Long story


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漆拾弐ーー選択

 飛縁魔は話したいことを話し尽くすと、気が済んだと言わんばかりに女子会に戻っていった。
 その後もうゲームをするという気分でもなくなった秋生と桜生は、寝るために自分達の寝床に行った。しかし、女子会中の妖怪たちに追い出されてリビングに舞い戻されてしまう。
 結果的に、桜生は李月の部屋で、秋生は華蓮の部屋で寝るということで落ち着いた。秋生としてはとても落ち着ける話ではないが、それはもうどうしようもない。
 そして現在、落ち着くまもなく華蓮の部屋にやって来たわけだが。

「何でお前まで付いて来るんだ」
「見張りってとこかな?」
「出ていけ」

 華蓮が睨み付けるが、それに動じる亞希ではない。それどころか、我が物顔でベッドに腰を下ろしている。

「冗談に決まってるだろ。良狐がいない間に、その子と少し話がしたいだけだ」

 秋生の方を見てそう言う、その話の内容はなんとなく想像ができる。
 華蓮も何か察したのだろう。亞希を追い出そうとするのをやめてフローリングに座り込んだ。秋生もつられて、その場に座る。


「君は、どうするべきだと思う?」

 良狐に、神の話を伝えるべきか否か。
 飛縁魔はその決断を亞希に託したが、亞希も自分だけでは決めかねているのだろう。

「もしも、飛縁魔の話が本当なら、良狐はあの腐れ神から捨てられたのかもしれない」

 飛縁魔が口にはしなかった、直接的な表現だ。本当ならと亞希は言ったが、それを嘘だと疑っているわけではないだろう。
 だからこそ、悩んでいるのだ。


「亞希さんは…、どう思いますか?」


 これはずるい質問だと思った。
 けれど、秋生にはまだどうしたらいいのかが全く見えていなかった。だから、亞希には多少なりとも見えるものがあるならば聞いてみたいと思ったのだ。

「もし本当なら、原因は…俺だから……ちょっと、気が重い」

 亞希はそう言って、酷く後悔しているような表情を浮かべてから頭を抱えた。

「……亞希さんに?」

 先程、リビングでも同じような表情を見たのを思い出す。
 あれは確か、八都が妖怪名前についての件で亞希からかったときだ。

「良狐が以前、どんな仕打ちを受けたかは知ってるよね?それで、俺が良狐から離れたことも」
「……はい」

 秋生の中にある、助からなかった方の記憶。詳細までは分からないが、とても恐ろしい記憶だったことは覚えている。
 そして、それは秋生のものではなく良狐の封印されている記憶だった。

「良狐がそんな目にあったのは、俺に名前を教えたことが原因だ」
「名前を…?」

 妖怪にとっての名前は、命の鏡。
 八都の言葉が、脳裏に浮かぶ。

「俺たちは…普段から普通に名前で呼びあっていた。会うのは決まって良狐のテリトリーだったから、良狐も気にしていなくて………それがいけなかった」

 それは、亞希が死に損なっていた金木犀の木の根本のことだろうか。もしくは、その辺一体は大体良狐のテリトリーだったのかもしれない。


「一度、良狐を海に連れて行ったことがある」

 恋仲になってしばらく経ってからのことだったという。
 良狐は早く連れていけといつも亞希にせっついていたらしい。しかし、夏の時期は人間が多いからと秋まで待たせたそうだ。

「その場所で、俺は普段のように良狐を名前で呼んだ。良狐も慣れていたせいか、別段指摘されることもなかった。そして…他の妖怪に名前を聞かれた」

 普段からもっと気を付けておくべきだったのだと、亞希は悔やんでも悔やみきれないと溜め息を吐く。
 悔やんだところで過去は取り返しがつかないが、それでも悔やまずにはいられないほどに、後悔してきたのだろう。
 そして、良狐と再び手を取り合った今でも、後悔は消えずにある。 

「その…妖怪が……」
「名前を縛って、自由を奪い、襲った」

 ゾッとした。
 頭の中で、一瞬知らない記憶が駆け上がってきそうになる。しかし、秋生は頭を振ってそれを振り払った。

「………」

 思い出してはいけない。
 分からなくてもこんなに恐ろしいのに。これを思い出したら、良狐はどれほど苦しい思いをすることになるのか。
 考えたくもない。

「秋生、大丈夫か?」 
「先輩…平気……じゃ、ないかもしれないです」

 平気だと言おうとして、やめた。嘘を吐いても、どうせすぐバレてしまうに決まっている。
 手を伸ばすと、華蓮にその手を引かれた。抱き締められると、どこからか駆けてきそうだった記憶は、消えていった。

「ごめんね。もうやめておこうか?」
「いえ…、続けてください」

 今のままではまだ、良狐に神のことを伝えるべきかの答えは出ていない。
 華蓮が近くにいれば大丈夫だと感じた秋生は、そのまま話を続けてもらうことにした。


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