Long story


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漆拾ーー次のステージは


「完全におちょくられているな」

 亞希の声が、人気のない廊下に妙に響いた。
 場所は旧校舎の3階。
 華蓮がこてんぱんにやられたあの場所にやって来たが、そこには誰の姿もない。
 その代わりに、廊下の横幅いっぱいの木の板が行く手を阻んでいる。そして、その板には手書き感満載のメッセージと挿し絵が、添えられていた。

「なかなかのセンスだ」

 亞希はそう言いながら板に近寄り、まじまじと描かれている内容を見つめる。本当にそう思っているのなら、妖怪のセンスは最悪以外の何物でもないと華蓮は思う。
 まず、一番大きく書かれてる文字が目にはいる。
『タイトル:負け犬の遠吠え』
 そのタイトルの下に、クレヨンで描かれた挿し絵。男が2人、片方の男が床に倒れており、もう片方の男が倒れている男の背中を踏みピースサインをしていた。

「上手く描けてるな。こっちがお前だろ?」
「黙れ」

 亞希は倒れている方の男を指差しながら、楽しそうに笑う。それに対して苛立った様子で返した華蓮は、挿し絵の下に書かれている文字に視線を向けた。

『まだしばらく留守にするので、文化祭が終わった頃にまた来て下さい。その間せいぜい高みを目指して山籠り修行にでも勤しんで!まぁ、そんなことしても俺には勝てないけどな!はっはっは!』

 負けてしまったことが、悔やんでも悔やみきれないひどに悔しい煽り文句だ。
 本当に、次こそは必ず完膚なきまでに叩きのめしてやると、再度心に誓う。

『PS。くれぐれもズルをして先に進まないように。まぁ、一生勝てないと認めるなら進んでもいいけどな!どうせ勝てないんだし!』

 そう締め括られた文章の末尾に、ウインクした顔が描かれている。これがまた、なんともいえない腹立たしさを醸し出していて忌々しいことこの上ない。

「行くのか?」
「出直す」

 そんなことをしたら、一生勝てないと認めたことになる。
 もちろん、それがあの男の狙いだということは分かっている。そう煽っておけば、勝手に進んだりしないだろうと確信を持っているに違いない。
 しかし、例えそれが策略だとしても、負けを認めるのは絶対に御免だ。

「さっさと戻るぞ。ここの空気はどうも好きじゃない」
「なら出てこなきゃいいだろ」
「こんな面白いものを見せられて、顔を出さないわけがないだろ」

 亞希はそう言いながら、踵を返して歩き出した。
 これを面白いと笑えるなんて、やはり妖怪のセンスはろくなものではない。

「文化祭の後と言うと、どれくらいだ?」
「あと2週間くらい先だったと思うが、どうだったか」

 本当ならとっくに終わっているはずなのだが。
 例年の予定から大幅にずれているので、あまり正確には覚えていない。

「2週間も山籠りなんて御免だからな、俺は」
「そんなことするわけないだろ」

 そんなことは華蓮だって御免だし、そもそもそんなに学校を休むわけにはいかない。
 李月がいるので幽霊退治は問題ないかもしれないが、それ以外にも今は心配事だらけだ。それ以前に、例え心配事がなくてもあの男の言いなりになんてならない。

「ならいいが。山なんて、ほんと、ろくなもんじゃない」
「お前、仮にも妖怪だろ。自然の暮らしに慣れてるんじゃないのか」
「慣れてるイコール好きというわけじゃないだろ。そもそも、この辺の山は治安がよくないから余計に嫌いだ。あの天狗の管理している山を除いてな」

 あの天狗。つまり侑のことであるが。
 確かにあの山は侑のものであるが、実際に管理しているのはほぼ侑ではない。山の主と言われてはいるが、他の妖怪にほとんど丸投げ状態だ。
 そもそも、山に治安があるなんた初めて聞く。華蓮からしてみれば、山などどれも同じに思えてしまう。

「山の治安って、何をもって良し悪しが決まるんだ?」
「それは色々あるけどな。まぁ、その山を縄張りとしている妖怪たちの攻撃性とか、作物が豊かかどうかとか、最低限動物たちが暮らせる環境かとか、言い出したら切りがないな」
「…で、この辺はそれが良くないと?」
「作物の有無は山々でそれほど変わらないが、妖怪たちの質が悪いことと言ったらない。とにかく自分達さえよければそれでいいという連中ばかりだ」

