Long story


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捌拾玖―――心の中に潜む偽り

 春人が隠れ場所に選んだ場所は、体育館の外にある人気のない場所だった。ここからならば出入りする人間も見え、体育館の壁の足元にある小窓から中も見え、それでいて陰になっているため周りからは見つかりにくいという、まるで隠れるために存在しているのではないかと言いたくなるほどに完璧な場所だった。

「この場所を物の5分で見つけ出した俺ってば天才だね」

 自分を自画自賛しながら体育館の中を覗いていると、空っぽだった体育館に侑と双月が顔を出すのが目に入った。
 いつもは長い髪をそのままに制服を着崩している侑だが、今日はポニーテールで制服も本来の着こなしをされている。違和感こそ感じるが、いい男というのはどんな格好をしても似合うものだと思わずにはいられない。

「双月先輩…まんま双月先輩じゃないですか……」

 普段の世月らしい格好をしていると多少は世月に近くも見えるが、オレンジ色のドレスが良く似合っているのはどう見ても双月だ。
 いつもならより世月に近付けようと黒か白辺りを選んでくるはずだが、今日はどういう心境の変化だろうかと不思議に思う。

「世月さん、どう思う?」

 返事はない。
 春人は辺りを見回すが、世月の姿は見当たらなかった。
 あのまま双月に付いていくと言っていたのに、双月の側にいる様子はない。それなのに春人の所にも顔を出さず…一体、どこで何をしているのか。

「まぁ…別にいいけど」

 独り言が増える。
 話し相手が誰もいないと分かっていても、つい声が口を吐いてしまう。
 パパラッチに集中してしまえばそれもなくなるのだが、特に何かを撮るでもなくただ見守るだけとなると集中力もなぁなぁだ。



「春人、なにしてるの?」
「んー?ちょっと観察し…えっ!?」

 完全に死角だと思い込んでいた場所だったために、当たり前のように話しかけられて完全に反応が遅くなった。
 突然の問いかけに驚きつつ勢い良く振り返り、そこにいた人物を目にしてまたしても驚くことになった。

「み…湊人!?」
「春人!」

 指差し名を呼ぶと、視線の先の人物ーー今日も西洋の少女のような服を可愛くに着こなしている弟の湊人は、同じように指を指して名前を呼び返してきた。
 その仕草がなんとも可愛らしく抱き締めたくなってしまうが、弟の可愛さに翻弄されている場合ではない。

「…ここ、頭がびーってなるね」
「え?びー?…いやいや、こんなところで何してるの!?」

 脈略のないことを言うのは幼い子供にはありがちだ。それにいちいち律儀に対応していては話が進まない。
 逃げ出さないように肩を掴みつつ問うと、湊人は校門の方を指差した。

「買い物に行くところだったんだよ。今日はお兄ちゃんが帰ってくるから、庶民的な味のものを用意してやりましょうって…お母さんが」

 そういう時は普通、豪華なものを用意して待っておくものではないのか。相変わらず性格の悪い母親だ。
 前に春人があまり麒麟の力を受け継がなかったのは性格のせいだと皆は言っていたが、その理論ならそもそも母は麒麟から加護など貰えていないはずだ。
 母親ながら…いや流石母親と言うべきか。その性格の悪さは、春人を遥かに上回っている。そして、更に上をいく人物まで自宅に揃うとは…絶対に帰りたくない。

「……また帰ってくるんだ」

 帰ってくるお兄ちゃんといえば、三男に全てを押し付けて早々に家出をした長男か次男しかいないが。次男はしばらく前から既に帰省しているので、残すは長男しかいない。
 今朝、テレビ画面を介して対面したばりのあの兄だが―――こちらは史上最強の性格の悪さと意地の悪さに加えて、ずる賢さまで加わって、極めつけは麒麟の力と…とにかくもう酷い。本当に。きっと今の地位になるために底知れない数の人間を地に這いつくばらせて……いや、今こんな話はどうでもいい。

「春人、帰ってくるの嫌なの?」
「ううん。嬉しいよ」

 その言葉は嘘ではない。
 その他大勢に大しては最低最悪でも、家族に大しては申し分ない兄だ。だから、もしも数日くらい滞在するならばまた会いたいとは思う。
 ただ、母とセットの時だけは絶対に嫌だというだけだ。

「本当に?お仕事の道具取られるから嫌だって言ってたのと…同じ顔してるよ」
「…ああ」

 子供は時に主語や述語を省くので分かりにくいが、春人はその言葉だけでそれが次男のことを話しているのだとすぐに分かった。
 年子で他の兄弟たちより格段に一緒にいる時間の長かった次男は、いつも長男の文句ばかり言う。自分だって人のことは言えないくせに。

