Long story


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捌拾漆―――二度目の挑戦

 別に言い訳をするつもりじゃない。
 ただ、一応言わせてもらおう。
 決して…決して、忘れていたわけではないと。

「いや、絶対忘れてただろ」
「……色々と忙しかったんだよ」

 自分でも酷い言い訳だということは言っていて分かった。
 だが、他に何とも言いようがなかった。
 ……いっそ、すっかり忘れていた白状した方がいいだろうか。と、一瞬心の中で考える。
 いやしかし。思い出して夏休みの合間にわざわざこうしてやって来たのだから、やはり完全に忘れ去っていたわけではないと主張したいところだ。

「はい嘘。絶対嘘。どうせ……は?ライブ?靴べらが…は?…ゲーム三昧ってどこの……いや、何やってるんだよお前…そんなことじゃなくてもっと他に……」
「おい、誰と喋ってんだよ」

 この場所で華蓮を心身ともに打ちのめし散々虚仮にした男は、突然こちらに悪態を吐くのをやめて首を傾げて独り言を量産し始めた。というよりも、華蓮が言葉にした通り、目に見えない誰かと喋っているという様子だ。
 客観的にみてあまりに不気味なその光景に口を出すと、男は「ちょっと黙ってろ」と華蓮ではなく別の何か(或いは誰か)に向かって言ってから再びこちらを向いた。

「……今のは聞かなかったことにしろ」
「無理だ」
「でしょうね」

 華蓮の即答に男は致し方ないという表情を浮かべ「お前は二度と喋るな」と、またどこかに向かって呟いた。
 目の前の男から発せられている邪気のせいで他の気配を感じとることは出来ないが、やはり他に何かが隠れているのだろうか。

「ねぇ、お前はコントをするためにここにいるの?」

 ふっと、男の隣に子供が顔を出した。
 男とは違いハッキリと見えるその表情は言葉のトーンをそのまま表しており、かなり呆れている様子だ。

「ああ…また余計なのが……」

 男が頭を抱えた。
 相変わらずどこか煙がかって顔は見えないが、その声色から子供の登場をよく思っていないらしいことが予想出来る。

「……お前等は…別々のものだったのか」

 そう口にしながら、初めて知ったはずのその事実にあまり驚きのない自分にどこか違和感を抱いた。
 まるで、以前からその事実を知っていたような…変な感覚だった。

「そうだよ。僕はこの男を具現化するのに力を貸しているだけの存在。そして具現化したこの男がその力を発揮するために、もう1人別の存在が力を貸している」
「もう1人……」

 まただ。
 初めて聞く事実なのに、驚きを感じない。

「お前はどうしてそう余計なことしか言わねぇかな」
「どうもこうも、本来知っているべき事実でしょ?何の問題もないよ」

 本来知っているべき事実。
 その言葉を耳にして何かが頭に引っ掛かるような感じがしたが、それが何かは分からない。
 しかし、分かったこともある。
 子供の言葉から察するに、男が先程から話していたのは力を貸しているもう1人に違いない。そしてその誰かは、華蓮が無類のゲーム好きであることだけでなくshoehornのメンバーであることまでもを知っている。

「…お前たちは、一体何なんだ?」

 デジャヴのようなものを感じた。
 前に…滅多打ちにされた時にも、同じことを聞いただろうか。
 よく覚えていない。

「その答えが欲しいか?」

 男がこちらに向かって手招きをした。
 掛かってこいという合図だ。見えない顔が、ニヤリと笑っていたように見えた。

「それならまず、宿題の答えを聞かせてもらおうか」

 男が消える。
 その隣にいた子供が「唐突だなぁ」と呟くのを小耳に挟みながら、華蓮は手にしたバットを思い切り後ろに向かって振りかぶった。

「悪くない反応だな」

 バシンと、バットが皮膚にぶち当たる音が響き渡る。普通なら飛び上がるほどの痛みだろうが、男は全くそんな様子もなく受け止めたバットをそのまま握りしめ華蓮に向かって蹴りを打ち込んできた。

「っ…」

 バットから手を離し、男の蹴りをギリギリのところで躱す。
 ジャージを霞めた爪先から、どす黒い邪気のようなものが尾を引いた。見るからに体に悪そうだ。

「なるほど。この前は怒りに沸騰してただけかと思ったが…その速さは本物か」

 男は華蓮を分析するように、腕を組んで呟いた。
 しかし華蓮はそんな男の言葉などにいちいち反応する気はなく、既に手にしたバットを見えない顔面に向かって投げつけていた。

「うおっ…危ね―――っと!」

 体を反らしてバットを避けたのと同時に、既に手に戻っているバットを背中に向かって叩き込む。
 しかし、男はまるでサーカスのパフォーマーの如く反らした体をそのまま綺麗に翻し、ものの見事に躱されてしまった。

