Long story


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――コネは使うためにある

 大鳥高校で原因不明の病が流行り出したのは、秋生たちが憧れのshoehornのリーダーと初体面をした日から数日経った日のことだった。突然の熱にうなされ、激しい嘔吐と頭痛を伴い、更に酷い者は幻覚を見るという。症状は数日から、長い者で10日間ほど。最初は時季外れのインフルエンザかノロウイルスかと思われたが、どの生徒も病院で検査を受けてどちらにも該当しなかった。次に食中毒が疑われたが、発症時期がまちまちであるし、同じものを食べた痕跡もないため、その可能性はなくなった。
 感染源が分からいために、空気感染するのかどうかも分からない。正に原因不明の流行病。死ぬことすらないものの、発症を恐れて学校を休む者が急増し、それにも関わらず被害は拡大。これまでに発症した生徒は全校生徒の三分の一にもおよび、事態は深刻。しかし、大鳥高校は学校閉鎖もなければ学級閉鎖もない。それどころか、これだけの被害が出ているにも関わらず、ひとたび学校の外を出れば噂話にすらなっていなかった。

「大鳥グループって、どこまで口が利くの?」

 侑が机に頬杖をつきながら、コーヒーカップに入っているスプーンをくるくると回す。それほど回さなくても、砂糖はとっくに溶けているだろう。

「日本国内くらいなら意のままに操れる――っておじい様はおっしゃっていたけど」
「このジジイの戯言だろう」

 華蓮が机に投げ捨てた学校紹介のパンフレットの最初に載っているのが、正にその“ジジイ”こと大鳥重蔵であった。大鳥重蔵は、大鳥グループの社長であり、大鳥高校の理事長でもある。

「おじい様をジジイ呼ばわりする人なんて、私の知る限りあなただけよ」

 世月はそう言いながら、華蓮の投げ捨てたパンフレットに視線を落とす。自分の祖父をジジイと呼ばれているのに、まるで気にしていないようだ。

「でも、あながち間違いじゃないかもね。これだけ被害が出てるのに、ニュースにならないどころか噂の一つも立たないなんて、普通できない」
「少なくとも、この学校周辺は意のままに操っているということか」
「それから、警察に、病院に、マスコミに…結局日本中になってしまいそうね」

 くすりと笑う世月は、どこか楽しげだ。

「ほら、間違いじゃない」

 侑はスプーンを動かす手を止めると、ようやくコーヒーを口にした。そしてその感想を一言「まずいなぁ」と言った瞬間に、机がバンと音を立てた。

「不味いなら飲むな」

 不機嫌を前面に押し出した深月が、痺れを切らした様子で立ち上がる。そして再びバンと机を叩いた。

「何で揃ってさも当たり前のようにいるんだよ!生徒会室とか、応接室とか、ご令嬢専用部屋とかあるだろうが!何でよりによって一番狭いここなんだ!」

 深月がわめきながら、侑、華蓮、世月の順番に指を指していった。しかし、深月の怒りに反して怒りの矛先である3人は全く動揺を見せない。

「生徒会室は駄目だよ。他の役員がいるし」
「女子の部屋に男がぞろぞろ入ってくるなんて非常識よ」
「俺のテリトリーを貴様らに荒らされてたまるか」
「ここにも他の部員がいるし、大体お前男だし、最後に至ってはただの自己中だし!」

 深月はそう喚くが、3人は全く聞く耳を持たない。いら立ち交じりに「ああもう」と頭を掻いてから、再び座りなおした。

「私はその他の部員に会いに来たのよ。何ら問題はないわ」
「僕もその他の部員とのなっちゃんの側近にサイン手渡しに来たわけだから、問題ないね」
「俺は侑に言われて秋生を連れてくる羽目になっただけだ。自分の意志ではない」

 なんとも息がぴったりだ。しかし、息がぴったりであればあるほど、深月の癇癪が酷くなる。

「でも、世月は突然どうしたの。僕にいきなり電話してきたかと思ったら、みっきーの助手となっちゃんの側近に会ったのかなんて聞いてくるし、聞きたいこと答えたら切るし」
「だって、かーくんがあなたと知り合いってことを教えるなんて、よほどのことがあったのかと思って。それなのに、聞いてみたらご褒美とか言うじゃない。そんなことで接触できるなら、今まで気を遣っていたけれど私も堂々と接触することにしたのよ」

