Long story


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玖拾弐―――悪いこと程続くと言うが


 誰もが呪いの曲だと称する名曲がどこかから聞こえてくるような気がした。しばらくその曲を耳してサビに差し掛かったところで、それが自分のスマホのアラームだということに気がついた。

「ん〜…」

 手探りでスマホを探し、いつもより2時間も早い起床時間を確認する。その間も流れ続ける曲を、きっちり1番のサビを聞き終わってからアラームを止めた。華蓮に何度止めろと言われようとも、このアラームだけは絶対に変える気はない。
 秋生は目を擦りながらスマホで時間を確認し、待受画面に設置してあるアプリのメモに「先輩、起こす」と書いてるのを目にしてから寝返りを打った。

「先輩…華蓮先輩。起きてください」
「……勝手に起きろ」

 きっと、あのアラームで少しばかり夢から覚めたのだろう。
 華蓮はそう言うと、秋生から距離をとるように壁に体を寄せてから背を向けた。

「夏休み最後のライブですよ。夏フェスですよ。近場のホテルに泊まらないなら遅刻厳禁だよって、侑先輩が言ってたじゃないですか」
「………興味ない」
「えぇ…そんな適当な。ちゃんと行かないとダメですって…怒られますよ」
「………興味ない」

 これだけ普通に会話をしているのだから、もう起きているも同然ではないのか。そう思う秋生だが、このまま放っておくとまたすぐに眠りについてしまえばあと1時間…最悪の場合は起きないことを知っている。
 そして、侑から聞いている集合時間には1時間の寝過ごしでも遅刻ギリギリか…いや、アウトの方が可能性は高い。
 つまりここで引くわけにはいかない。
 何と言っても、本日のshoehornの夏フェスは自分たちも見に行くのだから。

「華蓮先輩、起きないとめいちゃんダイブしちゃいますよ」
「………」

 ここへ来て完全無視だ。
 何だそれはくらい言われると思っていたが、本格的に相手をする気がなくなったらしい。しかし、やはりここで引くわけにはいかない。
 春人がまだ実家に住んでいた頃に起きない弟たちにやっていという、必殺技めいちゃんダイブ。その名の通り某めいちゃんが父親を起こすべくその体にのし掛かるという――多くの人が何となく思い浮かべることが出来るあれだ。

「せんぱーい。いきますよー。いいんですかー?」
「………」

 これは無言の肯定と取っていいだろう。
 秋生は勝手にそう判断した。

「せーのっ」
「っ!」

 ばふっという音と共に、華蓮の息が詰まるような声…なのか呻きなのかが聞こえた。のし掛かった場所が脇腹辺りだったのは失敗したかと思ったが、それ以降の反応がない。
 秋生はのし掛かった場所から見えない横顔を覗き込むべく、体を動かす。

「華蓮先ぱ――うわぁっ!?」

 ぐるっと視界がひっくり返る。
 一瞬で、立場が逆転した。

「……秋生」

 低い声で名を呼ばれる。
 ああ、これは不味いな…と、頭の中で呟いた。苦笑いしか出てこない。
 この顔は…そうだ。数週間前、睡蓮に怒濤の説教をかましていた時の表情に似ている。似ているがそこまでではないと思うのは、そうであって欲しいという願いからか。

「…お…おはようございます」
「ああ、おはよう」

 これは本当に不味いぞ。
 秋生は再度頭の中で呟き、そして何と言葉を切り出そうかと考える。しかし、この危機を回避する言い訳を思い付く前に、先に華蓮が口を開いてしまう。

「この目覚め方で起きた俺がいの一番にすることは何だと思う?」
「えっと…おはようのきす?とか?」

 何ともこっ恥ずかしい台詞を言ったと自分でも思ったが、その恥ずかしさに赤面するよりも危機感の方が勝っていた。
 目で殺しにかかっている。このまま見ていたら、視線で射殺される。
 
「それも踏まえて、お前を徹底的に黙らせる」
「そ、それはどう…っ――!」

 吐き出しかけた言葉が止まる。
 いつだったか、睡蓮が言っていたことを思い出した。華蓮の寝起きの悪さは地球を破壊させるほどだ――と、それは大袈裟かもしれないが。似たようなことを言っていたことを。
 思い出すには遅すぎたと後悔したところで…やはりもう遅い。


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