Long story


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捌拾ーー妖怪さんが通る

 普段は華蓮と秋生、はたまた李月くらいしか走り回らない大鳥高校の校舎内も、ここ1週間ほど放課後になるや否やあちこちで色々な生徒が走り回っていた。そして文化祭前日になった今日は、一時間目から全ての授業がその準備に当てられていることで、2時間目である現時点でさらに沢山の生徒が走り回っている。
 それだけでも普段とは大きく違うのだか、それとは別にもう1つ、普段とは大きく異なることがある。それは、走り回っている生徒のほとんどが浴衣姿だということだ。
 これは、文化祭の時期がずれて夏に差し掛かってしまったことを嘆くよりも、有効活用しようという侑の提案がきっかけだった。その有効活用というのが、文化祭のコンセプトを夏祭りにし、可能な限り浴衣で参加するというものだった。
 そんなわけで、文化祭の前夜祭である今日からクラスの出し物で違う格好をする生徒以外は、ほとんどの生徒が浴衣姿となっているのである。

「つーかーれーたー」

 さてそんな中、仮部室である多目的室でパソコンと対峙している秋生は、まだ終わりの見えない仕事量に弱音を吐きながら机に突っ伏していた。その装いはその他大勢の生徒に反し、いつも通りの制服――ではなくこの前から桜生に借りているセーラー服姿だ。
 一応、ひすいの好意で浴衣は用意してもらったのだが、事務作業をするのには窮屈すぎるそれは部屋の片隅で綺麗に畳まれている。

「誰か呼べばよかろう」
「んー、いいよ。皆忙しそうだし、なんとかなるだろ」
「おぬしは全く成長せぬの。皆が愉快に支度をしておるというのに、一人缶詰になって何が楽しいのじゃ」

 良狐は窓際に腰を下ろしてグラウンドを眺めている。
 いつもは授業で使用するか、運動部が部活をしている以外に用途のないその場所には今朝、夏フェスでもするのかというくらい大きいステージが出来上がっていた。
 良狐の「皆が愉快に」と言うのは、その上で支度に追われているひすいと、その手伝いをしているその他面々のことを言っているのだろう。
 
「いや、俺に外の手伝いなんかさせたら何壊すか分かったもんじゃねーだろ。こっちで正解だって」

 とはいえ、昨日の放課後に事件が起きなければ、きっと外の手伝いにいたのだろうが――その事件というのは次の経緯である。
 ほとんど完成し、後は少しの手直しを残して印刷するのみとなっていた文化祭の様々な資料。今正に印刷しようという時になって、USBだけに止まらずパコソンごとコーヒー漬けにした山の神。更に、それを救うべくパソコンを手に取った瞬間床に落とし再起不能にした狼人間。
 新聞部で寛いでいた秋生たちが飛び上がるほどの悲鳴と怒号は、日を跨いだ今もでも耳に残っている。
 そんなわけで、困り果てていたひすいに秋生が資料作成を申し出て、幸か不幸かそのお陰でクラスの出し物への参加は免除となり、こうして制服で作業に没頭しているのだ。

「人一倍独りが嫌いなくせに、何を戯言を言うておる」
「うるせーな」

 確かに、忙しいながらも皆で一緒に何かをするというのは楽しいものだ。
 桜生と春人も自分達の準備が終われば手伝いに向かうと言っていたから、もしかするともうその輪の中にいるのかもしれない。
 きっと、声を掛ければ誰がか来てくれるに違いない。そうすれば、この作業でも今よりも楽しくなると分かっている。
 しかし、そもそも今日ここで作業をすることになった際に何人か残るという話が出たのだが、秋生が自分だけで大丈夫だと断ったのだ。それを今さらやっぱり寂しいので誰か一緒になんて、そんなこと言えるわけがない。

「別に一人だって平気だし。むしろ、一人の方が落ち着いて出来るし」

 まるで強がりを言っているみたいだな、と秋生は呟いた後にそう思った。
 いや、みたい…ではなく完全に強がりだ。そんなことは自分でも分かっている。


「落ち着いて出来る割には随分とスローペースだな」
「え?…うわっ!先輩!?」

 頭上から聞こえた声に顔を上げると、すぐそこに華蓮の顔があった。
 しかし、一度秋生の顔を見るとすぐにソファの方に移動しそのまま腰を下ろした。こちらも多くの生徒に反して、普段通り真っ黒のジャージだ。とはいえ流石に暑いのか、ネッグウォーマーは付けていない。

「…外の作業は終わったんですか?」
「いや、休み時間になったから休憩だ」

 悪いこととは立て続けに起こるもので。
 昨日中に完成するはずだったステージ及びその周辺設備の設置であったが、委託した会社の社員が相次いで倒れ作業が一向に進まず昨日の放課後の時点でその一割も出来ていない状態だった。
 普通なら異常なこの事態も、この学校では仕方のないことないことだ。故にその結果に驚く者はいなかったが。
 このままでは完成しないと業を煮やした夕陽が、もう自分でやった方が早いと言い出し業者を撤収させてしまった。そして、昨日の夜間に夕陽が一人でステージの7割を造り上げた。狼って凄い。
 そして現在、その残り3割を皆が人外的な力を駆使して建設中というわけだ。

