Long story


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玖拾―――真実の中に潜む偽り


「ほんっっとに役に立たないお兄ちゃんずだね!」

 侑が腰に手を当てて如何にも怒っていますという表情をしている前で、お兄ちゃず――華蓮、李月、深月はどことなく視線を反らしながら「悪かった」と声を揃えた。
 ゲームを買ったついでにバットを見に行って、それを選ぶのに夢中で侑のメールに気がつかなかった…と正直に答えたという点だけは、唯一評価されるべき所だろう。
 世月は侑に睨み付けられる情けない3人の高校生を目にしつつ、もしも自分が生きていたら侑の立場にいるのは自分だろうか――と考えた。そしてすぐに、自分なら双月を危険な目に遭わせはしないと考え直した。

「侑、もういいって。こうして無事だったわけだし…」
「本人は傷物にされる気満々でしたけどね〜」
「春人ばかっ…」
「何て!?」

 侑の怒りの視線の先が双月に向く。
 既にまっさらな状態ではないので傷物にされるという言い方は間違いがあるかもしれないが。ただ、それでも自らが良しとするか否かでは大きく変わる――つまりはそういうことだろう。

「売り言葉に買い言葉で…」
「本当に節操がないな!」

 被害者である双月にまでそうキツく当たる侑の気持ちが、世月にはよく分かった。例えかつては節操なくだらしない生活をしていたとはいえ、今はその当時とは状況が違う。もっと自分のことを大切に思って欲しいものだ。
 その当時――世月として生きることに重荷を感じて、双月でいる時に無茶苦茶な生活をしていた頃のことを、世月はふと思い出した。あの頃の双月は、何に対しても…自分に対しても投げやりだった。

「……そんな重荷を背負う必要なんて、これっぽっちもなかったのに」

 そう小さく呟いても、誰の耳にも入らない。消え入るように小さく呟かなくても、きっと…届かない。
 世月の声は。本当に伝えたいことは…。それを、届けていいのだろうか…と、葛藤が胸の中で行ったり来たりしている。

「まぁでも、多少なりとも収穫はあった」
「収穫?」
「少しだけ、あの悪霊の心に入り込んだ」
「ば―――バカ!!何やってんの!?」

 双月の言葉に返す侑は、噛みつかんばかりの勢いだった。
 無理もない。悪霊の――それも、そこいらにいる雑魚とは比べ物にならない程の霊の心の内を除くなんて。

「…だってあいつらの思い通りになるのも癪だったし」
「だからってあんなおぞましいものの心に入り込むなんて…もー!癇癪が止まんないよ!やっぱり仕事なんか行くんじゃなかった!!」

 本人の言葉通り、ヒステリーとはまた違う様子で声を荒げる侑の気持ちは収まりどころが見つからないようだ。
 長い金髪が揺れる頭を掻き乱しながら、ゴツンッと机に額を打ち付けた。

「………ごめんね。元はといえば僕が言っとかなかったせいなのに」

 机に突っ伏した侑は、次に頭を上げると込み上げた気持ちが荒ぶりとは別の方向に向かい始めたらしい。双月へ謝罪を述べると、お兄ちゃんずにも「ごめんなさい」と言葉を繋げた。
 これだけ感情の起伏が激しいのは、それだけ双月のことが心配で…そして何よりも双月を一人にしてしまったことへ責任を感じているのだろう。

「違うよ」
「違わないよ。せめてメールじゃなくて電話にしとけばよかったのに」

 双月の否定を更に強く否定した侑は、そう言ってまた突っ伏した。机から「お兄ちゃんずに責任転嫁してる場合じゃない」と小さく呟くのが聞こえる。
 それに対して双月は「違うよ」と懲りずに口にしてから、突っ伏した侑の頭に手を置いた。

「あの場に侑がいたとしても、あの手この手で体育館から引き離してたはずだ。お兄ちゃんずに電話が繋がってても、帰って来るまでの時間を考えればどのみち結果は同じだった」

 ちらりと視線が上がると、双月はよしよしと言いながら侑の頭を撫でる。
 世月がまだ生きていた頃、夜眠れないことがあるとそうやって一緒に寝てくれたことを思い出した。

「だからもうこの話はおしまい。異論は認めません」
「……はい」

 侑が頷くと、双月はその頭から手を離した。
 きっと侑は完全に納得はしていない。それはお兄ちゃんずも同じで、心の中では自分達が…という思いを拭いきれないだろう。
 しかし当事者の双月がもう終わりだと完結してしまった今、これ以上何を言っても無駄だ。反省を踏まえて今後の教訓にするしかない。それくらい、誰が言わずとも分かっているだろう。

「どうしたの?」
「…どうして?」

 話が一区切りしたところで、隣にいた春人がどこか訝しげな――というよりも、心配そうなと言った方が正しいような視線を向けてきた。
 ずっと話を聞いていただけの世月がどうして心配されるのか理解できず、問いかけに対して思わず問いかけ直す。すると春人は「こっちが聞いてるんだけど」と顔をしかめてから、更に続けた。

「世月さんが双月先輩のことで何も口挟まないなんて…どうしたの?ってこと」

 結果的に同じ質問だが、今度はその意味を理解した。
 確かにいつもの世月ならば、侑にもお兄ちゃんずにも双月自身にも、春人を介して口うるさく言っていたに違いない。
 しかし、この度は完全に傍観者状態だった。そしてその理由は明白で、双月を前にするとどうしても他の問題が邪魔をして、口を挟むほど気持ちに余裕がなかった――とは言えない。

「……私もその場にはいなかったんだもの。出る幕じゃないわ」
「……ふうん」

 世月の言葉に対して春人の口から放たれたその短い返事は、絶対に納得しているものではなかった。もしももう一度何か聞かれたら、いっそ相談してみようかとも思ったが…春人はそれ以上何も聞いてはこなかった。
 やはり自分で決めるべきことなのか。それとも、それを決めるのは自分ではないのか。
 世月の中で定まらない気持ちがゆらゆらと揺れて、どうすればいいのかまるで見えてこない。こんなことは初めてで、自分がどうなるわけでもないのに…どうしようもなく不安な気持ちになった。


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