Long story
捌拾弐―――酔いと思春期を醒ますには
妖怪たちが散々暴れ尽くしたグラウンドでは、澄みきった空が青く広がっていた。
華蓮と共に目の前の巨大な妖怪(たぶんだいだらぼっちか何かだと思うが定かではない)を蹴散らすのに集中していた李月は、結局深月がどうやって天狗ぬらりひょんを討ったのか見届けることは出来ず。
おまけに、天狗ぬらりひょんが討たれた瞬間に他の妖怪たちが尻尾を巻いて逃げ出すのを…良狐と飛縁魔が根こそぎ炎と水の渦に巻いて吹き飛ばす様を見た時には、苦笑いしかなかった。
地面に転がっていた妖怪たちの残骸もきれいさっぱりなくなり、深月の買ってきた半分溶けたアイスを皆で食べて後の現在。
深月の呼び出した妖怪たちは、そのほとんどが未だ山に帰ることなく騒がしくグラウンドを走り回っている。
「ひすい、これどうする?」
「それはステージの飾りじゃね。付けれる?」
「がしゃに手伝わせるよ」
ひすいの前にやってきたつらら女房がそう言って飛び立つと、それと入れ替わるように鎌鼬が風をまとってやって来た。
「ひすい、これどこに繋げるんだっけ?」
「それはあっちの校舎の横にコンセントがあるけ、そこに繋いで客席横に立てちょって」
「へーい」
鎌鼬はまた風と共に消え去り、しばらくもしないうちに設置された客席の隣に電灯が追加される。
そうこうしている間に、大枠だけ完成していたステージもきらびやかに装飾されていた。
「最初からこうしとけばよかったんだよ…」
どこか項垂れるように、夕陽は顔をしかめている。
確かに、たった2時間足らずでここまで完成するのだから、最初からこの総力を投じていれば昨夜夕陽が完徹で作業をすることもなかっただろう。
「今回はあたしらのことで迷惑かけたから好きにさせてるだけさ。そうじゃなきゃ、人間の手伝いなんてさせやしないよ」
「天狗ぬらりひょん様々だね。つまり、狙われた僕様々ってことかな?」
「調子のいいこと言うんじゃあないよ」
花魁から普通の浴衣に着替えた侑を前に、飛縁魔は客席で顔をしかめつつ酒を煽る。その隣では同じように良狐も酒瓶を手にしていた。
一体どこからそれほど酒が湧いてくるのか知らないが、よく飽きもせず飲み続けられるものだ。
「李月、終わった」
一都から声をかけられ、ステージの方に向けていた視線を自分の作業の方に戻す。
華蓮と共にグラウンドのあちこちにテントを設置して回って、ようやく最後のひとつまで来たところだ。
「華蓮、いいぞ」
李月の仕事は、寝かせてあるテントの骨組みに布を被せ、元々顔を出していた一都と無理矢理呼び出した八都と紐を結ぶまで。
それが終われば、今度は華蓮の仕事だ。
「亞希」
「はいはい」
華蓮が亞希に声をかけつつバットを地面に叩きつける。
すると、巨大な腕が地面から生えて来てあっという間に寝かせてあったテントが立ち上がらせた。
「これで終わり?」
「ああ」
「あー、疲れた!」
「全く、妖怪使いが荒いったらないな」
一都と亞希が背伸びをして疲れを主張するが、その動力源になっている媒体の方が疲労は倍近い。そもそも、勝手に飛び出していかなければこんな目には合わなかったのだから、以後反省して行動に気を付けて欲しいものだ。
そんなことを思っている間に、八都はさっさと姿を消していた。一都の言う思春期とやらは、思いの外長引いている。
「いつくーん!見てみて!!」
立ち上がったテントの向こう側から、桜生が元気よく走ってくるのが目に入る。
李月と華蓮がテント張りに入る前、全ての資料作りを終わらせてから秋生と印刷に向かったはずだが…その両手には何も握られておらず、メイド服だった装いは浴衣に変わっていた。
「資料はどうした?」
「ちゃんと印刷して生徒会室に置いてきたよ。…じゃなくて、これ!感想は?」
「可愛いよ」
「ふふ、でしょうとも」
李月の返答に満足げに桜生は満足気に頷いて見せた。
聞かなくても答えなど分かりきっているだろうに、聞かずにいられない性格なのだろう。それもまた、可愛さだ。
「桜生、よくこの格好で走れるな」
「秋生なんて歩くのもおぼつかないのにね〜」
「うるせーよ」
桜生が走ってきた方から、今度は秋生と春人が並んで歩いてくる。
