Long story


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漆拾参―――二度と、奪わせない

 デジャブだった。
 完全に、前にも起こったことのある光景だった。

「やばくない?」
「やばいなぁ」

 前と違うことは、今回は桜生も一緒だということだ。
 秋生は何度もループする旧校舎の廊下の中で、隣に桜生がいることを何度も確認しながらその度に安堵している。
 しかし、実際の状況としては決して安堵できるような状況ではない。

「これ、前にもあった」
「前にも?」
「………保健室の…」
「分かった。もういいよ」

 最後まで言わなくても、桜生は内容を理解して秋生の言葉を止めた。それが秋生にとって苦しい記憶であることをよく分かっているからだ。

 今のこれは、あの時の状況ととても良く似ていた。
 この場所から出ようと何度進んでも、出ることができない。出口に辿り着くことができないのだ。 

「あの時は良狐もいなくて、本当にやばいと思ったけど…」
「今回は、わらわもおるしのう」

 ふわりと、尻尾が秋生の頬に触れた。
 秋生の肩に現れた良狐は、いつも通りの様子だ。

「一都くんもいるの?」
「何?」
「あ、よかった。いてくれたんだね」

 それは、いつもの八都と全く同じーーつまり、幼い李月の容姿だった。
 八都はそれぞれが好みの容姿になっていると言っていたが、やはりベースが李月であれば李月の姿を真似ている確率が高いということなのだろうか。

「何も分からないのか?」
「突然じゃったからの。おぬしらが部屋を出た瞬間に空気が変わったのじゃ」
「俺も全然気付かなかった。多分、外からずっと見ていて2人になるのを待ってたんだろうな。いつからかは知らねぇけど」
「つまり…僕たち2人が狙いってこと?」

 桜生の言葉に、良狐と一都が頷いた。
 思えば、ここ最近学校で桜生と2人になることは全くといっていいほどなかった。教室にいるときは基本春人も一緒にいるし、たまに春人が深月や双月に呼ばれてどこかに行くときも、教室ならば他の生徒がいる。
 そして、放課後の部活となると華蓮や李月がいるのが当たり前だ。そもそも桜生は新聞部だから、1人だけその部室に行くこともあった。
 だから、完全に2人きりというはなかったと言っていいかもしれない。最後のに学校で2人きりになったのは、桜生が変なウイルスに感染して変なテンションだったあの時だったような気がする。

「それは本人に聞いてみる他なかろう」
「来るぞ」

 良狐と一都が身構える。
 辺りを見回しても何もないどころか、何も感じることすらない。
 どこに身構えてもいいか分からないでいると、突然と前方につむじ風が舞った。

「その通りだよ。まったくもう、待ちくたびれたってもんだ」

 つむじ風の中から声がする。
 風が止んでそこに現れたのは小学生か、せいぜい中学1年生といった装いの少年が立っていた。

「………寒い、気持ち悪い」
「秋生、どうしたの?大丈夫?」
「…今のところは」

 久々だ。この、嫌な寒気は。
 前ほど酷いものではないが、それが何であるかはよく分かる。

「気持ち悪いとは心外だな。まぁ、ボクはカレン様の力を沢山頂いたから、少し影響があるのかもな」

 名を言われる前からその僕であることは分かっていた。この寒気は、それ特有のものだ。
 そればかりか、これまで僕と呼ばれたものたちが現れても影響がなかったのに、今回はどうして干渉されたのかというこのまで丁寧に説明してくれた。

「てめぇみてぇなガキがあんな奴に何を共感するんだ?」

 一都は八都とは正反対とも言える口の悪さで不思議そうに問いかける。
 いつの間にか蛇の姿になって桜生の首に巻き付いていたが、慣れているのか桜生はそれに全く驚く様子はない。

「共感?別に、そんなものは何もないよ」

 子供の周りに風が立つ。
 先程のつむじ風に巻かれて颯爽と登場したことといい、どうやらこの子供はカレンに風を操る力でも与えられたようだ。

「右じゃ」
「うわっ」

 ひゅっと、顔の横を刃物のようなものが横切った。
 良狐に言われてとっさに避けていなかったら、今頃目は見えなくなっていたかもしれない。
 カレンの干渉からなる寒気とは違う、冷や汗みたいなものが流れるのを感じた。

