Long story


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玖拾参―――表現方法は十人十色

 新学期が始まって1週間が経った。
 夏休み明けに謎のイメチェンをしてくるごく少数の生徒たち、いつの間にか新築になっている体育館、学期始めのテストの結果が1ヶ月後という謎の長期戦……気になることは色々あるが。
 今の秋生がそのどれよりも気になっているのは、いつまで経っても消えない腕に巻き付いている煙のようなものだ。

「えーと…何だっけ?いとうけいた?」
「佐藤久俊(さとうひさとし)だ。お前、いい加減にしろよ」
「いや…だってこれが!これが気になって…」
「さっさとしろ」
「はい今すぐ」

 腕が気になって全く話を聞いていなかったが、厳しく睨まれるとそうもいかない。そして元より華蓮に逆らえない秋生は、その言葉に従う他ない。
 気になる腕を見ないようにして一息吐くと、秋生は目の前にいる男と目を合わせた。
 
「――サトウヒサトシ」

 名前を呼ぶ。
 すると、目の前の男が人形のように感情を無くした。

 この感覚は久々だ。
 朝のホームルームも始まらないうちに霊の気配を感じやってきたこの空き教室で、この男は外を眺めて深い溜め息を吐いていた。
 名前を聞いても答えなかった男に華蓮がバットを振り上げると…そういえばバットが新しくなっていたが、それは今はいい。とにかくバットを振り上げるとその恐怖からか咄嗟に名前を名乗ったが、その後はまた何も答えず。それにまたバットを振り上げそうになったところを秋生が止めて、現在。
 自分にこんな能力があったことを忘れかける程度に、久々だと感じた。最近はカレンの僕ばかりを相手にしていたからか、ごく普通の霊がレアキャラに思えてきそうだ。

「どうしてここにいる?ここで何をしてるんだ?」
「……俺は恋人が欲しい」
「は?恋人?」
「そうだ。恋人が欲しい」
「…何で?」

 そう問うた瞬間、感情のなかった目がパチっと開かれた。奥に見える感情は…怒り、だろうか。少し違うようにも思えるが。
 何にしても。その視線が逸れないことから、まだ完全に秋生の束縛が解けたわけではないことは確かだ。

「何でだぁ?」
「うわっ!」

 ずっと前のめりに出てくるのと同時に、華蓮に腕を引かれる。もちろん転ぶことなく支えられ、前のめりになった霊に触れることもない。
 しかし霊はさらにずいっと前にのめり、秋生の目の前までやってくる。

「俺はなぁ、ずっと恋人が欲しかったんだ!!」
「は…はぁ」

 突然の勢いに、秋生は間抜けな声を出す他ない。
 そしてこれを皮切りに、男の怒濤の語りが始まった。

「俺の住んでいた所は田舎で…中学校までは俺しか生徒がいなかった!俺が最後の生徒で廃校になったが…遅いんだよ!もっと早く廃校にして俺を町中の学校に行かせてくれればよかったんだ!!」
「あっそう……」
「高校は男子校…いや、男女なんてどうでもいいんだ。どうでもいいが、少なくとも俺のいた高校にお前みたいなのはいなかった!とてもじゃないが恋愛なんて出来る環境じゃなかった!」
「へぇ……」
「だから俺は大学を夢見て頑張った。いい大学に行けばきっと素敵な恋人が出来ると思って、死ぬほど頑張った!!」
「そう…」
「それなのに…何が薔薇色のキャンパスライフだ!何が相手なんて選びたい放題だ!誰がそんなデマを流した!?」
「し…知らねぇよ……」

 適当に相づちを打って話を終えてもらおうと思ったが、この段階で思わず言葉が溢れてしまった。
 しかし、そんな秋生の言葉など聞こえていないというように、佐藤の勢いは大詰めを迎える。

「どうして俺には恋人が出来ない!?俺の何がいけないんだ!ルックスか?性格か?一体何が!!」
「さ…さぁ…」
「いいか、俺は恋人が欲しいんだ!!そう思って出会い系サイトに登録し、さぁここからが本番だという時に…まさか風邪を拗らせて死ぬなんて!!」

 そこで一呼吸置き。

「風邪で、死ぬなんてッ!!」

 きっと佐藤にとってそこはとても大事な点だったのだろう。2度目の迫力はかなり凄いものだった。
 そしてその迫力の死因発表で言いたいことは言い切ったらしい。息切れをするはずのない幽霊がはあはあと言いながらどこかやりきったような表情を浮かべていた。

「それで…幽霊の恋人を求めてここに?」

 恋人欲しさに成仏出来ないというなら恋人を作る他ないが、生きた人間を恋人にすることはもう叶わない。だから死んだ人間ーー自分と同じ霊を恋人にするために、霊の多く集まるこの場所に来た。それがここに来た理由としては、一番有り得そうなことだ。
 だが、佐藤は首を振った。