「…休み時間……」

 時計に目を向けると、3分ほど前に休み時間に突入していた。チャイムが鳴ったはずだが、ぐだぐだしていたせいか全く気がつかなかった。
 休み時間が終わるまであと7分。それが終われば、また華蓮は外の作業をしに戻ってしまうのだろう。

「どうかしたのか?」
「…あー、いえ。先は長いなって」

 休み時間が終わって、またいなくなると寂しい。
 なんてことが言えるはずもなく、秋生は適当な言葉で誤魔化した。いつものことだ。

「お前、ずっと休まずやってるのか?」
「ちょっとぐだってましたけど…ちゃんとやってますよ。丁度、再開しようとしてたところです」

 今の言葉の後半はともかく、前半については嘘ではない。
 本当につい先程まではちゃんと仕事をしていたし、良狐が余計なちょっかいをかけてこなければすぐに作業を再開していた。そういえば、窓枠に腰下ろしていた良狐はいつの間にか姿を消している。

「そうか。ちょっと来い」
「……話聞いてました?」
「いいから来い」

 凄まれると逆らえない秋生は、席を立ちソファに移動する。

「どうしたんで…わぁっ!」

 近寄るや否や思い切り腕を引かれると、ただ歩くだけで転ぶ秋生がバランスを崩さないわけもなく。
 勢いよくソファにダイブし、次に目を開けた時にはすぐ頭上に華蓮の顔があった。

「少しくらい休め。無理にやってても逆に集中力が落ちるだけだ」

 膝枕をされた状態で長い髪を撫でられ、優しい言葉をかけられる。
 これを至福の時と言わずになんと言うのか。ここ最近心臓が爆発しそうなことは減ってきた(気がする)が、その代わりに今度は幸せすぎて死ぬのではないかと思えてしまう。

「ああでも…あと4分しかない」

 ここからでも見える時計の針が先程より3分ほど進んでいた。
 あと4分でチャイムが鳴り、至福の一時は本当に一時で終わってしまう。

「4分?」
「…休み時間が終わるので」
「授業に出るわけでもないのに、そこまで時間に従順にならなくてもいいだろ」

 確かに秋生は一人で黙々と作業をするのだから、時間内に終わりさえすれば時間配分なんて自分で好きにすればいい。
 しかし、外で他の皆と作業をしている華蓮はそうもいかないのではないだろうか。

「先輩は、戻らないといけないんじゃないですか?」
「休んだらそのままこっちを手伝うつもりだったが、お前が本当に1人の方が落ち着くなら外に行く」

 それは先程、良狐に対して言った強がりだ。

「俺は…1人でも……」

 また集中して頑張ればどうにか時間内には終わりそうだとか。
 外の方がきっといろんな作業があって大変だろうとか。
 色々と頭を駆け巡って、言葉に詰まり。


「………行かないで下さい」
 

 1人でも大丈夫だと言おうとして、やめた。

 多分、強がりを言っても華蓮には見透かされてしまう。それならば、最初から素直に言えばいい。
 それが出来るのが、それをしてもいいと思えるのが、世月の言っていた「恋人の特権」なのだろう。

「なら好きなだけ休憩しろ」
「……そんなこと言われると、ずっと動かないですよ」
「それで困るのは俺じゃないからな。好きにしろ」
「それはそうですけど、ひすい先輩はこま……あ」

 困らせたくないので少しの時間で我慢する――と、言おうとして言葉が止まる。
 ここ最近は学校よりも家にいる時に色々なことが起こっていたので、この感覚が久々のように感じた。

「おい、勘弁しろよ」
「……でも、なんか…凄いですよ。動かないと、先輩が困るかも」

 上の方から、物凄い気配を感じる。
 しかし、いつかの怪物ような禍々しい感じではない。


「これはお前たちの客じゃないな」

 ふと、亞希が顔を出した。

「どういう意味だ?」
「見てみろ」

 亞希がそう言い窓を開けると、途端に感じる気配が倍増した。
 思わず起き上がると、華蓮は顔をしかめながらソファから立ち上がり窓の近くに移動する。

「……侑の客か」
「…うわっ…何だこれ……っ」

 空が真っ黒に染まっている。
 正確にはーー青空を覆い尽くすほど大量の何かが空にいる。

「どれ、暇潰しがてら見物に行くか」
「おい待て…!」

 楽しそうにそう言うと、亞希は華蓮の制止など聞こえぬようにふわりと窓枠を蹴って外に飛び出した。

「わらわも連れて行くのじゃ」

 外に飛び出した亞希の頭の上に、獣の良狐が飛び乗る。
 そのまま揃ってすうっと空気の中に消えていってしまった。

「あいつら…!」
「……行きますか?」
「はぁ…」

 家の中で勝手にうろつくのはともかくとして。こんな空気の悪い場所で出歩き、何かあれば被害を被るのは媒体である秋生や華蓮なのだ。それを考えると、選択肢は追う他にない。
 溜め息を吐いた華蓮が出口に向かって歩きだすと、秋生もその後をに続く。外に出ると、凄まじい程の妖気がそこら中に漂いはじめていた。



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