やはり春人もメイド服から浴衣へ、秋生もセーラー服から浴衣へと服装が変わっていた。
「ま、ここまで来たら転んでも夏川先輩がいるから大丈夫でしょ!」
「…気を付けて歩くから大丈夫だよ」
「それはないね」
桜生と春人が声を揃えるのを前に、秋生は思いきり顔をしかめるも言い返すことはしなかった。
強がってはみたが、自分でも転ばない可能性がないことを分かってるのかもしれない。
「せっかくだから、李月さんと夏川先輩も浴衣どうですか?」
「嫌だ」
春人の問いに、李月と華蓮の声が揃う。
まず着替えるという行為が面倒臭い上に、わざわざ動きにくくなる格好になんてなりたくはない。
「牡丹に蝶」
突如、視界にいない人物の声と共に李月と華蓮の周りに蝶が舞った。
耳に入ったその言葉と、この光景の後に起こることは――秋生と侑を見ているのでもう分かっている。
「……ひすい」
またしても華蓮と声が揃い、振り向き様に視界に入った人物を睨み付ける。
視線の先の和風美人は、全く悪びれもせずあっけらかんとした表情を浮かべていた。
「大丈夫、顔バレはしませんよ」
それは華蓮に向けての言葉だ。
「そういう問題じゃない」
「郷に入っては郷に従えって言うでしょう?いつも同じ格好じゃないと死ぬわけでもあるまいし、たまにはええじゃないですか」
戻せ、と言ってもきっとひすいは応じないだろう。
だからといって力で捩じ伏せようにも気が引けるし、そもそもこれだけひすい側の妖怪が多い中では華蓮と2人がかりでも分が悪すぎる。
つまり、郷に従うしかない。
「やっくん!やっくん出てきて!!」
「何…?」
突然またも呼び出された八都は、どこか不貞腐れたような表情で顔を出す。
李月が呼んだ時にはすぐに出て来ず引っ張り出すのに手こずったというのに、桜生には嫌々ながらもすぐに従う連中ばかりだ。
「一都くんはこっち!やっくんはこっち!…いつくん、双子連れたお父さんみたい!!」
「………ぱぱー」
一都と八都が一同顔を見合わせてから抱っこをせがむようなポーズをとった。
くそみたいに下手な棒読み演技な上に、どちらもそんなことをするような性格ではないはずだ。
そもそも八都に至っては思春期を拗らせているのではなかったのか。こういう時ばかり調子が良すぎる。
「写真!写真写真!!」
「やめろ」
桜生が怒濤の勢いで写真を撮ろうとするのを慌てて制していると、違う場所からカシャリという音がした。
視線を向けると、秋生がさっと何かを背中に隠すのが分かった。それがスマホであろうことは確認するまでもない。
「おい」
秋生の視線の先にいた華蓮が、低く声を出す。
「ごめんなさいでも絶対消しません!!」
「……勝手にしろ」
もしも他の誰かなら問答無用でスマホを破壊していただろうが。相手が秋生ともなればこうなるのも仕方がないだろう。
「俺の写りはどう?」
「しっかりピースが写ってますよ」
そして、一都や八都と同様に亞希も何を楽しそうにピースなどしているのか。
このところ外に出ることが増えた妖怪たちは、何に影響されているのか性格面に変化を及ぼしているような気がしてならない。
「ひすいー、入園ゲートも作ったぞー!」
妖怪たちの珍行動に呆れていると、校門の方から猛るような声がする。声をかけられたのはひすいだが、その声を耳にした全員が思わず校門の方に視線を向けるほどの声量だった。
こちらに向かって手を振っているのは、声を出していた深月と隣にいる双月だ。その背後には座敷童と見越し入道に、ろくろ首の姿が見えた。双月は世月仕様から普通の私服に戻っているが、この大所帯の中ではそれが目立つこともない。
「よし、これで殆どの準備が終わったね!」
「あんたはほぼ何もしてないじゃろうが」
「失敬な。客席の長椅子とパイプ椅子並べたもん。鎌鼬が片端から飛ばしてくから、全部念入りに固定までしたんだよ!」
言われてみると、全ての椅子の脚が地面から生えている植物によってきちんと固定されている。
これなら、入れ替わり立ち替わり人が座っても椅子の並びがぐちゃぐちゃになることも、勝手にどこかに持っていかれることもないだろう。
「はぁ、こりゃ凄いね。感心した」
