Long story


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捌拾弌――狭間で覗く影

 まるで、どこか別の世界に来てしまったのではないかと錯覚を覚えそうだな、と華蓮はその光景を目に思わず苦笑いを浮かべた。
 右を見ても、左を見ても、上を見ても、下は…地面だが。とにかく、見渡す限りどこもかしこも妖怪ばかりで、それらは本来は広いと感じるはずのグラウンドにひしめき合うよにして立ち並んでいる。

「深月、久しぶり」
「おー、鎌鼬。久しぶりだな」

 深月の周りに突風が舞い、その中から睡蓮と同い年くらいの子供が顔を出した。
 風さえ纏っていなければ至って普通の子供のようだが、深月が口にした言葉通りならばその正体は妖怪鎌鼬ということだ。

「あら、嫌な趣味だねぇあんた。随分と卑猥な格好して」
「僕の趣味じゃないから!ひすいが勝手にやっただけだから!」
「どうだかねぇ」
「本当だってば!」

 侑が必死に弁解している相手は多分、雨女だ。
 その頭上だけずっと雨が降り続いているが、傘を差しているため雨女自身が濡れることはない。差している傘にshoehornのロゴが入っていることから、侑か深月が与えたのだろうということが予想できた。

「ねぇねぇっ、私も遊んでいいの?」
「いや、だめだよ」
「えーっ!私だけのけ者にするつもりっ?」
「その力は特殊だからね。……今度深月がいっぱい遊んでくれるから、がしゃどくろの頭にでも乗っていい子にできる?」
「……わかった」

 夕陽に窘められた座敷童が、すうっと上空に飛んでいく。
 その先に、ばかでかい骸骨――の、腰から下の部分が見えた。それ以上の部分は、空にいる数多の妖怪たちに隠れてしまっている。
 まず間違いなく、あれががしゃどくろだろう。

「おい、がしゃどくろ。影女とは上手くいってんのか?」

 深月が問いかけると、空からカチカチと音が響いた。

「そうか。そりゃ相談に乗った甲斐があったってもんだ」
「……恋愛相談ってがしゃどくろのことだったんだ。そういえば、前に座敷童がそんなこと言ってたな」
「あいつ体はばかでかいくせに気が小ささはミジンコ並みだからな。ありゃ絶対尻に敷かれるタイプだ」
「あー、なんとなく想像できる」

 体が大きいからといって気まで大きいというのは偏見だが。ミジンコほどの気の小ささとなると、流石にもう少しくらい気を大きく持ってもいいのではないかと思わずにはいられない。
 
「あれ…?一反木綿がいなくない?」
「…そうだな。あいつ祭り好きのくせに、昼寝でもしてんのか?」
「一反木綿なら、九州に行ってるよ」

 侑と深月が視線をきょろきょろさせている前に、遠くの方からぬうっと長い首が延びてきた。
 言わずもがな、ろくろ首だ。

「九州?何でまた」
「俺がモテないのは博多弁じゃないからだーって言うのね。しばらくあっちに住んで九州男児になって帰ってくるんだって」
「ったくあいつは……んな考え方だからモテねぇんだろうがよ…」

 一般的な認識として一反木綿は鹿児島県の妖怪であるが、その全部が鹿児島で生まれ育っているというわけではない。
 侑の山にいる一反木綿も、鎌鼬の口ぶりから察するに少なくとも九州ではない場所で生まれ育ったのだろう。
 そしてその一反木綿がどうして鹿児島弁ではなく博多弁を学ぼうとしたかについては、あの国民的アニメを知っていれば分かるはずだ。

「のう、あの可愛いねーちゃんはわしがもろうてよいか?」
「…ありゃあっちの総大将、俺の獲物だ。別に可愛いくもねぇし」

 深月が見上げると、現れた僧侶のような中年男性――年寄りといった方がいいのか、見分けがつきにくいが――とにかく、その男の体が文字通り大きくなった。

「お前には侑がおるではないか。可愛いねーちゃんの1人や2人、くれてもバチはあたらんぞ」
「侑にちょっかいかけたから俺が狩るんだっつの。お前は上の雑魚でも狩ってろ」

 話している間にも、会話の相手の男はどんどん大きくなっていく。

「上?……なんじゃい。可愛いねーちゃんは一人もおらんじゃないか。出直さんかい」
「このエロジジイが。キャバクラに来てんじゃねーんだ、文句言うな」

 見越した、と深月が言うと男はあっと言う間にもとの大きさに戻る。そして不満げに人混み(妖怪混みと言うべきか)の中に消えていった。
 どうやらあれは見越し入道だったようだ。

「ひすい、あんたも参加すんの?」
「いや、こんだけおったらえかろうて。座敷童と一緒にがしゃの上で見よくいね」
「せっかくなのに、ひと吹雪させてよ。そしたらあたしも遊べるからさ」
「せんないいね」