「似非鎌鼬ってところだな」
「切られたら痛い?」

 秋生が危うく失明させられかけた横で、一都の言葉に桜生が少し顔を青くしていた。
 子供の姿はない。しかし、寒気が治まらないことから近くにいるのは分かる。

「それはどうかな?」

 風が吹く。

「見くびるんじゃねぇよ!」
「わぁあ!」
「っ!」

 バンッと、桜生に斬りかかった風が何かにぶつかったように跳ね返った。風の中から現れた子供が、地面に叩きつけられる。
 目を見開いて驚いていることから、桜生がやったわけではないだろう。ならば、それを出来るのは1人だけだが。
 先ほど春人との会話で、一都は武力を行使できないと桜生は言っていた。しかし、今の様子を見るにとてもそうは思えない。

「…良狐、お前もあーいうの出来ねぇの?」
「ここは空気が悪いからの。自力では無理じゃが…以前より多少妖力が上がっておるゆえ、出来ぬことはない」
「じゃあ、どうすれば出来るんだ?」
「それはおぬしのやる気次第じゃな」

 そんなことを言われても、秋生にどうしろというのだ。
 いつか、良狐のやったように狐火を出せとでもいうのか。しかし、どうすればいいのか皆目検討もつかない。だからといって、どこからともなくバットを出すことも、刀を取り出すことだって出来ない。

「無駄口が多いな」
「上じゃ!」
「えっ、やばっーーー!?」

 反応が少し遅れた。
 頭上に現れた子供に、今度こそ頭を真っ二つにされてしまうかと思ったその瞬間。
 秋生の周りを無数の蝶が舞った。

「邪魔だな!」

 目を眩ませた子供が苛立ちながら距離をとる。
 風が遠ざかると、秋生の周りの蝶がすっと消えていなくなった。

「あの着物娘、やるではないか」
「…ひすい先輩?」
「おぬしに何かあった時のために、その簪に式神を仕込んでおったのじゃろう」

 つまり、秋生は今ひすいに命を救われたということだ。
 どうしてもこの簪を外したくないと思っていたが、それは何かのお告げだったのかもしれない。何にしても、次に会った時は床に頭を擦り付けんばかりに礼を言わねばならない。

「秋生っ、大丈夫?」
「うん。桜生も大丈夫そうでよかった」
「このまま、いつくん達が来るまでやり過ごせたらいいけど」
「どうにか頑張るしかないな」

 そうは言っても、頑張るための策などない。
 桜生は一都が守っているようなので大丈夫かもしれないが、秋生はあくまで自分の身体能力頼みだ。これほど不安なことはない。

「助けなんてくるわけないだろ、バカだな。何のために2人になるのを待ってたと思うんだ?」

 子どもはそう言いながらニヤリと笑う。
 とても睡蓮と同じ年頃の子どもとは思えないほどに、邪悪な笑みだった。

「隔離されたということじゃのう」
「ガキのくせに用意周到だな」

 つまり、自分達がここから出られることもなければ、誰かがここに入ってくることもできないということだ。

「つまり、秋生が自力で倒すしかないってこと?」
「うわー、難易度高いな」

 先程、良狐は秋生次第ではできることもあると言っていた。
 助けが来ないと分かった今、それをどうにかして引き出す他ない。

「大丈夫。一緒にどうするか考えよ」
「そうだな。今回は1人じゃないからな」

 いつかの時のように、たった1人でどうにかしなければならないわけではない。あの時は結局、自分ではどうにもできずに華蓮に助けられた。
 しかし、今回は1人じゃない。桜生がいる。それに、良狐や一都も。それだけでも、秋生の気持ちにはあの時の何倍も余裕がある。