「…いや、ここには人に言われて来た」
「人って…他の幽霊?」

 まるで人が変わったように静かな口調になった佐藤は、秋生の問いに「人間だ」と短く答えた。それはつまり、この幽霊のことが見える生きた人間…という意味だろう。
 秋生が首を傾げると、その佐藤はその時のことを思い出すように天を見上げた。

「あれは…3日程前だったか。俺が今みたいに町中で思いの丈を叫んでいたらやって来たんだ」
「町中で叫んでたのかよ…」
「これが叫ばずにいられるか!!…いやまぁそれはいい。とにかく、ポルターガイストに困った近くの住人に雇われて来たとかでな」

 それはつまり、霊媒師的な人物なのだろうか。そう考えて、前に桜生から李月がそれらしき仕事で金を荒稼ぎしていると聞いたことを思い出す。しかしもしも李月ならば、ここに来るように仕向けはしないはずだ。
 それに、今それが誰であるかはそれほど重要なことではない。問題は、佐藤がその誰かからなんと言われてここに来たかということだ。

「それで…どうしたんだ?」
「俺は無視しようと思ったんだが…口の上手い男でな。いつの間にかつい事情を話してて……話を聞いた男に、ここに来ればきっと解決すると言われた」
「ここに来れば恋人が出来るって?」
「いいや。会うべくして会う…と、それだけだ」

 会うべくして会う。
 なんとも曖昧な表現だな、と秋生は思った。

「確かにそう言ったのか?」

 今度は華蓮が前に出た。
 秋生を軽く押し退け、佐藤に詰め寄る。その口から出た曖昧な言葉に、何か引っ掛かるものがあるようだった。

「…ああ、そう言われた」
「どんや奴だった?」
「んなこと覚えてない…ことはないが、教えてやる義理はない」
「……秋生」

 視線を向けられ、秋生は再び佐藤の前に立つ。
 拒んでもどうせ言わざるを得ないと分かっていないことはないだろうに。どうしてそう抵抗したがるのか謎だ。幽霊には無駄にする時間もないから、どうでもいいとでもいうのか。

「どんな奴だったんだ?」

 視線を合わせて問うと、佐藤の目が再び虚ろになった。

「……まぁ、普通の男だった」
「普通って…背格好とか年齢とかあるだろ」
「年齢は分かり難かったな…若く見えるが、それなりに年も重ねていそうでもあった」
「参考にならなすぎ。他に何かないのか」
「俺と違って確実に恋人には困らなそうだったがな」

 ここだけやけに口調が強くなった。
 思い出して何故か苛立っているようだが、ここまではほぼ何の情報もないに等しい。何の手がかりもないまま、このまま終わるわけにもいかない。

「じゃあ、顔の特徴とかは?芸能人に似てるとか…そういうの」
「芸能人?…ああ、そう。そうだ。誰かに似てると思ったんだ」
「誰に?」
「…あのー…あれだ、あれ。あの、あれだよ」
「いやどれだよ」
「あー、ほら…あれ。金髪の以外はテレビにあんま出ない、有名なバンドグループがあったろ。若いやつらの」

 金髪以外はテレビにあまり出ない、有名で若い奴らのバンドグループ。
 そんなの、秋生にはひとつしか思い当たることはない。

「…………もしかして、shoehorn?」
「お、それだそれ!」
「それの……?」
「それのギターの奴に似てたな。真剣に見たことねぇから、何となくだけど」

 真剣に見たことがないのに、それでも似ていると思ったということは…本当に似ているということではないだろうか。
 秋生は思わず華蓮へと視線を向ける。驚愕した表現の秋生とは違い、華蓮は少し驚いたという程度の目付きだった。

「華蓮先輩…双子なんです?」
「馬鹿か貴様は」

 鋭い目付きで睨まれ、吐き捨てられる。
 久々に向けられる視線とこの台詞にトキメキを覚えた…なんて口にしたら絶対に変態扱いをされてしまうので言わない。言わなくても思った時点で変態なのかもしれないが、それはそれだ。
 秋生は頭を切り替えるべく佐藤の方に視線をやってから、再び華蓮へと向いた。
 
「でも、じゃあ……他人の空似でしょうか?」

 秋生のかけた言葉に、華蓮は「いや」と小さく呟く。
 そして、言葉は続く。

「……父さんだ」

 それはかもしれないという雰囲気ではなく、そう確信しているという様子だった。
 華蓮の父。その名が…鬼神蓮、だということは知っている。
 しかし、その華蓮の父は。

「でも…先輩のお父さんって……」

 カレンに取り込まれたはずだ。
 華蓮がいるはずの場所にいたカレンを、あの悪霊が幸せそうに両親に囲まれていた所を…華蓮は見ている。
 その場にいたのは華蓮だけではなかったし、それが見間違いであったはずはない。ならば、一体どういうことなのだろう。