「でしょ!」
「僕が飛ばしたおかげだ」
「と、飛ばさなくても気を利かせてやってたし!」
「はっ、絶対嘘だね」
「やめんさいやあんたらは。みっともない」
子供のように(片方は子供であるが)言い争う侑と鎌鼬だが、ひすいに睨まれると途端に口を閉じる。
これでは侑の親友と言うよりかは、姉か母親の方がしっくりくる。鎌鼬にとっては、正にそのような感じなのかもしれない。
「さて、一通り終わったなら帰るとするかね」
ざっと辺りを見回した飛縁魔が、酒瓶を手にしたまま立ち上がった。
まだ7割ほど酒が残っているようだが、そのまま持って帰る気でいるようだ。
「えーっ、もう帰っちゃうの?つまんない!まだ遊びたい!」
どうやら遊び足りないらしい座敷童が、地団駄を踏んでから飛縁魔の周りをくるくる走り回る。
しかしすぐさま飛縁魔に片足を捕まれ逆さ釣りにされ「ぎゃ!」と声を上げた。
「お前が呼び出したんだから、ちゃんと全員山まで送りな」
「へいへい分かってますよ」
飛縁魔と深月がそんな会話を交わすと、逆さ釣りになった座敷童が2人の目の前でバタバタと手足をバタつかせ始めた。
「やだー!帰らない帰らないー!」
「我が儘言うんじゃないよ!」
「やだってば!飛縁魔のくそばばあー!」
これぞ正にいやいや期だ。
実際のいやいや期が2際程度で訪れるなら少し遅い到来かもしれないが、これは間違いなくいやいや期と言っていいだろう。
「……座敷童だけ預かろうか?」
「え?それって大して何の役にも経ってない童だけまだ遊べるってこと?ずるくない?」
見かねた侑が逆さ釣りになった座敷童を抱えるようにして飛縁魔から受けとると、今度は鎌鼬がもの申すと言わんばかりに前に出て静かに風を立ち上らせ始める。
まるで止まることを知らない子供たちの主張に飛縁魔は顔をしかめるばかりだ。
「……もうみんな夏の家で飯食ってけば?」
「ふざけるなうちを妖怪屋敷にする気か」
他人事のように会話を聞いて華蓮だが、突然自分に矛先か向いてきて思わず強い口調で声を出していた。
いくらあの家が普通に比べて多少大きいとはいえ、これだけの妖怪たちが押し掛けてきて入りきるスペースなどない。それが無理矢理入ろうとすれば、溢れて大変なことになるに決まっている。
「じゃあ、ここで食べるとか?」
ここなら広いし、と夕陽は辺りをぐるりと見渡した。
確かにステージと観客席が設置されていることを踏まえても、グラウンドには余ったスペースが腐るほどある。
「つまり、世月の一声で全校生徒巻き込んで前夜祭大パーティーってこと?」
その言葉を口にした侑の視線だけでなく、ほぼ全員の視線が双月に向いた。
「許可取るとはいいけど、準備まで手は回さねーぞ」
「全然オッケー。…いいでしょ?飛縁魔」
「……好きにしな」
「やったー!飛縁魔だいすきー!」
飛縁魔からの許可も降りて座敷童は飛び上がらんばかりに喜びの声を上げる。
その言葉も先程までとは打って変わって、これ以上ないほどに現金な子供だ。
「……外と言えばやっぱBBQだな」
「BBQって深月先輩…全校生徒と妖怪たち分の材料費とかどうするですか?さすがに生徒会からは出せませんよ」
確かにそれはそうだ。
しかし、そんな心配はしなくてもここにいる者はそのほとんどが高校生にしては有り得ない財力を持っている。
「そりゃあ金持ち生徒会長のポケットマネーに決まってんだろ」
「僕に全額負担させる気?深月が食べてけって言ったんだからそこは折半でしょ!」
「別に俺はそれでもいいけど、全額お前の奢りだって言ったらまたshoehornの株が上がんじゃねーの?」
「………確かに…それも悪くないな」
実にちょろい天狗だ。
深月のしたり顔を見てみろと言いたいが、それで揉め始めても面倒なので口にはしない。
そんなわけで、突如全校生徒と妖怪たちを巻き込んで文化祭の前夜祭を兼ねた豪華BBQパーティーが行われることとなった。
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mokuji
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