Long story


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玖拾肆―――向かう所敵なし

 バシッと、尻尾が掴まれる感覚に思わず身震いした。サイヤ人は尻尾に弱いというのがなんとも納得しづらい設定であったが、自分で体験するとよく分かる。
 それをそのまま力一杯引っ張られると全身の力が抜けそうになるどころか、その馬鹿力からまま宙に投げ出されそうになる。しかしそこをどうにか踏ん張って、秋生は尻尾を掴んでいる人物に向かって別の尻尾を振りかざした。

「チッ、やっぱりそう簡単に投げれないか」

 尻尾を掴んでいた桜生は、秋生の反撃をひらりと躱して舌打ちをした。
 昼休みが終わり華蓮やその他がそれぞれに行動し始めた後も、秋生はしばらくその場に倒れ込んだまま動かなかった。しかし、一度出掛けた侑と双月に応援を要請された李月が恋人候補を探しに出たことで暇になった桜生は、秋生を動かないまま放っておいてはくれず。死んでいるくらいなら相手をしてくれと屋上に引っ張って来られ、一体何の相手をさせられるのかと思えば。桜生の「武道家への道程修行」を手伝わされるというのは予想外だった。しかしどうせ授業に行くわけでもないし、気晴らしにはいいかもしれないと了承し、今に至る。


「何でもかんでも投げて解決しようとするんじゃないよ」
「でもこれが一番手っ取り早いですよ」
「何だって?」
「も、もっとよく考えて行動しますっ」

 飛縁魔は桜生がスマホで呼び出した。妖怪が当たり前のようにスマホを持っていることに秋生は驚いたが、飛縁魔曰く人間は嫌いでも技術の進歩に乗らない手はない…ということらしい。
 秋生が桜生の武道家への道程修行に参加したのはこれが初めてだが、桜生は思いの外武道家っぽくなっていた。飛縁魔に言われて飛ばした鬼火は全て華麗に躱すし、尻尾の連続攻撃も上手く受け流すし、まぁ結果的に掴んで投げようてして叱られる始末ではあったが……正直なところ、戦闘スキルそのものは多分秋生よりも上だ。

「桜生、凄いな。めっちゃ強くなってんじゃん」
「ふふ、先生がいいからね。秋生も良狐ちゃんに教えてもらったら?」

 桜生の視線が、飛縁魔の腕に抱えられている良狐に向く。例によって欠伸ばかりしているこの狐は、微塵も興味がなさそうだ。
 飛縁魔の腕から良狐を抱えあげると、眠たそうに閉じていた瞳が鬱陶しそうに開かれた。
 
「教えてくれたりすんの?」
「お主はその場の直感で能力を発揮する故、教えたところで身にはならぬ」
「でも、尻尾は出せるようになっただろ」
「それを引き出せたのも、そなたが激昂しておったからじゃろう?故に…そうじゃの、仮にその娘が殺されかけでもすれば、凄まじい力でも目覚めるやもしれぬが」

 初めて尻尾を出した時のことを思い出そうとしたが、怒っていたということ以外には何も思い出せなかった。
 ただ、あの時感じていた感覚は今でもしっかり覚えている。だからどうやって出したのかを忘れていても、何となく大雑把な感じでその時の感覚を呼び起こせば、尻尾を出すことが出来るようになった。

「秋生の力って、怒りで発動するの?」
「それもひとつということさ。特に前回それが引き金になったなら、同じ引き金の方が分かりやすいだろう?」
「はぁ、なるほど。でも僕、死にかけるなて嫌だよ」
「そんなの俺も嫌だよ」

 桜生が顔をしかめるのに、同じように顔をしかめ返す。自分の努力でどうにかなるものなら試してみてもいいが、他人を危険に晒してまで強くなりたいとは思わない。そもそも、強くなりたいのも自分及びせめて身近な人を危険から守りたいのに、そのために身近な人を危険に晒すなんて本末転倒もいいところだ。
 秋生がそんなことを考えていると、屋上の扉がガチャリと音を立てた。視線を向けると、扉の向こうから芸能人が顔を覗かせている所だった。

「あ、いたいた。秋生くんと桜生ちゃんと……飛縁魔まで。老後の隠居生活を満喫してるみたいで何よりだよ」
「年食ってるのは確かだけどねぇ。あんたに言われると何だか癪だよ」
「それは何より。実際問題まだ若いんだから、世話焼き引退後の人生を謳歌してよね」

 嫌そうに呟く言葉に侑がそう返すと、飛縁魔は何とも言えない表情を浮かべていた。
 いつか、八都か誰かから飛縁魔や良狐の年齢が人間で言うところの二十歳そこそこだと聞いた…と、桜生が話していた気がする。桜生とは毎日就寝時にその日お互いにあった色々な話をするため、それがいつ頃のことだったかは覚えていないが。
 しかしそうならば、どうして飛縁魔がわざわざ自分を年寄り扱いするのか不思議な所だ。それこそ見た目なんて、年寄りどころか、その妖怪の持って然るべき程に美しいのに。

「それは無理な相談じゃろうのう。隠居しても小娘の面倒を見るくらいじゃし、世話焼きはひーちゃんの性分じゃ」
「性分か、確かにそうだね。まぁ、それが楽しいならそれでもいいけど…とにかく何事もね……」
「あーあー、煩い子だねぇ。あんたに説教されるなんてごめんだよ。茶々入れに来ただけなら帰んな」

 侑の言葉を遮って、飛縁魔は鬱陶しそうにシッシッと手を振る。侑は顔をしかめるが、それ以上飛縁魔に向かって話し始めることなかった。
 それに多分、侑は飛縁魔に茶々を入れるためにここに来たわけでないだろう。

「侑先輩、恋人候補は見つかったんですか?」
「いや、それが色々あって…」

 桜生の問いに、侑の言葉の歯切れが悪くなる。その眉をひそめた表情から察するに、恋人候補捜索は上手くいかなかったのかもしれない。
 そんな風に思っていると、侑の言葉が続く。

「結果的に琉生の家に行くことになったから、2人を呼びに来たんだ」
「兄さんの家?」
「どうしてまた?」
「それも含めて話すから、新聞部に戻れる?」

 一度桜生を顔を見合わせて首を傾げるが、状況は分からずとも侑の申し出を否定する理由もないので頷いて返す。
 そしてそのまま、侑と共に新聞部に向かうこととなった。



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