Long story


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玖拾伍―――巻き込み事故多発か


 下級生ご一行が出で行き一際静かになった新聞部部室内。時折冗談を交わしながらも、残った全員でひたすら新聞紙を捲る作業を続けること1時間。

「あっ…ねぇ、これじゃない?」

 侑が手を止め、新聞を机の中央に差し出す。そこには新聞の一面ではなく、後ろから捲った方が早い地方欄に小さく書かれている記事がひとつ。見出しには女性の写真付きで「女子大生、自宅アパートで自殺か」と書かれてあった。
 新聞記事の日付は数ヵ月前。島の外にある地域に住む大学生が当時住んでいたアパートで亡くなっており、窓を締め切った上で室内に練炭が数個置かれていたことから、自殺である可能性が高いということが記されてあった。

「……時期と地域から見ても間違いねぇな。つーことは」
「恋の伝道師自殺とばっちり疑惑が、限りなく黒に近いグレーになったということだな」

 深月と李月が新聞に顔を覗かせながら言葉を繋げる。そんな2人の会話を聞いて、ずっと双月にポエムを連ねていた恋の伝道師こと佐藤が机の上にすっと頭を出した。どうやら今日は見える日であるらしい深月が「うわっ」と声を上げる。

「何だそら?どういうこったよ?」
「貴方の死因が風邪ではないかもしれないという意味よ」
「はあっ?何だよそれ!」

 事の発端は、深月が佐藤の素性を調べる中で住んでいたアパートについて探りをいれたことから始まる。幸いなことに、比較的記憶がハッキリしている佐藤はアパートの名前も自分の部屋番号も覚えていて、探すことにそれほど苦労はしなかったのだという。そして探し当てたアパートの佐藤の部屋であった場所は、事故物件として格安で情報紙に掲載されていた。
 と、そこまではいい。というより、佐藤の証言が嘘ではないということも分かったのでそこまででいい…と華蓮ならそこで終わらせるところだが。深月はついでにとその周辺の部屋まで手を伸ばして調べたそうだ。すると、どうしてか佐藤の隣の部屋も事故物件として登録されていたらしい。
 最初は手違いかと思った深月はアパートの管理会社に連絡し、それが手違いでないということを知る。そうなると、一体いつから事故物件として扱われているのかということが気になるところだが…アパートの管理会社はそこまで詳しくは教えてくれなかった。となると、自分達で調べるしかない。
 佐藤の話によると、自分が死んだ時には隣の部屋には若い女性が住んでいたとのことだったので、そこが事故物件になったのは佐藤が死んだよりも後のことになる。そうなると的もそれほど大きくないので、佐藤が死んでからの新聞を漁っていれば何かしらの……そこで起こったのが事件であれ事故であれ自殺であれ、きっと情報が掲載されているはずだと踏んで、全員で手当たり次第に新聞を捲っていたのだ。
 結果は上記の通り、自殺だった。そしてそれは、ここにいる誰もが予想していたことだった。

「恋の伝道師さんよ。あんた、この大学生が練炭自殺したのに巻き込まれたんだよ」
「はぁ?巻き込まれたって…どうやって?」
「一酸化炭素中毒くらい知ってんだろ?あんたが死んだ日、窓とか締め切ってたんじゃねぇの?」
「……確かに。まだ寒かったからな」
「やっぱな。そんで、あんたの住んでたアパート、お世辞にも新しいとは言えなかったろ?」
「……まぁ、生活音は普通に聞こえていたが…そんなアパートいくらでもあるだろ?」

 それは、聞こえていた生活音のレベルにもよるが。
 本人が気にしていなかったということは、それほど大きな物音はなかったのか。それとも、この男がかなり鈍感な感覚の持ち主なのか。

「じゃあ臭いは?」
「おお、よくカレーの匂いがしたぞ。カレー食べたくなるんだよなぁ。あと夜にだけ花の匂いがしてたな…よく寝れた」
「貴方それ、アロマじゃないの?そんなの普通隣まで漏れる?」
「少なくとも、すきま風とかいうレベルじゃないんじゃないか……」

