通り、あの人物は隼人の秘書であり…高校時代からの友人でもあるということだった。
 あの伝道師騒動から1週間後の日曜日。約束した店には華蓮と、そして目の前の人物以外には誰も客はいない。

「鬼神真柚(まゆず)だ、よろしく」

 知らない他人から「鬼神」という性を聞くのはとても不思議な感覚だった。
 桜生とデートに出掛けると話をしていてあの朝、テレビで見たあの顔。目に見える人物が全員自分達に関係しているのでは…と、そんな絵空事は、現実になった。

「夏川華蓮です」

 華蓮は短く答える。
 しんと静まりか返った場所では、自分のその声がとても大きく聞こえた。

「さっそくだけど…どうして急に、自分の家系に興味を持ったんだ?それとも…急に、というわけではなくたまたまこのタイミングで私を見つけたのか?」
「いいえ。急に興味を持って、そうしたら都合よくテレビで貴方の名前を見つけました」

 まるで作られた物語のように、都合よく。

「そんな都合の話は有りはしない。それは作為だ」
「…どうしてそう言い切れるんですか?」
「私はテレビに映る可能性がある場所では、決して名前を見せない」

 そう言われて、あの時のことを思い出した。普段は自分にあまり都合のよくないことや話したくない話題の時にはスッと消えてしまう鈴々が、ずっと睡蓮の膝の上に座っていたことを。
 あれは都合のいい偶然ではなく、鈴々が見せたものだったのだ。

「……島の外にある教会に墓があるのを、知人が見つけて」
「ああ、あれか。あれは私が建てた墓だ」

 あっけらかんとした様子でそう答え、いつの間にかすぐそこにいた店員にコーヒーを注文した。華蓮はその時まで店員がそこにいることに気が付かず、そして今見たばかりの店員の顔も、性別すらももう覚えていない。それが分かった瞬間、この店がただのこじんまりとした喫茶店ではないことを確信した。
 それから間もなくコーヒーがやってくると、真柚はそれに角砂糖を落としながら口を開いた。

「実は我が一族は隠れキリシタンで…という訳ではなく、私の自己満足の嫌がらせと言った所かな」
「……嫌がらせ」
「百年以上も寺の家系として繋いできた一族が丸ごとキリスト教の墓にぶちこまれるなんてこれ以上ない屈辱だろう?」

 華蓮には何も返すことばがない。
 ただ、少なくともこの人物は「鬼神」という家系を好いてはいないということはハッキリと分かった。

「あ、決して私が殺したわけではないからな」
「…それは分かっています」

 もしも自分が殺していたのなら、わざわざこんなに疑われるような言い方はしない。それどころかきっと、あの墓を建てたのは自分だなんて口にもしないだろう。
 それに何より、この人物の名前を鈴々が意図的に見せたのなら…人殺しをするような人物に会わせようとするとは到底思えない。

「知りたいのは、なぜ大量に墓があるのか。それもなぜ全員同じ年に死んでいるのか」

 華蓮は頷いた。
 話し好きな母から、一度も聞いたことがない「鬼神」という家系。自分の血筋に、一体何があったのか。
 今まで気にもとめていなかったことに興味を持ったのは、このタイミングで墓を見つけたことが…自分が今直面していることに、何の関係もないと言うには都合が良すぎるような気がしてならないからだ。

「最初に言っておくが、君の知人があの墓を見つけたのは予想外の事態であり…彼らからしてみれば都合の悪い展開だ。決して仕組まれたことではない」
「………人の心が読めるんですか?」

 華蓮が顔をしかめると、真柚はくすくすと笑った。
 世の奥様方が惚れ惚れするのも頷ける。美形もここまでいくと、妬むのも馬鹿らしいというものだ。

「まさか。そう勘ぐっても仕方のない状況下にいることを知っていただけだ」
「その…彼ら、から聞て?」
「直接関わりがあるのは1人だが、一応皆知り合いではある」
「だから…都合の悪い展開になることは、何も話せないと?」