 秋生と春人と偶然出くわした時に唐突に去って行ったのは、どうやら侑にその確認を取るためだったらしい。

「意味が分からん」
「でしょうね。分かってもらえなくてもいいわ」

 華蓮を軽くあしらう辺り、世月がただ者でないことが伺える。

「そんなことより、俺はお前が春人と知り合いだったことに驚いた。春人の情報収集力はお前の力添えか」
「春君には私が口止めしておいたの。部長さんには内緒よって。私が情報収集源だと知ったら、あなた嫌がるでしょう」

 だから春人はあの日、世月と知り合いだということも隠そうとしたのか。あの時は不思議に思ったが、ようやく納得がいった。

「当たり前だ。大鳥家の力なんて借りる気は毛頭ない。…まぁ、春人がどこから情報を仕入れようが、俺には関係ないけどな」
「あら、それなら隠さなくてもよかったわね」

 そう言ってふわりと笑うその姿は、何度見ても到底男には見えなかった。

「僕たちの話もいいけど、そろそろそっちの2人を仲間に入れてあげた方がいいんじゃない?」

 そう言って、侑が視線を寄越した。直後、華蓮と深月に世月の視線もプラスされた。秋生と春人は新聞部の部室の隅っこで、ただひたすらと繰り広げられる会話を聞いていた。
 仲間になんて入れてくれなくていい。というか、このアウェイから遠ざかりたい。秋生はそう思っていた。

「侑が2人と知り合いで、私まで2人と知り合いで、驚いたって顔してるわね」

 秋生と春人はただうなずくだけだ。

「この3人とは、私も小学校が一緒なのよ。世界は狭いでしょう」

 またしても、ただ頷く。4人中3人が特別待遇者という個性的すぎる上級生に取り囲まれた緊張から、全く何も言葉は出てこなかった。

「でもね、あなたたちが思っている以上に、もっと世界は狭いものよ」
「え…?」

 やっと出た一斉は、一言ならぬ一文字。秋生と春人は顔を見合せて首を傾げた。

「そこにいる仏頂面のお兄さんを納得させることができたら、もっと狭い世界を覗けるかもしれないわね」
「世月、余計なことを言うな」
「はぁい」

 華蓮から静止され、世月はそれ以上何もいわずただ秋生と春人に不敵な笑みを向けた。これまた美しいこと極まりない。秋生と春人は思わず息を飲んだ。

「お前ら、もっとこう、いつも通りでいいんだぞ」
「無理があるでしょ。何このカオスな状況」
「アウェイにもほどがある。俺、教室に戻っていいかな」
「ダメに決まってるでしょ。置いて行かないで」

 深月の言葉に対して、春人と秋生は小声で会話を交わす。とはいえ、この小さい部室では筒抜けであるが。

「はは。やっぱり面白いなぁ、君たち」
「この子たちを一番緊張させてるのは侑でしょう。そろそろ生徒会室に戻ったら?」

 それは間違いない。しかし、だからといって侑がいなくなればいつも通りになれるかと言われれば微妙だ。春人はまず無理だろうし、秋生も世月のなんとも言えない存在感の前ではいつも通りとはいかないだろう。

「僕はなっちゃんにも用事があってきたんだから、まだ帰れないよ」
「俺に用事?」
「そ、今のうちの高校の話。もしかして幽霊の仕業なんじゃないかって、一部の先生たちが言い始めてるからさ」

 そう言って侑は再びコーヒーを口に含んだ。不味いと言っていたのに、まだ飲むのか。

「それは考えたが、らしきものが見当たらない」
「気配がない幽霊っていうのはいないの?」

 気配のない幽霊。そんな高度なものがいたら、秋生の能力はてんで役に立たない――と考えていた矢先。秋生はふとあることを思い出した。

「あ!」
「どうしたの?何か思い当たることでもあった?」

 突然声を出した秋生に対して、侑が不思議そうに視線を向ける。直視されると緊張してしまうため、秋生は侑から視線をそらした。

「この前…あの、ジュースを買いに言った日」
「…って、私と会った日かしら?」
「そうです。あの後、先輩たちから逃げて教室に戻るときに…声がして」

 そう言えば、後から華蓮に相談しようと思っていたのにすっかり忘れてしまっていた。
華蓮を見ると、秋生に視線こそ向けていないものの、目が明らかに怒りモードだ。ああ、これは怒られると秋生は確信した。

