Long story


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陸拾肆ーー視線の先に求めるもの

 目が覚めると、家のソファに横になっていた。
 状況は全く飲み込めなかったが、華蓮は天井を見上げた。別に天井が見たいわけではない。体が全く動かないため、天井を見上げることしか出来ないだけだ。天井なんて見上げても全く面白くないが、テレビのリモコンにも手が届かないためもう打つ手はない。

「かーれんっ」
「痛っ!!」

 腹部に突然衝撃が走って、思わず顔を顰めた。
 顰めた顔の先に、面白おかしそうな表情を浮かべている睡蓮の顔があった。

「おお、生きてた」
「睡蓮…お前な……」
「何しても何もやり返せない華蓮なんて、もう二度と出会えないかもしれないし」
「だからって、思いきり腹に乗ってくるやつがあるか」

 仮にも病人を敬うということを…知らなくても無理はないかもしれない。
 睡蓮が育ってきた環境は、お世辞にも教育にいい環境だとは言えなかった。

「え、僕ちょっと触っただけだよ?」
「おい…冗談だろ……」
「うん、冗談」
「体が動くようになったら覚えてろ」
「もう忘れた!」

 やはり、育った環境が実によくなかった。
 特に最近はろくでもない奴に接触しすぎたせいで、根性がねじ曲がり始めている。



「睡蓮…俺がどうなったか教えてくれ」

 華蓮は溜息混じりに睡蓮に視線を向けた。
 記憶の中では、旧校舎で並外れて強い悪霊とも妖怪とも言えない何かと闘って、それから宿題を出されて。秋生が来て…珍しく積極的で……その辺りから記憶がない。

「まず、ゲーセンに向かった李月が学校から異常な邪気を感じて桜お姉ちゃんと戻ってみると、華蓮と秋兄がいちゃらぶしてた」

 それは……一体いつから見ていたのだろうか。
 話し掛ければよかったものを、と一瞬思った華蓮だったがすぐに訂正した。多分自分が李月の側だったら、絶対に話しかけない。

「が、激しい損傷を負っていたらしい華蓮はキスが終わった途端に気絶。秋兄大混乱で、満を持して李月登場。きっと満足して死んだんだろうという心無い発言に秋兄大号泣」

 実に容易に想像できる光景だった。

「李月……」

 体が動くようになったら最初に李月を殴り飛ばしやる。
 華蓮は拳を握ろうと力を込めたが、身体に激痛が走ったためにすぐに力を抜いた。

「そんな秋兄を桜お姉ちゃんが宥めつつ、李月が華蓮を抱えて帰宅。部屋に連れて行こうとしたけど鍵が掛ってたから、ここに寝かせたってわけ」

 鍵はスマホに付けていたはずで、スマホはジャージのポケットに入っているはずだ。
 もしかして、無駄に動き回った時に落としたのだろうか。

「それから、ジャージの上着だけ脱がせたけど血が臭うからってファブリーズぶっかけたのは深月。顔に落書きしようとして双月に止められてたのは侑。分別を弁えて一切近寄らかったのは桜お姉ちゃんと春君。それから、ずーっと付き添ってたのは秋兄」

 睡蓮はそう言ってニコリと笑った。
 とりあえず、深月と侑に関しては体が戻ったら深月に問答無用でバットを飛ばすとして。
 最後の一言が引っかかった。

「ずっとって…今、何時だ?」
「華蓮がぶっ倒れて2日経過した後の午後4時。僕は学校から帰ってきたとこ」
「2日……!?」

 華蓮の感覚ではせいぜい数時間程度のものだと思っていた。それなのに24時間どころじゃなく48時間も意識がなかったとは。
 もしかしてまた…、冗談を言っているのだろうかと、華蓮は睡蓮を疑った。

「本当だよ。秋兄は2日間ずっと、学校も休んで華蓮に付き添ってた」

 睡蓮はそう言って、また笑った。

「それなのに…、どうして今目の前にいるのはお前なんだ?」
「あ、何その顔。僕じゃ不満だっての?」
「そうだな。少なくとも体が動けば、お前を放り投げて秋生を探しに行く程度には不満だ」

 この家の中にいるのか、外にいるのか定かではないが。
 学校に行ってはいないらしいから、そうでなければ家の中にいるか買い出しに出ているかだろう。

「うわ、そこまで言う?」
「目が覚めていきなり腹に蹴りいれてくる奴にどう満足しろって?」
「そうだね。もう少し僕に優しくしてくれたら、僕はその優しさを貫いてあげようと思ってた」

 睡蓮はそう言うと、少しだけ冷めた目をして華蓮を見下ろしながら立ち上がった。
 それから徐々に、華蓮の視界から睡蓮がいなくなっていく。


「ちょっと触っただけって言うのは本当。指でほんの少し、つついただけ」
「………」

 睡蓮は嘘を吐いてはいなかったが、華蓮の反応を見て優しさを見せた。
 しかし、華蓮が睡蓮に拙い態度を取ったせいで、睡蓮はその優しさを貫くことをやめた。

「どう?これで満足した?」
「ああ……大いに」
「じゃあ、他に言うことは?」
「……ごめん」
「よろしい」

 そう言って華蓮の視界から消えて行く睡蓮は、実に悪い顔で笑っていた。
 睡蓮の顔が視界から遠くなっていくのと同時に、華蓮の意識も遠くなっていった。次に目が覚めた時には、秋生が隣にいればいいのにと思った。


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