Long story
漆拾弌ーー神に仕える者
生徒会室から木々が消え去ると、その悲惨さがありありと顔を覗かせた。窓に映し出されていた画面が消え、肉眼でも見えるようになる。
「お前、こうなることを分かってたんじゃないだろうな?」
「そんなわけないだろ。偶然だが、俺が予言者になる日も近いかもしれないな」
亞希本人も、まさかこんなことになるとは思っていなかったようだ。その言葉に、偽りは感じられない。そもそも、亞希はぬらりひょんを誰が討ったのかも知らなかったのだから、当たり前のことだ。
しかし、本当につい先程話したばかりの話題がこうも都合よく目の前に現れると、やはりどこか気持ち悪いと思わずにはいられない。
「行きましょう」
双月の合図で、外で待機していた華蓮たちも生徒会室に足を踏み入れた。ジャングルのなくなった室内は竜巻の起こったあとのよううな悲惨さだったが、紛れもなく生徒会室だ。
室内に入ってまず目に入ったのは、今にも灰になって散っていきそうな侑の姿だった。
「ああ…ああ…、僕の新しい生徒会室がぁ…」
「全部自業自得じゃろうが。全く、関係ない俺が一番泣きたいっちゅうのに」
「ひすい…そうだね。…色々とごめんね」
「ええよ、もう。こうなったもんは謝って戻るもんでもないんじゃけ」
床に空いた風穴を見ながら、ひすいはため息を吐いて苦笑いを浮かべた。対応が大人びていて、どちらが年上か分かったものではない。
「僕もごめんね」
「あんたは許さん。しばらく山にでも籠って帰ってこんでええ」
「ええ…、扱いの差が酷くない?」
睨み付けられた夕陽の表情と来たら、先程まで侑を牽制していたあの険しいい顔が嘘のようだ。
「本来こうなるのを止める立場の人間が、自分で事態を悪化させてどうするんか。ほんま、大概にしときいよ」
「すいません」
これはこれで、主従関係がはっきりしているというものだ。
ひすいに叱咤され夕陽はまるで飼い主に怒られた犬のようにしゅんとした表情を浮かべる。
「そう責め立ててやらないでおくれ。今回の件は、夕陽のせいというわけでもないんだよ」
「そう思うなら、もっと早うに出てきて侑を止めちょって欲しかったです」
「それは叶わぬと知っているだろう。しかし、すまなかったね」
「いいえ、こちらこそ八つ当たりしてすいません。あなたのせいだと思っちょるわけじゃないんです。というか、この際誰のせいだって構わんですよ。どうせ壊れたものは戻らんのですからね」
ひすいは半ばなげやりになりながら、生徒会室を一望した。
李月が壊した心霊部とどちらが悲惨だとうかと考えてみたが、どちらも似たようなものだ。華蓮がそう思えるくらいに、酷い有り様だった。
「そう自棄にならないで。私が言って、直してもらうわよ」
「本当に!?」
「あなたのためじゃないわ、ひすいのためよ」
魔法のような言葉に灰になりかけた侑の顔がぱっと明るくなったが、双月にきつく睨まれるとすぐさま落ち込んだ表情になった。
それとは対照的に、ひすいの表情が目に見えて明るくなる。
「本当ですか?」
「ええ。心霊部と違ってここは中心部だもの。すぐにどうにかしてくれるはずよ」
華蓮たちはいまだに自分達の部室に戻れていないというのに、生徒会というのは依怙贔屓されるものだ。
若干不満に思わなくもないが、しかしそもそも旧校舎と現校舎(それも新築)とでは、差があっても仕方のないことなのだろう。
「始末がつきそうなら、あたしは帰るとしようかねぇ。夕陽、山まで送りな」
「いや、自分で勝手に出てきたなら自分で帰ればよくない?」
「どうせあんたも山に帰るんだから一緒じゃないか」
「え、本当に僕だけ山送り?そんな酷い話ある?」
確かに、夕陽にはそれなりに同情の余地はある。
そもそも飛縁魔の差し金ならば仕方のないことだし、生徒会室を物理的に壊したのは侑だけのようだ。そう考えると、夕陽のこの扱いは二次被害と言っても過言ではないかもしれない。
「…ひすい、許してあげて?」
「はぁ、もう…。じゃあ、送っていくっちゅうんなら、帰ってきてもええよ」
侑が困ったように頼むと、ひすいは仕方のないと言わんばかりに溜め息を吐いた。
ひすいの言葉に安堵したのは、夕陽だけでなく侑も同じだった。きっと、自分のせいでとばっちりを食らった夕陽を後ろめたく思っていたのだろう。
「よかった。…行こう、飛縁魔」
刹那、突風が吹いた。
咄嗟に瞬きをして次にその場を目にした時には、その場に夕陽の姿はない。代わりに、数メートルはあろうかという巨大な獣が生徒会室を圧迫していた。
橙色の目をした、銀色の狼だ。
「お、狼人間…?」
「そうとも、そうでないとも言えるわ」
目を見開いて首を傾げる春人に、双月は曖昧な説明をした。いや、曖昧にしか説明できなかったと言った方がいい。
なぜなら、当の本人ですらよく理解していないというのだから。ただ、一般的に知られている狼人間とは少し違うということは確かだ。
だから、大きさも尋常ではないし、月を見て変身するわけでもないし、自我を失ったりもしない。
「途中で落とすんじゃないよ」
「分かってるって」
飛縁魔が夕陽の背中に座ると、夕陽はゆっくりと窓側に向きを変えた。幸い、侑が暴走させた植物たちのお陰で窓側の壁はほぼなくなっているため、出ていくのに問題はない。
しかし、出ることはできてもこんなものがうろついていたら相当目立つと思うが、多分それもどうにかするのだろう。
「ちと待つのじゃ!」
今にも窓から飛び出そうとした矢先、背後からそれを制止する声が聞こえて全員が振り返った。
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mokuji
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