Long story


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漆拾陸―――御曹司にはご注意を

 遡ること数時間前。
 この辺りの説明は先程あらかた済んだので割愛するとして、会場に入った瞬間に夕陽が顔をしかめたところから再開するとしよう。

「変なって…建物の入り口辺りからずっとしてた妖気のことか?」

 夕陽は何も言わなかったので、てっきり何の害もない小豆洗い辺りが残飯を狙ってうろついているのだろうと思っていた。
 しかし、深月の言葉を聞いた夕陽は空気を嗅ぐようなそぶりを見せ、それから少し驚いた表情を浮かべる。

「え?…あ、本当だ。よくこんな僅かな妖気に気づくね。…小豆洗い辺りが遊びに来たかな?」

 気が付いていなかっただけで、行き着く結果は同じだったようだ。
 しかし、それならば夕陽は一体何のことを言っているのか。

「お前の言う変な臭いって何だよ?」
「どっちかと言うと霊気的な感じかな。結構臭ってるよ」
「あー、そりゃ俺は気づかねぇよ。幽霊系は点でダメだからな」

 妖怪の類いの臭いはすぐに感づくことができるが、幽霊となると丸っきり鈍くなる。
 そもそも、見える日と見えない日があるほど頼りない霊感なのだから、そこに期待してもらっては困るところだ。

「普通、人間って逆だけどね。ずっと侑と一緒にいるから、妖気が漏れて影響でも出てるんじゃない?」
「四六時中一緒にいるわけじゃねぇよ」
「最近はほぼずっと一緒にいるじゃん。深月も結構臭うよ。ああ、だからさっきの妖気にも気がつかなかったのか」
「体臭がヤバイやつみたいに言うな」

 とはいえ、確かに最近は飛縁魔に啖呵を切ったこともあり、一緒にいることが多いのも事実だ。
 少し気になって自分の腕を嗅いでみたが、祖父の用意したスーツから新品の臭いがするだけだった。

「まぁとにかく、霊的な何かがいるから気を付けてね。嫌な臭いだから、あんまいいもんじゃなさそうだし」
「…お前、徐霊とかできねーの?」
「僕ただのでっかい狼だよ?出来るわけないじゃん」

 それは最もな意見だ。
 馬鹿なことを聞くなと言わんばかりの表情の夕陽に、深月は苦笑いを返す。

「つまり…出会ったら逃げるしかねぇってことだな」
「そうだね。まぁ、この間の学校が壊れた時みたいに化け物になってたら多少はどうにかできるけど。近寄りたくないから、やっぱ逃げる」

 夕陽はそう言って肩を竦めた。
 深月も見たときにはかなりドン引きしたが、妖怪からしてもあの化け物は相当気持ちの悪いものだったようだ。

「あれはさすがに俺でも見えたからな。もう霊的な何かを超越してただろ」
「確かにあそこまでいくと霊力というよりいは妖力に近いから…妖怪、と言っても間違いじゃないかもね。けど、一緒にされたくはないよ」
「そりゃまぁ、そうだな」

 深月が今までも目にしてきた妖怪たちは、それぞれ個性的な見た目をしている者が多々いる。更に、性格がねじ曲がっているような者も沢山いた。しかし、見た目だけであれほど気色の悪いものはいなかった。
 同じ土俵に立ちたくないという夕陽の気持ちはよく分かる。

「まぁでも、一応どんなのか調べてみようか?」
「…そうだな。やばそうなのだったら、さっさと切り上げて帰る」
「目的のご令嬢にはちゃんと挨拶してね。僕、後からお祖父様に報告するように言われてるから」
「無事に出会えたらな」

 夕陽は深月の返事に少し不満そうな表情を浮かべたが、そのまま人混みの中に消えていった。
 そもそも、深月は目的の人物についてどこの会社のご令嬢なのかも知らされていないし、もちろん顔も知らない。そんな中で挨拶をしろとは無理な話のような気がするが、それがそうでもないのが面倒なところだ。この年配連中ばかりの中では若い女性など珍しいだろうから、探そうと思えばすぐ探し出せてしまうのだ。
 面倒臭いから放置しておこうかと思いながら辺りを見回すと、こちらをじっと見ている若い女性と目があった。
 これほど早く出くわすなんて、なんとも運が悪い。こうなったら、適当に会話して退散する方向にシフトチェンジだ。



