Long story


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陸拾玖ーー絶えぬものがそこに

 体の上に覆いかぶさるような体勢の秋生が、じっと華蓮を見ている。その体重をあまり重いと感じなくなっていることと、先ほどまで感じていた異常な気怠さがなくなっていることから、自分の体の大きさが元に戻っているということが推測できた。
 どうやら、良狐のかけたもう一つの術も解けたらしい。しかし、その術が一体何を引き金に解けたのか、それは分からなかった。



「……血が甘いなら、涙も甘いんでしょうか?」
「涙……?」

 秋生の言葉を耳にして、華蓮の思考が途切れた。
 先ほどから飽きもせずに興味津々に見つめていると思えば、そんなどうでもいいことを考えていたのか。自分の考えていたことを中断してそんなことを思いながら頬に触れると、確かに頬に涙が伝っていた。

「あの」
「舐めるなよ」
「――――…すいません!!」
「!」

 華蓮が拒否したにもかかわらず、秋生は華蓮の頬に舌を這わせた。
 華蓮を自分のものだと宣言したことには羞恥でひっくり返りそうになっていたというのに、どうしてこういう時ばかり大胆になるのか華蓮はその思考回路がさっぱり分からない。

「しょっぱい……」
「だろうな」

 そもそも血が甘く感じるのは契を交わしているからだ。
 それで涙も甘く感じるというなら、契の説明をしている時にその話もしているはずだ。

「もう1回舐めてもいいですか」
「はぁ?何でだよ」
「だって、先輩が泣くとこなんてもう一生見れないかもれいないし…」
「当たり前だ。誰が好き好んで泣いたりな――――――泣く…?」
「先輩?」

 それは、もう随分前に失くした感情だった。

 華蓮は何年も前から、涙を流したことはない。
 流すことが出来ないはずだ。


「亞希!!」

 華蓮は秋生を自分の上から退けると、勢いよく立ち上がって縁側に出る。



 金木犀の木に、花は咲いていなかった。


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