 亞希は心底軽蔑するというような表情で、吐き捨てる。

「スラム街のようなものか」
「人間も、動物も平気で殺すからな。…殺生について俺がとやかくは言えないが、俺にも最低限のルールはあった」

 亞希は人間を恨んでいた。だから、それを殺めることには何の躊躇もなかったと言うが。その一方で、一度たりとも妖怪や動物を殺したことはないと言う。例え自分に牙を向いてきたとしても、応戦はしても殺しはしなかった。
 それは亞希の中の最低限のルールという線引きであり、勝手なエゴであった。しかし、その線引きが亞希を修羅にするのを止めていたのかもしれない。

「そんな山ばかりなのか、この辺は?」
「元々この地を納めていたぬらりひょんと言う妖怪が特に酷くてな。その百鬼夜行の連中は皆同じようなものだった」

 ぬらりひょん。
 有名な妖怪だ、大抵の人なら名前を聞いたことくらいはあるだろう。
 華蓮も、その妖怪の話はこの辺りの山にいたということも含めて、聞いたことがある。

「ぬらりひょん本人は数年前に討たれたと聞いたが、それでも残党は残っているからな。治安の悪さは相変わらずだ」
「類は友を呼ぶというやつか」
「そうだな。…そう言えば、前に天狗がやられて帰って来たことがあったな?」

 そう言われてみれば、侑が怒って山に帰った際に、カレンに出くわして命からがら逃げてきたことがあった。
 座敷わらしの幸運を使って、李月を見つけて連れられて帰って来たのだ。

「あれがどうかしたのか?」
「いや、特にどうということはないが。もしも近くに残党共がいたら、アレの邪気に当てられているかもしれないな」

 アレ、というのは十中八九カレンのことだ。

「僕になっているということか?」

 もしそうなら、そんなことはもっと早くに言っておくべきだ。少なくとも、まるで唐突に思い付いたように言うことではない。
 これまで僕達に散々な目に遭わされてきたというのに、他人事にもほどがある。亞希とて全く無関係というわけでもないというのに、なんとまぁ呑気なことだ。

「そこまではならんだろうが、ぬらりひょんを討たれた復讐心に火がつかんとも言い切れない。火の付いた復讐心が、一人の残党から他の連中に行き渡ればどうなるか分かったもんじゃないからな。天狗の山も危うい」

 どちらにしても、侑に危険が及びかねないというわけだ。そして、場合によっては侑一人の問題ではなくなる。
 しかし、あの騒動は華蓮が遠い昔に思うくらいにもう随分前のことだ。

「それなら、もう何かしら起きてるだろ?」
「残党達がどれほどの数かは知らんが。数百ともなると連鎖を広げるのに多少の時間も要する。数ヵ月経ってやってきても何ら不思議はない」

 それつまり、そろそろやって来るということか。

「お前、何か予感でもしてるのか?」
「馬鹿言え、俺は予言者じゃない。ただ、ふと思い出したことが何となく気がかりなだけだ」

 今まで気にもならなかったことが突然気になるということに、違和感を感じる。
 何かの前触れというやつだろうか。とても、薄気味悪い。

「もしも触発されたら、そいつらは手当たり次第に山を潰して行くってことか」
「いや、あくまで復讐が火種だからな。まずはぬらりひょんを討った奴を狙ってくるだろう。山荒らしはその後だ」
「ぬらりひょんを討った奴か…」

 亞希はここ最近までずっと、家の縁側から出てくることはほとんどなかった。
 そのため、華蓮が話したことやよほど強い妖怪か悪霊かを退治する際に顔を出して見聞きしたこと以外、ほとんど知らない。知ろうと思えば華蓮の記憶を覗いて知ることも出来るのだろうが、それをする気はないのだろう。

「なんだ、知っているのか?」
「お前にしては鈍いな。それだけ治安が悪い中で、唯一まともな山がある。ぬらりひょんの残党たちがどうしてそこに手を出さないのか、考えたら一目瞭然だろ?」

 とはいえ、先程の亞希の話ぶりからすると、これまではそうであっても今後はどうなるか分からない。
 カレンに触発された連中が見境なくなる可能性は十分すぎるほどある。

「…回りくどい言い方をせずに、はっきり言ったらどうだ?」
「もしも本当にぬらりひょんの残党が攻めて来るなら、俺たちも拝める可能性が高いってことだ」

 つまり、普段からよく一緒にいるような近しい誰かがそうであるという意味だ。
 それは決してはっきりとした答えではなかったが、亞希はそれで納得したようで、その後華蓮を問い詰めることはしなかった。


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