「こんばんは」



 ーーー妖気。



「……こんばんは」

 近寄ってきた女性から、妖怪の臭いが漂っている。
 どうやら、遊びに来ていたのは小豆洗いではなかったようだ。

「貴方が大鳥深月さんでしょう?」

 すぐ目の前までやってきた女性から、蜜のような匂いが漂ってきた。この甘ったるい臭いで誤魔化しているつもりかもしれないが、妖怪の臭いというのはそう簡単に消せるものではない。
 甘い臭いと混じり合って、なんとも奇妙な臭いを感じる。お世辞にもいい臭いとは言い難い。

「よくご存知ですね」

 一体どんな妖怪だろうか。そもそも妖怪がこんなところに何の用事があるのだろうか。その興味が、さっさと帰ろうと思っていた深月の心情を動かした。
 こんなことなら、きちんと名前を聞いておけばよかったと少しだけ後悔しつつ返事をすると、女性はにこりと笑った。

「貴方に会うために来たんですもの。私、糸永真由美と申しますわ。どうぞよろしく」
「こちらこそ」

 糸永という名字に聞き覚えはない。
 新しい取引先だといっていたから当たり前なのかもしれないが、いつもなら初対面の相手でもそれなりに情報を把握しているので、今日の仕事に対するやる気のなさを嘆くばかりだ。
 しかし、ご令嬢が妖怪ということはその家族も妖怪なのだろうか。それこそ、祖父が知れば腰を抜かすどころの騒ぎではない。

「私、貴方に会えるのを楽しみにしてましたの。同じ年頃だというのに、もうほとんどのお仕事を任されているとか。大鳥グループを継ぐ日もそう遠くはないのでは?」
「父が海外におりますのでその代わり程度ですよ。何より、祖父がまだまだ現役ですから」
「まぁ、謙遜なさるのね」

 それこそ早く野垂れ死ねと日々思っている深月だが、そういう人間ほど長生きするものなのだ。
 話しつつ祖父の姿を探すと、見知らぬ男性と話し込んでいるのが見えた。普通の人間のようだが、目の前の臭いが強すぎてよく分からない。

「…あちらが、お父様ですか?」
「ええ、そうですわ」

 父と子というには、男性の年齢がやけに若く見える。
 真由美は深月と同じ年頃と言っていたが、男性は遠目で見た限り30代前半だ。男性が若く見えるだけで18歳の時の子と言えばギリギリ通らなくはないが、大企業の社長ないし跡取りがそんな年齢で結婚するとも思えない。

「随分とお若いですね」
「私は養子ですのよ」

 つまり、親は妖怪ではないということか。それならば相手にするのはこの女だけでいいので楽だ。
 さて、この妖怪はどのような妖怪なのだろうか。どこからやってきたのか、いつから人間のように振る舞っているのか。ただの暇潰しで人間の世界に溶け込んでいるのか、それとも何か悪さをしようとしているのか。
 深月のことを知って近寄って来たのか、それともたまたまたか。
 想像が巡る。好奇心を抑えきれない。

「ならば、その独特の香りは貴女だけのものということですね」

 好奇心が抑えられなくなった深月は、真由美に向かって鎌を掛けるように言葉を発す。
 すると、笑顔だったその表情が一瞬だけ真顔になった。しかし、またすぐに笑顔に戻る。

「……やはり、この香りはお嫌いですか?」
「やはり…?」
「貴方のお好きな香りは、あの山のそれでしょう?」


 この妖怪は、深月のことを知っている。


 もしや侑を狙った一味かと考えたが、それならば直接侑を狙うだろう。わざわざ深月の前に現れる意味はない。
 だとするなら、この妖怪の目的は何だ。

「せっかくですから、あちらでお話ししませんこと?」

 真由美はそう言って扉の方を指差した。
 そういえば、今回の主催者は真由美の父親だった。だから真由美も参加することになり、深月まで参加させられる羽目になった。
 その上で深月や侑のことまで知っているとするなら、深月をここに来させるように仕向けたのもこの女かもしれないと勘繰ってしまう。

「いいですよ」

 さきほど夕陽と話をした際、幽霊の類いに出くわしたら逃げるしかないという話をした。しかし、妖怪の場合はどうするかということについては話し合ってはいない。勝手なことをすると夕陽には叱られるだろうが、その時はその時だ。
 深月は真由美の誘い了承し、大勢で賑わっている会場を後にした。


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