「悪霊に取り込まれたからといって、ずっと家に籠っているわけでもないだろう。これまで通り普通に生活し…仕事をしているなら、雇われたと言ったことも頷ける」
「先輩のお父さんって、元々そういう仕事をしてたんですか?李月さんみたいな?」
「李月みたいにそれだけをやってるわけじゃなかったけどな」
「じゃあ…他の仕事が忙しくてここを勧めたとか?卒業生だし、霊が多いことは知ってますしね」

 悪霊に取り憑かれたからといって、記憶が消えるわけでない。
 記憶を一時的に心の奥底に封印したり、別の記憶を植え付け思い込ませたりすることができても、元の記憶を消すのはかなり難しいはずだ。神の力を得ても、そう簡単にいく話ではない。
 だからもし秋生の言葉通りだったとしても不思議ではないが、華蓮は納得しかねるという表情…目付きだった。

「どうだろうな。そう単純な話でもなさそうだが…」
「つまり…どういうことですか?」

 ちらりと、華蓮の視線がこちらを向く。
 しかし、秋生の問いには答えてくれなかった。

「今はその話はいい。面倒な話は、面倒なこいつをどうにかしてからだ」
「誰が面倒だとこのまっくろくろすけ」
「真っ二つにしてやれば問題は即解決だな」
「わー!ダメですダメです!」

 バットを振り上げようとする手を止め、2人の間に入る。
 きっと言葉通り真っ二つにすることはない。それはいつも秋生が止めるから気を遣ってというとこではなく、秋生と出会う前の華蓮であったとしても…どんな生意気な相手だろうと、無下に消し去るようなことはしていなかったのだろうと今では分かる。
 だが、追い出すために腕の1本2本は吹き飛ばしていただろう。幽霊の腕を吹き飛ばしたところで、痛みがあるわけでも生活に支障があるわけでもない。ただ純粋に、魂を削られる恐怖を与えるだけだ。腕の1、2本分削られた魂はすぐに戻るだろうし、結果的にはやはり何の影響もない。
 それでも霊たちは、一瞬でも確かに感じた魂が消し飛んでしまう感覚に恐怖を抱き、一目散に立ち去って行ったに違いない。もしそれで駄目なら、両足も追加すればまず間違いないだろう。
 ぶっちゃけた話、それで問題があるのかと言われればないのだろうが…。何となく良心が傷む。少なくとも、秋生は。

「強行手段に出なくても、恋人を探せば出ていくでしょうし……」
「お前、簡単に言うけどな。生きた人間よりも死んだ人間の方が圧倒的に少ないことを分かってるのか?おまけに人生で一度の恋愛経験もない奴に、早々恋人が出来ると?」

 言われてみれば、確かに。
 頭の中で即座に計算することは出来ないが、計算なんかしなくてもすぐに分かる。
 幽霊の状態で1から恋人を見つけることは、きっとかなり難しい。というより、無理ゲーと言われても仕方がないような気もしてきた。

「その辺は問題ない」

 正論をぶつけられ気持ちが揺らぎかけていると、横から佐藤が口を挟んだ。
 華蓮が顔をしかめ「何を根拠に…」と、低い声で呟く。それは問いではなく吐き捨てられた言葉だったが、佐藤はそれに反応した。

「経験はないが知識はある。相手さえ見つかれば、恋文の一通でイチコロだ」

 何だろう。
 とても頼もしい発言のはずなのに、不安しかない。恋文という、聞き慣れない表現のせいか。いや、表現の仕方なんて大した話じゃない…はずだ。
 しかし、不安を感じたのは秋生だけではなく華蓮も同じようで。眉間の皺が凄い。

「………例えば、どんな?」

 恐る恐る聞いてみる。
 すると、佐藤はこほんとわざとらしい咳払いをしてから、自信満々な表情で口を開いた。

「まだ見ぬ麗しの君。その美しい瞳に…」
「よしストップ」

 開始5秒を待たず。

「何だ?」
「いや…何だって……いやいや」

 どこでそんな知識を手に入れ、どうしてそれが正しいと思ったのか。そう聞くべきなのだろうが、聞きたくもなかった。
 そんなことよりも、この完全に無理ゲーに向いている矛先をどうにかしなければいけない。出来るのかは分からないが。

「俺は手を貸さないからな」
「………はい」

 思いの外厳しい状況を前に、華蓮は早々に関与をやめることにしたようだ。
 今までも色々と難しいことをこなして来たが、今回は難易度鬼畜レベル。花子さんと鬼ごっこをしたり、失くし物を探したり、生き霊を相手にしたりするのとは訳が違う。
 素直に追い出すか――あるいは諦めさせて無理矢理成仏でも方が安泰だということは、秋生にもよく分かる。

「今ならまだ腕を吹っ飛ばしてやるが」
「………いいえ、大丈夫です」

 一瞬だけ、いっそ無理ゲーならこのままやめてしまおうかという考えが頭を過る。「はい」という返事が、喉元ギリギリまで登ってきたが。
 秋生の良心は、まだどうにか健在しているようだった。


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