 ひすいの話している相手は、この妖怪だらけの中では少し浮いている普通の女子高生だ。
 …女子高生という格好は普通ではないのかもしれないが、この中ではもう何が普通なのか分からなくなってくる。

「頼むって。ちょっとでいいから」
「……仕方ないね」

 女子高生に拝まれたひすいは、とんとんとがしゃどくろの腰辺りまで登る。
 そして立ち止まって浴衣の袖を振ると――途端に雪が舞い始めた。この真夏に、なんという異常気象か。

「雪だ!」
「わーい!雪ー!」

 鎌鼬が楽しそうに飛び回り、座敷童のはしゃぐ声も聞こえてくる。
 女子高生がひすいに続くようにがしゃどくろの腰までとんとんかけ上がると、骨に次々と氷柱が出来て行く。あの女子高生の正体は多分、つらら女房だ。
 みるみるうちに氷柱まみれになっていくがしゃどくろは大丈夫なのかと不思議に思うが、骨だから寒さなどは感じないのかもしれない。

「……ひすい先輩って、妖怪なの?」
「あれ?でもこの前は陰陽師って……」

 春人と桜生が不思議そうに首を傾げる。
 その認識は間違っていないが、少し補う点がある。
 生徒会室で初めて会った時は、まさかこんな展開になるとも思っていなかったため、双月はひすいについての説明を省略していた。

「ひすいは父親が陰陽師、母親が雪女なのよ。だから、陰陽師として式神も使えるし、雪女の力も使えるの」

 双月の説明を聞いて、春人と桜生が目を輝かせた。

「は、ハーフ!」
「なんと、かっこいい!」

 ひすいが侑と親友である背景には、その点も大きく関わっているらしいが…華蓮もその辺りのことは詳しくは知らない。




「…で、何だってこんな大所帯を呼びつけたんだい?」

 大量に沸いている妖怪の中でも、ひときわ目立つオーラを放つ飛縁魔。
 ひと度声を発するだけで、距離の離れたこのステージ上でもかなりの迫力を感じる。

「あちらさんが予定通り百鬼夜行引き連れてきたから、こっちも景気よく百鬼夜行でお出迎えしてやっただけだよ」
「百鬼夜行たって、雑魚ばかりじゃないか。あんた1人でもどうにかなっただろう?」

 迫力もそうだが、なんといっても言葉に容赦がない。

「こんな機会滅多にねぇんだから、たまにはいいだろ。つべこべ言わずに手伝えよ」
「手伝うって言ったって……あたしが何かする前に終わっちまうよ」

 飛縁魔がそう言って空を見上げる。
 その視線を追うと、先程まで山を多い尽くしていた妖怪たちの隙間から…所々で青空が見え始めていた。

「…何だあいつら、自由か」
「あたしは高みの見物でもしようかね」

 深月が顔をしかめる横でそう呟いた飛縁魔は、妖怪たちの間を縫ってステージの方までやってきた。
 そしてそのまま、その場に腰を下ろす。どうやら、本当に参加する気はないようだ。

「よいのか?百鬼夜行が出るなどそうあることでもあるまい」
「あたしはもう年も年だからね。こういうお祭り事は、若い連中が楽しめばいいさね」

 と、酒を出し始めたではないか。
 こうなると良狐が酌に付き合い、亞希と八都も混ざることは明白だ。お祭り事の一方で、こちらでは大宴会が始まることが決定してしまったようだ。




「うふふふ!いいわ、いいわ…!」

 女の甲高い声が響く。
 顔を隠していた扇子を投げ捨て、その瞬間に深月の目の前にやってきた。今にも触れそうな距離だが、深月は全く微動だにしない。


「全身全霊を持って殺して差し上げましょう」
「どうぞ、お手柔らかに」

 深月と女が同時に闇に消える。
 それはきっと、祭りの開始を告げる合図だ。



「……先輩」
「何だ?」

 春人と桜生が盛り上がっている中でも珍しく静かだった秋生がふと口を開く。
 視線を向けると、どこか申し訳なさそうな表情が視界に入った。

「………なんか、います」
「…こことは別にか?」
「はい。…旧校舎辺りに、……いつもの感じが、します」

 今度こそ久々に、ということのようだ。
 最初は亞希と良狐の勝手で出てきたのだが。それも許せるほどに祭りが面白くなってきたというのに、もう少し空気を読んでほしいものだ。と、そんなことを考えている間も惜しいので即刻片付けて戻るべく華蓮は校舎の方に歩きだす。

「俺はここで祭りを見物しているから、何かあれば呼べ」
「わらわは必要あるまい。呼ぶでないぞ」

 なんとも自分勝手の過ぎる妖怪夫婦だ。
 しかし、ここで言い争えばまたそれだけ時間ロスだ。

「行くぞ」
「はい」

 空を見上げると、真っ黒だった空が段々と明るみを増していた。
 この空が完全に晴れるのも時間の問題だ。


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