 どうやら、この男はかなり鈍感なようだ。双月と李月が有り得ないというような目で佐藤を見て呟いていた。
 しかし、アロマなんてものまで漏れだすなんて、作りがおかしいか余程の風穴が空いているかを疑わざるを得ない。それとも華蓮たちが知らないだけで、佐藤の言うように古いアパートというのはそんなものなのか。

「でもさ…もし本当に巻き込みだとしたら、普通気が付くんじゃない?隣の部屋も死んでたら、流石に疑うでしょ」
「それがそうでもねぇんだよな。状況的に」
「?…どういうこと?」

 侑が首をかしげると、深月は新聞記事の一角を指差した。
 華蓮も目を向けてみると「女性は死後数ヵ月経過しており」という文章が目にはいる。

「……死んでから見つかるまでに誤差があって気づかれなかったってこと?……いや、腐って臭うでしょ!?」
「佐藤が死後すぐに見つかったのなら、…佐藤の部屋に業者が入る頃はまだ臭わなくても不思議じゃないだろ。時期的に寒かったようだし腐敗も時間がかかるしな」

 この記事が掲載された数ヵ月前の時点で、既に女性の死体が死後数ヵ月。つまり、実際に佐藤が死んだのは半年以上前という話になる。
 半年以上前ともなると、まだこたつにくるまっている季節だ。窓を締め切っていても室内は冷えきっているだろうし、それこそおんぼろアパートともなると寒さも一際だろう。腐敗を遅らせるのにはもってこいだ。

「でも、そういうのって隣の人に報告とかないの?」
「ボロ屋だし、ずさんな管理会社ならなぁなぁにすることもあるんじゃねぇの?殺されてたとかならともかく、死因も風邪だしな」
「……そんな適当なことがあっていいの…?いや…実際にあったからこうなってるんだろうけど……現代社会の闇だよこれは」

 ゾッとしたように侑が呟く。
 とはいえ、佐藤の遺体も火葬されアパートにも清掃業者が入った後の今ではそれを裏付ける確かな証拠はない。もしかすると、アパートの管理会社はそれに気が付いているかもしれいが、それをわざわざ口にはしないだろう。本当ならば、少なくとも地方新聞には大きく載る程度の大事であるし、損害は計り知れない。
 つまり、この仮説を立証する術はない。しかし、侑の言うとおり闇は深い。

「……じゃあ、俺はあの隣の女に殺されたってことか?」
「殺されたってか…不可抗力というか……」
「今から恋人を作ろうと輝かしい未来を夢見ていた俺が、未来に絶望した哀れな女の巻き沿いを食ったと?」
「言い方な…。まぁ…間違っちゃいねんだろうが」
「しかもその女は自分は死んで満足して成仏したと?」
「成仏したかは知んねぇよ」
「おまけにこいつは、ろくに愛を囁かない真っ黒くろすけのくせに可愛い恋人までいると?」
「……ま、まっくろくろすけ…?」
「そんな理不尽な話があっていいのか!!」

 佐藤が机を叩くと、バンという音と共に部屋全体が振動した。
 同情に値しないこともないが。華蓮からしてみれば、全く関係がないのに恨みの対象にされているこちらの方が理不尽だと思わずにはいられない。

「喚いた所で今さらどうにもならないだろ」
「ならこのやり場のない怒りをどうしろと!?」
「自分で抑えろ。あまり負の感情を爆発させていると、そのうちそれに呑まれて悪霊になるぞ。もっと前向きに考えろ」
「……俺は恋人が欲しい!故に悪霊になっている暇などない!!」
「その意気だ」
「まだ見ぬの愛し君!早く俺のところまで愛を運んで来てくれ!!」
「……そこまで言えとは言ってない」

 李月が顔をしかめる。
 しかし、エンジンの掛かった佐藤は止まらない。

「そのブラッ…」

 と、華蓮はそこで佐藤の声を完全にシャットアウトしたが。始まったのはブラックホールポエムに間違いないだろう。
 案の定、すぐにかなりドン引きした様子の李月が「ブラックホール…」と呟くのが聞こえてきたのと同時に、部屋の扉が開かれた。


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