Long story


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漆拾捌―――それは確かに神か、否

 目が覚めると、見慣れた光景が広がっていた。視線を逸らすと、昼間は咲かない金木犀が静かに佇んでいるが、日差しに照らされて花がなくとも幻想的に美しい。そして、夜中に咲き誇り美しさを増すその光景を肴に飲んだくれている妖怪たちの姿はない。
 最後の記憶はリビングのソファで夕陽の話を聞いていたところだが、いつの間にか寝てしまって華蓮がここまで運んでくれたのだろうということが想像できた。どれくらい寝ていたのかは分からないが、明らかにいつも目覚める時間はとうに過ぎていることは明らかだ。まだ体が重く眠気が残っているが、このまま寝てしまいまた夜眠れなくなってもいけない。

「…おっも」

 てっきり体が重たいのは寝不足のせいだと思っていたが。
 体を起こそうとすると、何がか乗り掛かっているような重さを感じた。その重さの正体を確かめるべく、顔だけ上げ自分の体に視線を移す。

 すると、腹の上で狐姿の良狐がすやすやと寝息を立てているのが視界に入った。そればかりではなく、その狐を覆うように亞希がもたれ掛かっており、反対側には一都と、昨日は見かけなかった八都までもが秋生の腹部を枕に寝ているではないか。
 この様子だともしかしてまだいるのでは、と頭の角度を変え見回すと。先程までは全く気がつかなかったが、狸の置物を抱いて秋生に寄り添うようにして寝ている四都の姿があった。

「まじかよ……」

 なんともカオスな状況だ。
 しかし、規則正しく寝息を立てている妖怪たちはなんとも愛らしいく、起き上がることで目を覚まさせてしまうことが憚られてしまう。


「起きたのか」

 さてどうしようかと思っていると、襖の影から顔が覗いた。

「…起きたいですけど、起きれないです」

 秋生は覗いた顔にそう返してから、「おはようございます」と続けた。
 顔を覗かせた華蓮は秋生が作りおきしていたシュークリームの最後の一口を食べ「おはよう」と返す。そして、皿を置くと立ち上がり近寄ってきた。

「騒ぐなら他所でやれと言ったら、もう寝るからと消えていったんだがな」
「何でまた人を敷布団に…あ、運んでもらってありがとうございます」

 寝転んだままお礼を言うのも失礼な気がするが、華蓮はそんなこと気にしない様子で「ああ」と短く答える。
 それから秋生の隣に腰を下ろすと、狸の置物をつついた。だが、置物はピクリとも動かない。

「可愛いですよね」
「…二日酔いさえなければ多少はな」

 そう言いつつも、華蓮は以前の時のように怒っているようには見えない。
 二日酔いがそれほど大したものではないのか、もしくはこの妖怪たちの愛らしさに怒る気も失せているのか。はたまたそのどちらもか。

「大丈夫ですか?」
「俺は大したとこない。ただ、この蛇たちは呑気に寝てられるのも今のうちだな」

 世月にそっくりな姿をした四都の頭を撫でながら、華蓮は苦笑いを浮かべる。
 この間はその姿を見ただけで襖の奥に隠れるほどの怯えようだったが、もう見慣れてしまったのだろう。
 その何気ない仕草に少しだけ妬けてしまいつつも、ふと昨夜一都が凄まじい勢いで酒を煽っていたことを思い出して華蓮の言葉の意味を理解した。

「李月さん、そんなに酷いんですか?」
「俺は見てないけどな。桜は青い顔でこの世の終わりだと嘆いていたし、双月と春人も渋い顔をしていた」
「…見ない方がよさそうですね」
「ああ。また呪われでもしたら溜まったもんじゃない」

 華蓮はそう言って、以前呪詛られた腕に視線を落とす。
 確かに、あれほどの呪いをそうやたら滅多掛けられては困り者だ。


「…そう言えば、お前は大丈夫なのか?良狐も大分酔っていたようだったが」

 思い出したように、華蓮の視線が腕から秋生へと向いた。

「特に…なんともないです」

 まだ少し眠気があるのは単に寝不足だからだろうし、二日酔いに代表するような頭痛や吐き気は全く感じない。
 そう言われてみると、ここに来てからもう何度か良狐が晩酌をしているのを見たことがあるが、未だかつて二日酔いを経験したことはない。

「あいつは何だかんだお前を大切にしているからな。二日酔いにするような飲み方もしないんだろ」


 大切にされている。

 それは、秋生もよく分かっている。
 良狐は普段からつんけんした態度ばかり取っているが、根は優しく思いやり深い。
 それは秋生だけではなく、誰にだってそうなのだろう。もしかすると飛縁魔と同じように、危なっかしい誰かを放っておけない性分なのかもしれない。
 だから、神使という職務を担うことが出来たのだと思う。


 そんな良狐を、とても大切に思っている。
 


「昨日……良狐と、話しました」


 話したと言うほど、大層なことではないが。


「神様に、会いに行こうと思ってます」


 自分の上で寝息を立てている良狐の尻尾を撫でる。規則正しく寝息を立てている体は、狸の置と同様に全く動かなかった。
 昨日のことを思い出すと、いつも横柄な態度で凛と澄ましている良狐がとても小さく思えてしまう。

 どんな形であれ、早く解放してあげたい。


「……一緒に来てくれますか?」


 良狐は既に亞希には話してあると言っていた。だから、もし華蓮が嫌だと言っても亞希が無理矢理同行させるに違いない。
 しかし秋生は、亞希に無理矢理連れてこられるのではなく、華蓮には自分と一緒に来て欲しいと思った。

「ああ」

 断られないことは分かっていた。
 華蓮は良狐は自分を大切にしていると言ったが。良狐だけでなく華蓮にも、同じかそれ以上に大切にされていることをよく分かっているからだ。



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