「ムカつく」

 子供が地面を蹴った。風が宙を舞う。
 いくら秋生がどうしようもない馬鹿だとしても、そう何度も同じ手は食わない。

「左じゃ」
「おおっ…」

 良狐の言葉通りに動き、攻撃をかわす。
 予め来ると分かっていれば、余裕を持って動くことが出来た。

「そのまま蹴り上げて!」
「えっ?…こうっ?」

 桜生に言われて避けた体制から足を蹴り上げると、どすっと鈍い感触がした。そのまま体重をかけて押し込むと、ぶわっと風が遠ざかっていく。

「っ!」

 どうやら秋生の蹴りは腹部に命中したようだ。
 風の中から現れた子どもは腹を押さえながら苦しそうな表情を浮かべている。

「お、おお…なんか当たった」
「やった!秋生、やれば出来る子!」
「そ、そうでしょうとも」

 絶対にまぐれだと思ったが、こんなものは気の持ちようだ。
 出来ると思えば出来るし、出来ないと思えばできない。秋生は自分を出来る子だと思い、モチベーションを上げることにした。

「ムカつく!!」

 ダンッと子どもが地面を踏むと、ぐらりと立ちくらみをしたような感覚に襲われた。視界が一瞬歪み、転ばないように足を踏ん張る。

「お前たちみたいな、仲のいい双子を見ているとイライラする!」

 ダンッと、再び地面が揺れる。
 やっていることは駄々を捏ねて地団駄を踏む子どもだが、その威力足るやとても子どものそれとは思えない。

「どうしてボクたちは一緒にいることも許されなかったのに、お前たちはそんなに仲良く一緒にいるんだ!?」
「はぁ?何の話?」
「切り裂いてやる!ボクたちみたいに、全員切り裂いてやるんだ!!」

 桜生の問いなど耳に入っていないというように、子どもは大声で叫びたてる。
 今一度ダンッと地面を揺らしてから、再び風の中に消えた。

「馬鹿のひとつ覚えのようじゃのう。上じゃ」
「おっけー!」
「ぐっ…!」

 上から切りかかってきた子どもを避けて、そのまま先程と同じように蹴りを入れ込んでみた。それがまた綺麗に決まり、本当にまぐれではなくやればできる子なのではないかと秋生に変な期待を持たせた。


「うわぁ!?」

 背後から叫ぶような声がして、秋生は慌てて振り返った。

「ーーー桜生!?」

 桜生が、吸い込まれるよううにつむじ風に包まれている。
 子どもは秋生に蹴りを食らわされて踞っているのに、一体どういうことなのか。


「2人いるのはお前たちだけじゃない」


 桜生の背後から、子どもが顔を出した。
 目の前で踞っている子どもと、同じ顔。同じ声。
 
「秋生…っ!」
「桜生!!」


 伸ばした手は届かない。
 

 どうして。どうしていつも届かないのだ。



「僕は大丈夫!大丈夫だから…!!」
「桜生…ッ!」

 桜生は秋生に言い聞かせるようにそう言うと、つむじ風に飲み込まれるようにその場から消えてしまった。


「あははは!ザマーミロ!」

 子どもが笑っている。
 そんな風に、桜生の体を奪っていったモノも、笑っていた。
 脳裏に、あの日の記憶が呼び起こされる。


「さ…くら……」


 奪われた。
 大切なものを奪われた。

 自分は無力で、なすすべもなく。

 また奪われるというのか。


「絶望しろ!お前たちはお互いがお互いを助けられないことを絶望しながら死んでいけ!!」


 助けられないのか。

 あの時と同じように、ただ奪われる様を見ているだけで。


 何もできずに、失ってしまうのか。



「……桜生をどこにやったんだ?」


 させない。


 また奪うなんて、失うなんて。

 そんなことは、もう絶対にさせない。


「あ?教えるわけなーーぐあっ!」


 体の奥から何かが溢れてくる。
 何かは分からないが、それの使い方は知っているような気がした。



「桜生はどこだって聞いてんだよ」


 だから、余計な口を塞ぐように子どもを地面に叩きつけることも容易だった。
 巨大な尻尾がいくつか秋生の周りに漂い、秋生の意思を待っている。



「やっとやる気を出したようじゃの」


 耳元で、良狐がそう囁いた。

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