「そっちが武器を駆使するなら、こっちもそうさせてもらうかな」

 男の手に邪気が纏う。いや、棒状になった邪気を握っているといった方がより正確だろう。それも両手に、見たところ李月の持っている刀と同じくらいの長さのようだ。
 煙のように揺れていた邪気が、すっと真っ直ぐに固まっているのは始めて見た。

「そっちが1本ならこっちは2本だ」

 この男の強さが生半可でないことは明らかだ。それは、前回の頭に血が上って冷静さを欠いていたことを除いても変わらない。何せ、頭に血が上る以前の状態で既に滅多打ち状態だったのだ。
 しかし、多い方が強いという考え方は小学生のそれにしか思えず…そんな思考の相手に一方的にやられたかと思うと、とても付に落ちない気分になった。

「…うるせぇな、喋るなって言っ……ああ?誰が小学生レベルだと?お前、今度会ったら最上級の呪詛お見舞いしてやるから覚悟しとけ」

 男が手にしていた邪気を廊下に向かって突き刺すと、廊下にボコッと穴が開いた。
 刀でもないバットでもない邪気の武器がどれほどの威力を発揮するのかは未知数だが、今のを見る限りまともに食らわないに越したことはなさそうだ。

「今のうちに脳天かち割っちゃってもいいんだよ」
「お前は…あいつの味方……という訳じゃないんだったな」

 問いかけるはずだったが、何故か問う前にその答えが頭の中を過った。
 それは予測とかそういうものではなく、先程この子供が言っていたように…既に知っていた事実を思い出すという感じだ。だから、口を吐いて出た言葉が過去形になったのだ。

「ご名答。だから、一度見てみたいんだよね」
「…何をだ?」
「あの男が力で捩じ伏せられるのを」

 子供がにこりと笑う。

「それはつまり…今まであの男を捩じ伏せた奴がいないってことか?」
「力では、だけどね」

 その意味深な言い回しにどんな意味があるのかは分からないが。少なくとも今重要なのは「力では」の方だ。
 多い方が強いなんて小学生的だ…と、馬鹿にしている場合ではないということか。

「それなら、不意を打ってなんぼだな」

 華蓮は再び地面を蹴る。
 一瞬とも言っていい速さで未だ得体の知れない何かと話している男の背後を取り、そして子供の言葉通りに脳天めがけて振り下ろした。

「甘いな」
「ッ!」

 振り下ろしたバットを邪気に受け止められ、手に痺れるような痛みが走った。まるで、鉄よりも固い何かを思い切り殴り付けたような、そんな痛みだ。
 本来は実体を持たないものが、一体どうしてこんな風になっているのかは見当も付かないが、そんなことに気を取られている場合ではない。

「下ががら空きだぞ」

 男はそう言いながら、素早い動きで足を踏み込んでバットを受け止めたのとは逆の腕を華蓮の腹部に向けて打ち込んできた。
 片方で防御をしてももう片方がある。当たり前の考えであり、だからこそ先読みされやすい攻撃方法だ。
 しかし、それでも普通はすぐに対処するとこは難しい。なにせ、肝心の自分の武器は今攻撃に回したばかりで男によって止められている最中だ。だからこそ、この男はこれが単純かつ読まれやすい方法だと分かっていて尚も起用したのだろうが。

「ご指摘どうも」

 一瞬でバットを反対側の手に呼び、男の邪気を受け止める。またしてもビリビリと痺れるが、2度目ともなればそれに怯むことはない。
 そして今しがたバットがなくなった場所は、一本の棒があるだけで隙だらけだ。華蓮は最初から、そこしか見ていない。棒の合間を縫って再び呼び寄せたバットを一瞬で突きつけると、今度は何かにぶち当たる感触がした。

「いっ…!」

 ざっと、男が後ずさる。
 腹部のど真ん中を狙ったが、実際には当たったのは脇腹だった。男はあの状況で尚も狙いを逸らすことが出来たということだ。

「危ねぇ危ねぇ。この間のキレてた時よりも速さは上だな。まぁ俺ほどじゃないが」

 その言葉に返せないことがこの上なく腹立たしく感じた。
 この間はまず油断していたということがあった。だから最初の時点で一方的に打ちのめされた。そして次に、我を忘れていたということがあった。だから、相手の動きを読みきれていなかったのだと…そう、思いたかったのだが。
 今の動きで、そうではないということがよく分かった。
 華蓮にはこの男の動きが見切れない。

「……亞希」

 視界が少しだけ暗くなり、そして体から妖気が沸き上がるのを感じる。
 速さで劣っているからといって、潔く敗けを認める気などない。正々堂々となんて、善人のような考えも持ち合わせていない。
 意地でも捩じ伏せる。



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