 意外にも、その問いに真柚は首を横に振った。

「私は彼らの思惑を知ってはいるが、協力者ではない。だから話をするかどうかは、君と会ってから決めようと思った」

 そう言ってコーヒーをすする。
 今、正にそれを吟味しているのか。それとも、もう答えは出ているのか。
 華蓮が何も言わずにいると、真柚は再び口を開いた。

「君は、鬼のことをどう思っている?」

 真柚が指を差したのは、華蓮の胸元だった。それはつまり「鬼」というと妖怪そのものについてのことではなく、華蓮の中にいる「亞希」についてのことだ。
 華蓮の回答次第でこの先話が続くか、それともこれで終わりになるかが決まる。適当にいいように言うことも出来るが…それは多分、見透かされる。素直に話すしかない。

「最初に会った頃は……いけ好かない、他人でした」

 華蓮があの時、何よりも力を欲した時。それがどんな方法であろうと、どんな相手であろうと、力さえ手に入るのであれば何だってよかった。
 そして亞希と出会った。殆んど妖力も残っていないというのに、目を見張るようなその力の大きさを確かに感じた。だから、少々性格に難があっても契約をした。
 憎しみを果たすための力。ただそれだけの存在だった。

「今は?」

 縁側が頭に浮かぶ。
 幼い頃の自分の容姿を真似た姿が、お気に入りの金木犀に腰を下ろしている。その姿をやめろと言っても全く聞く耳を持たず、いよいよ見慣れてしまった。
 それだけではない。いつも酒ばかり飲んでいる。来日も来日も酒浸りの体たらくだ。連日の二日酔いは嫁のお陰でマシになったが、それでも絶対に飲むのはやめない。
 気紛れで、自分勝手で、やりたい放題で。人を媒体にして気楽な隠居生活を送っている。

「……とんでもなくいけ好かない……弟、的な」

 実際の弟である睡蓮とは似ても似つかない。睡蓮と同じで遠慮はしないが、睡蓮のように素直という訳ではない。そればかりか、お世辞にも可愛げがあるとも言えない。
 けれど、他人ではない。
 しかし、友人でもない。
 だから何となく「弟」という言葉が一番しっくりくるように思えた。というより、他に何とも言葉が思い付かなかっただけだが。

「ふざけたことを抜かすな」

 どかっと、目の前に胡座をかいた。
 つい今しがた、頭に浮かんでいた顔が目の前にある。自分の顔が。

「……お前、留守番してたんじゃなかったのか」

 前触れなく表れた亞希を前に、華蓮は顔をしかめる。

「ああそうとも。だがお前の気配が消えかかったから、もしもの事を考えて完全に消える前に追ってきてやったと言うのに…誰が弟だ、誰が」
「他に言いようがないだろ」
「だからどう考えても俺が兄だろう、お前が上な訳があるか。それならば他人の方がマシというものだ」

 華蓮よりも半分近く小さい身体で、当たり前だと言わんばかりに言い放つ。
 それに対して鏡を見てから言えと言い返す前に、亞希はすっと机の上に立った。行儀が悪いことこの上ない。

「腹立たしい」
 
 と、吐き捨てる。
 そしてそのままくるりと向きを変え、薄暗い店内のどこか奥の方を指差した。亞希の登場に全く驚きもせずコーヒーを啜っていた顔が、静かにそれを追う。

「おい。俺の媒体に指一本でも触れてみろ、食い殺してくれるからな」

 華蓮は目を向けるが、薄暗い店内が広がっているだけで何も見えない。しかし、きっと何かがいるのだろう。……こんなことだから、本人が望んでも他人という言葉で表現も出来ない。
 そんな華蓮の複雑な心情を知ってか知らずか。亞希は言いたいことを言うとすとんと机から降り、その足取りは出入り口に向かう。消えかけていた気配を追って出てきたはいいものの、戻れなくなったに違いない。

「出て行かずとも、せっかくだから君も聞いて行けばいい」
 真柚が引き留めると、亞希は足を止めて振り返った。
 その顔から興味がないことが伺えるが、亞希がそれを口にする前に真柚が口を開く。

「彼の血筋が、いかに鬼という種族を愚弄したきたかを」

 亞希の表情が変わる。
 ちらりと向けられた視線に好きにしろという意味を込めて軽く頷いて見せると、亞希は酒瓶を抱えて華蓮の隣に腰を据えた。



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