「加奈子かなと思ったんすけど、違うし。他に何の気配も感じなかったから気のせいかと…」

 確かあの声は、「いいなぁ、楽しそうで」と言っていた。はっきりと耳に響く声だったので、よく覚えている――いや、忘れていたのだが。思いだすと、はっきり思い出せた。


「すいません…」

 秋生は少しでも華蓮の怒りを抑えるために先に謝っておいた。しかし、意外なことに次に見た華蓮の表情は怒りとは違い、何かを考え込むような表情になっていた。

「深月、在学生の中に入院している奴がいるか調べられるか。あと、これまでの正確な被害者数と学年、症状が発症した日付も」
「こんな時まで俺に聞かなくてももっといい情報源いるだろ」

 と言って、深月は侑の方に視線を向けた。もっとも、すぐに視線を逸らしたが。

「分かるのか」
「入院している学生は探せるけど、時間かかるよ。被害者数以下は難しいかなぁ。学校側もそう簡単に情報くれないと思う」
「それなら私が引き受けるわ。お母様、私のお願いは何でも聞いてくれるから」

 ふふふ、と笑うその表情がなぜか少し不気味に感じた。

「……これ、俺たち本格的にいらなくない?退散してよくない?」

 春人が視線を寄越すと、秋生は賛同の意を表して何度も頷いた。

「あらだめよ。春君は私と一緒に行くの」
「えっ」
「お母様に頼めば資料室の鍵は簡単に貸してくれるけれど、あの紙の山から今回の件の資料を探すのは骨が折れるわ。ということで、あなたの助手借りていくわね」

 世月は春人に向けていた視線を深月に移動させた。

「どうぞ」
「ありがとう。じゃあ春君、さっそく行きましょう。それとも、ここに残りたい?」

 世月がそう言って首を傾げると、春人は思いきり首を振った。

「いえ全く、喜んで付いて行きます!」
「…お前、俺を置いて行く気か!」

 裏切りだ。さっきは秋生が出ていきたいと漏らしたのを引き止めておいて、いざ自分が出て行ける立場になるとなんの躊躇いもなく出て行こうとするとは。薄情なこと極まりない。

「秋、俺は友情よりも私情を優先する男なのさ」
「知るか!何でちょっと格好つけてんだよ!」
「えへへ、ごめんね☆」

 笑顔で言われても、謝罪の意志が全く伝わってこない。

「大丈夫だよ。紅先輩も頼まれてたから、すぐに探しにいくでしょ」
「……そう言われれば、そうか」

 春人は秋生に耳打ちすると、世月と共に新聞部の部室を後にした。
 これで侑もいなくなれば、ここはいつもと何ら変わりない新聞部となる。春人がいないということに少し違和感があるくらいだ。

「じゃあ、秋生君は僕と一緒に探し物しに行こうか?」
「へ?」
「僕も一人で探すのには骨が折れるんだ。なっちゃんは頼んでも手伝ってくれないし、みっきーは論外でしょう?だから、君に僕の手伝いをしてほしいんだ」
 
 華蓮が言っても手伝わないと言うのはその通りだが、深月が論外というのは納得がいかない。少なくとも、自分よりは役に立つのではないだろうかと秋生は思う。折り合いが悪いと言うか、個人的に敵対しすぎだ。侑の喧嘩腰の発言に深月が反応しないことからも、それが伺える。もし同じことを華蓮に言われていたら絶対に何かしら反論をしていただろう。


「いいよね、なっちゃん?」
「好きにしろ」

 秋生は一度も返事をしていないのだが、侑と深月の関係についてあれこれ考えているうちに勝手に決まってしまった。

「じゃあ、行こう。…それとも、なっちゃんと離れたくない?」
「…い、行きますっ」

 ついこの間まで、遠く憧れの存在だった相手。まだ数回しか話したことのないがないのに、2人きりで探し物など、緊張してまともに出来るとは到底思えない。
先ほど世月が春人に問うた時のように、ここに残りたいかと聞かれたら素直にそう言えたかもしれないが。華蓮と離れたくないかと言う言い方はずるい。行くと言わざるを得ないではないか。

「じゃあ、行こうか」
「戻ってくるのは秋生だけでいいからな」

 深月の言葉を聞いて、既に席を立ち出入り口に向かっていた侑が立ち止まった。
 後に付いていた秋生から見た侑の横顔は、笑顔が消えて、どこか憂いを帯びているように見えた。

「そんなこと言ってると、廃部にしちゃうぞ」

 振り返って深月に向けられたのは、いつもと同じ明るい表情だった。そして、言うと過ぎに向きを変え、部室を出て行った。
 先ほどの横顔は気のせいだったのだろう。秋生は急いで侑の後を追った。


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