Long story


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――夢のような現実

 吉田隆を成仏させてから一夜明けた。昨日はあれから、本当に大変だった。
華蓮と共に帰路についたのは午後2時前。この分だと放課後には十分間に合う。最悪だった気分は華蓮に褒められたことによりテンションマックスで、秋生は学校に帰ったらすぐにでもshoehornの話に花を咲かせる気満々だったのだが。
現実はそう甘くはない(今まで散々厳しかったのだから、少しくらい甘くてもいいと思う)。歩き出して間もなく秋生の拒絶反応が悪化し、立っているのもままならない状態になった。その結果、限界に達して道路脇にしゃがみ込んでしまった秋生を華蓮がおぶって帰る羽目になった。
 学校に着いても拒絶反応は治まることなく、とてもじゃないがshoehornの話どころではなかった。保健室を頑なに拒んだ秋生は応接室のソファで七不思議になってもおかしくないほどの唸り声を上げながら拒絶反応と闘い、ようやく治まったころには放課後も放課後、下校時刻を知らせる放送が流れてしまっていた。
 華蓮にはおぶって帰ってもらったこと及び定位置であるソファを取ってしまったことを謝り倒し、春人にはずっと付き添ってもらったこと及びshoehornの話が出来なかったことを謝り倒し、深月には家の近くまで送ってもらったこと(秋生を一人で帰らせられないと言う話になった際、意外にも深月の家と秋生の家が近いことが発覚した)を謝り倒し、とにもかくにも謝り倒した。営業マン張りに謝り倒した。その結果、秋生のテンションはマックスから急降下し、家に着くころにはこの世の終わりのような顔をしていると加奈子に言われたくらいだ。
 春人に至っては帰ってからも電話で謝ったくらいだった。なにせ、月に一度のshoehornを台無しにしてしまったのだ。一回寝てしまったらその日のテンションは戻ってこないのに。だから春人は授業をさぼってまで協力してくれたのに。
 そして今日、秋生はホームルーム前に春人にもう一度謝ろうと思いながら応接室にやってきた。本当はここに来ずに教室に行こうかとも考えたが、華蓮にもひとこと言っていこうと思ってまず応接室に行くことにしたという次第だ。


「遅い」
「え?」

 応接室の扉を開けるや否や、苛立ち混じりに華蓮が言い放った。朝から華蓮が言葉を発することは珍しい。いつも秋生が挨拶しても返事もしないのに。

「行くぞ」
「は?どこに?」
「いいから来い」

 そう言うと、華蓮は秋生の横を通って応接室を出た。秋生は訳も分からないまま、後を追う。

「私は?」
「来たければ来い」
「わーい」

 加奈子が秋生の後に続き出たのを確認してから、秋生は扉を閉めた。一体どこに行くと言うのだろうか。分からないままに後を付いて行くが、歩いているうちに向かう場所は想像できた。
 最近、よく通る順路だ。

「新聞部の部室に行くんすか?」
「そうだ」
「どうして?」

 秋生の質問に、華蓮は答えなかった。聞こえなかったわけではなく答えなかったのだろう。行けば分かることだ。秋生はそれ以上問わなかった。
 秋生たちが新聞部の前に着くのとほぼ同時に、向かいから春人がやってきた。当初の予定とは違うが、春人に会えたことは好都合だ。

「あれ〜っ、秋と夏川先輩。おはようございます〜」
「おはよー。昨日はごめんな」
「もういいってば。でもせっかくだから、後から話ししようね〜。俺たちは1日たっても昨日と同じテンションで話せるよ。それくらいファンなんだって、見せつければいいんだよ」
「それ最高」

 春人はニコリと笑ってピースをして見せた。秋生はそれに笑顔で返した。

「…ところで、どうしてここに?」
「先輩について来いって言われて。春人は、朝から部活?」
「みつ兄に至急来いって言われてきたからまだなんとも…でも、秋たちが来てるってことは仕事じゃないかもね〜」

 そう言っている間に、華蓮はさっさと新聞部の扉を開けた。そこは普通春人が開けるべきじゃないのかと秋生は思うが、後の祭りだ。それに、華蓮が開けても春人が開けても何かが変わるわけではないだろう。

「深月、奴は来ているか」
「なぁ〜つぅ〜、どういうことだよ!俺は何も聞いてないんだけど!」
「当たり前だ。話していないからな」
「何で家主に断りもなく勝手にここを集合場所にするんだよ!ここは俺のテリトリーだぞ!」

 深月は相当ご立腹のようで、廊下まで声が響いてきた。華蓮は全く動揺していないようだが、秋生と春人は廊下で顔を見合わせて首を傾げた。

「何ってんの。みっきーのテリトリーである以前に僕のテリトリーでしょ」
「うるせぇお前は黙ってろ」

 深月の声が華蓮に向けているものに比べて随分と冷たくなった。しかし、秋生と春人はそんなことよりも部室から聞こえたもう一つの声に、再び顔を合わせた。

「部を統括しているのは生徒会で、僕が生徒会長だからね。この学校全てが僕のテリトリー。まぁ、こんな汚い部室なんていらないけど」
「だったら出て行け」
「僕だっていたくている訳じゃないよ。でも、なっちゃんに頼まれたら断れないってもんでしょ」

 華蓮でも深月でもない第三の人物が喋るたびに、秋生と春人は耳をそば立てて、部室の中の会話を聞いていた。この部室の中から聞こえている第三の人物の声が、自分たちの想像している人物で間違いないかを検証しているのだ。

「大体、なんだってここなんだよ。応接室でいいだろ、応接室で」
「俺のテリトリーにコイツを入れる訳がないだろう」
「何この子超自己中なんですけど!」

 深月が頭を抱えていることが容易に想像できる。華蓮を“この子”呼ばわりできるのはこの世で深月だけではないだろうかと、秋生は少し感心した。

「で、例の子たちはどの子?」
「ああ、そこにいる」
「秋生―、春人―、何してんの。早く入ってこいよー」

 深月に名前を呼ばれてびくっと肩が跳ねた。2人はしばらく顔を合わせて無言の意志疎通をする。しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。決意を固めるように息を飲み、そして深呼吸をしてから2人同時に部室の中に足を踏み入れた。


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