「この間もなくなってたんだって。こっそり帰ってきて持って行ったんだって…怒ってた」
「……まぁ、でも、俺は本当に嬉しいし、嫌だって言うのもきっと本心じゃないよ」

 湊人の言葉に少しだけ思うところがあった春人は返答に困り、適当にそれっぽいことを返しておいた。
 しかし本当に嫌なら家にはいれないはずだし、本当に嫌われていると思えば長男も顔を出さないはずなので…きっと春人の言葉通りだろう。

「じゃあ春人も一緒に行く?買い物」
「…行きたいけど、ちょっと手が離せないんだよね」

 隙間から、ちらりと体育館の中を覗く。
 オレンジのドレスが目に入り双月の居場所が分かるが、角度が悪く顔まで見えない。隣に赤いドレスが見えることから、別の学校の看板娘と話をしているようだ。

「もしかして…内緒のライブなの?」
「え?」
「あの人、shoehornのライト様でしょ?春人の大好きな」

 背伸びをして小窓から中を除き込んだ湊人が、オレンジ色のドレスを指差した。
 shoehornの知識は春人が教え込んだものだ。だから幼いながらに抜群の発音でそのグループ名を口に出来ることは何ら不思議ではない。

「な…何で…」

 今の双月はshoehornのライト様ではなく、世月の姿だ。
 普通に双月の姿で出歩いている時もライト様とバレることがないのは不思議だが…きっとキチガイパワーなのだろうと春人は思っている…ということも今はどうでもいい。
 どうして何も知らないはずの湊人が、ライト様の正体が双月であると知っているのだ。

「わかるよ。色が同じだもん」
「あ…ああ、それで…」

 そう言われて、春人は納得した。
 きっとこれも麒麟の力なのだと思うが、湊人は人を色で見分けることが出来る。
 春人には分からないのでオーラ的なものだと考えているが…とにかく、全ての人に固有の色があるらしい。
 そして綺麗な色や珍しい色を見つけると、好奇心からその色を探してしまう。だからいつも、人の手をすり抜けてどこかに行ってしまうのだ。

「…この前文化祭に来たときも見えたよ。それで探してたら…皆とはぐれちゃった」
「あ、あの迷子は双月先輩のせい?いや、せいっていうのは違うか…その時から気づいてたの?」
「うん、凄く綺麗なオレンジ」

 オンレジ。
 春人は思わず笑ってしまった。正に、そのままの色だ。

「そっか。さすが双月先輩」
「ふたつきせんぱい?」
「あのオレン…」

 小さい小窓を覗き込み双月を教えようと指を指した時、言葉が止まった。
 この会場の中で最も美しい双月よりも、その視線を釘付けにするもの。
 あれは、桜生だ。いや、桜生ではない。

「……怖い。凄い色」
「見ちゃダメ」

 湊人の目を覆う。
 もしかしたら別人かも…本当に桜生かもしれないと思ったが、湊人の言葉で確信した。
 やはりあれは桜生ではない。
 鬼神カレン。
 一度春人の命を狙ってきた、その人物に間違いない。

「春人?」
「れ、連絡しないと……」

 状況がかなり悪いということは、中に侑がいないことからも明らかだ。
 双月が冷静にラスボスと話している辺り、侑に何かあったということは考え難いが…仕事にでも行ってしまったのだろうか。その可能性は高い。

「ああもう、都合良く圏外…」

 中の様子を確認しながら連絡を取ろうとスマホを開いたが、スマホは電波は最悪のマークを示していた。
 本当に都合が良いが、偶然だとは思っていない。最近の悪霊というのは電波を妨害することも出来るなんて。人類が進化すると、同じように死人も進化していくのか。

 バチンッ!!

 圏外マークを前に項垂れていると、凄まじい音と共に体育館の中が一瞬で暗くなった。
 すぐさま、小窓の隙間から空気が流れ出てくるのが感じられる。

「離れて」
「え、わっ」

 湊人の腕を引き距離を取る。
 中で何が起こっているのか分からないが、よくないことだということは考えなくても分かる。

「湊人、お母さんの所に戻って。もう綺麗なオレンジを見つけても探しちゃダメだよ」
「え」
「じゃあね」

 春人は早口で湊人に話し、そして立ち上がった。
 もしかしたら遠くまで離れればもしかしたら電波が届くのかもしれないが、仮に届いたとしてもすぐに助けが来るとは限らない。
 自分でどうにかするしかない。

「春人っ」
「ちゃんとお母さんのところに戻って!」

 湊人に再度そう呼び掛け、春人は足早に体育館の入り口に立った。
 見張りがいるでもなく、鍵が閉まっているでもなく、まるで体育館の扉は何事も起こっていないかのようにいとも簡単に開かれる。

「っ…双月先輩!!」

 扉を開けた瞬間に白みがかった空気が大量に外に漏れだし、春人は自分の腕で口を覆いつつ双月の名前を呼んだ。
 返事はない。
 光が差し込み、体育館内の様子がうっすら見えてくる。


「残念ながら、貴校のプリンセスはもうここにはいないよ」

 桜生の声だった。
 


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