Long story


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捌拾肆―――繋がり行く

 目の前で起こっていることを理解しようとしだが、どう頑張ってもそれは不可能のように感じられた。
 何度見ても、状況に付いていけない。

「これはこの土地の記憶だよ」
「記憶…?」

 あんぐりと口を開けて呆然としている睡蓮に、廊下に手を着いていた狸が立ち上がりながら話し始めた。
 目の前に迫っている手長に向かい2人の女性が地面を蹴ったのは、狸が口を開くのとほぼ同時だった。

「狸の妖怪が変化の術を使うのは有名だよね」
「…う、うん」

 狸が頭の上に葉っぱを乗せてどろんと変身する様が頭の中に浮かぶ。
 誰に教えられたわけでもないが、多くの人が思い浮かべられる光景だろう。

「これはその応用」
「応用…?」
「ここの地の記憶にある物や人を具現化して動かせる」
「……つまり、あの人たちは昔のここの生徒で…たぬくんが動かしてるってこと?」

 セーラー服を着ていることから、学生なのは確かだ。つまりこの学校のかつての生徒ということになるが。
 どうしてあの2人なのだろうか。

 古くからあるこの土地。
 記憶は腐るほどある。戦国時代の武将…とまではいかずとも兵士や、近代でいえば戦時中の兵士もいる。他にも、沢山の人がいるだろう。
 その数多の記憶の中から、狸はどうして女子生徒2人を選んだのか。その答えは、睡蓮の問いに頷いた狸が続けて話した言葉にあった。

「僕と共有してる記憶なら、具現化した人は本来の人物同様に意思を持たせて自ら動いてもらうことも出来る」

 共有している記憶。
 それはつまり、狸自身にこの土地での記憶があるということだ。
 そして、その記憶から作られた人物…これは言わば、人の記憶をデータにそれを模倣した人工知能のようなものだろうか。

 狸とこの土地。
 そのどちらもにあるこの記憶の人物たちは一体誰なのだろうか。
 1人は真っ黒な長い髪とスラッとしたモデル体型が特徴的だ。紺色のセーラー服に背中から少しだけ見えているスカーフは青色、ソックスはセーラー服と同じく紺色という上から下まで青系で統一されている。もう1人は、茶髪のショートボブのような髪型に白地のセーラー服でスカーフは赤色という比較的普通の様子だが、その身長は高校生にしては低めに思えた。
 そのどちらも、後ろ姿しか見えないのでどんな顔なのかは分からない。


「ところで先輩、予定って何なんです?」
「…放課後ダブルデートよ」

 睡蓮は狸に更に問いかけとをしようとしたが、女子生徒の言葉が耳に入ってついそちらに視線を向けてしまった。
 手長がその長い手を駆使して2人に攻撃を仕掛けているが、どちらもその攻撃など見向きもせず蹴り返したり叩き返したりして会話を続けている。

「あらま。部活命のナツトリコンビがよくそんなの了承しましたね」
「女2人で捩じ伏せてやった」
「おお…地獄絵図が目に浮かぶようです」

 こんな状況で当たり前のようにJKトークとは、凄いを通り越して感想の言葉が見つからない。
 それに、これほどリアルに会話をしている人物が実際には人ではなく人工知能のようなものというのも…信じがたい。


「1日くらい新聞作らなくったて、死にはしないの」
「確かにそうですけど…休日はいっつもデートしてません?」
「馬鹿ね貴女は」

 その言葉に、睡蓮は思わず長髪の女子生徒の方に視線を向けた。
 相変わらず見えるのは背中だけで、その顔は見えない。

「学生の時しか出来ないことをすることに意味があるの」
「なるほど…それで放課後デートなんですね」
「そう。だからさっさと片付けてデートに行くのよ」
「了承で…うわっ!?」

 突然転びそうになったショートボブの女子生徒を、長髪の生徒が素早く受け止めた。
 ずっと長髪の方ばかりに気を取られていたのでショートボブの方がどうして転びかけたのかは分からない。
 

「どうして貴女はそう何もない所で転ぶの?あんなにいつも気を付けなさいって言ってるのに」
「性分ですかね…それに、転んでも先輩が助けてくれますし」
「ひっ叩かれたいの?」

 バシッ!

「いたっ…もう既に叩いてる!先輩の鬼っ」
「何て?」
「わー!以後気を付けますのでこれ以上はご勘弁を!」


 その光景は、まるで。

 身近な誰かを見ているような感覚だった。



「…たぬくん……この人たちって……」



 視線を向けると、狸は目の前で戯れている2人を懐かしそうに見つめていた。


「………うん、そうだよ」

 その視線が、睡蓮に向く。



「私もちゃんとやれば出来る子なんで見てて下さいよ、睡華(すいは)先輩」
「そうあることを願うばかりよ。何度も言うけど…さっさと片付けるんだからね、柚生(ゆき)ちゃん」


 女子生徒の会話が耳に入った。

 睡蓮の視線は、そのうちの長髪の女子生徒のに釘付けになっている。
 後ろ姿しか分からないが、確信に近いものを感じていた。




「この人が……僕のお母さん?」


 その問いに、狸は小さく頷く。
 すると、ずっと背中しか見えなかった――睡華と呼ばれた女子生徒が、くるりとこちらを振り返った。




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