Long story


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――追い込まれるばかりで

 家族関係は良好だった。両親は共働きで子供たちを養った。希望する高校に行かせ、希望する大学に行かせ、それが公立だろうと私立だろうと、子ども達のしたいようにさせてきた。習い事においても同じで、子どもたちが一度やりたいと言ったことは何でも挑戦させてくれた。その反面、規則やマナーに関しては厳しかった。門限も決まっていたし、それを守らなければきつく叱られた。厳しいことに関してはたまに疎ましく思ったこともあったが、子どもたちは両親を慕っていた。最高の両親だと自慢げに語った。そして、両親の教育に応え立派な大人に成長した。
 そんな両親も今年定年を迎え、明日は母の定年を迎えて最初の誕生日だ。子供たちはパーティーをしようと考えた。子供たちはそれぞれ母親へプレゼントを買うことに決めた。プレゼントはそれぞれでリサーチし、兄、妹は早くから欲しいものをリサーチできたが、そう簡単なことではなかった。妹の協力を得て、パーティーの前日にようやく聞き出すことができた。それが教育実習中の昼休みに連絡があったものだから、適当なメモに書き残してなくさないように教科書に挟んだ。


「それが金曜日」

 資料室の山の中から、5年前のカレンダーを見つけることは簡単だった。母親の誕生日の日にちが分かれば、曜日も分かる。

「死んだのがその次の日。でも…5年前、既に土曜日に授業はない〜ですよね?」
「ああ」

 華蓮が小学生の頃はまだ土曜日にも授業があった。午前中だけであったが、友人たちと遊んでいたため結局家に帰るのは夕方か夜になってしまうことがしょっちゅうだった。

「でも、吉田さんは学校の近くを歩いているところを〜、撥ねられた」

 ちなみに、深月の調査で吉田隆の家は学校よりもかなり遠くにあることが分かっている。つまり、学校に用事がない限りその周辺を歩いているということは不自然だ。

「あの」
「何だ」
「仮説を喋ってもいいですか。もしかしたら、余計な戯言になるかもしれないですが」
「構わん」

 そこまで気を遣う必要はないと思うのだが、秋生が余計なことを吹き込んだに違いない。華蓮が返事をすると、春人は頷いてから喋り出した。

「吉田さんは、土曜日に水泳部の部活に顔を出しに行ったんじゃないでしょうか。それなら、土曜日に学校に来たことも頷けます。調べれば分かることですが…土曜日の午前中に時計を買いに行って、午後に部活に行った。それなら、吉田さんが時計を探して学校に来たことも頷けます。そして、部活を終えて帰るときに時計を忘れてしまった。そのまま帰る途中に撥ねられたか…あるいは思い出して学校に戻る途中に撥ねられた。…というのはどうでしょうか」

 深月の助手をしているだけあって、なかなか出来る。秋生もこれくらい謙虚で推理力に長けていれば問題はないのだが。

「いい仮説だ」
「ありがとうございます。…ちなみにですが、秋生は先輩に褒められたことあります?」
「……自分の言動を逐一記憶などしていない。…多分、ないが」

 あいつは褒めると調子に乗る。それに、そもそも至らないことはよくするが褒められるほどのことをすることは滅多にない。たまにあるが、それも普段の至らないこととよくて相殺。結果、褒めるに値しない。

「わお。じゃあ秋には内緒にしなきゃ。話すとまた怒ってshoehornの話してくれなくなっちゃう」
「…あれほど話したがっていたのだから、そんなことはないだろう。大体、どうして怒る必要がある」

 だからといって、わざわざ言う必要もないが。

「そんなことありますよ。秋はいつも先輩のことばっかりです。さっきだって、せっかくshoehornの余韻に浸ろうと思っていたのに先輩から浮気メールがきたからそのことにシフトチェンジした」
「浮気メール?」

 暗喩ということは分かるが、確実に間違っている。

「加奈子は預かるってやつです。それを見た瞬間、すごい形相になって。秋の心はいつでも先輩中心です。先輩にどう思われているかが一番大事…と言うと、言い過ぎかもしれませんが。とにかく、秋は先輩に評価してほしいです」
「どうして」

 自分に評価されて何が得られるというのか。秋生の考えていることが春人の言うと通りなら、全く理解が出来ない。

「そんなこと俺は知りません。…俺がこんなこと言うと、気を悪くしちゃうかもしれないですが。秋にもう少し優しくしてあげてください」
「ここではなく、そちらを探させろと」
「そうじゃありません。夏川先輩の言うように、秋は危機感が薄いからこういうときにスカイツリーを探させるのは正解だと思います。そういうことではなくて、例えばさっき俺に褒めてくれたように、秋も褒めてあげてください。たまにでもいいですから。秋にしかできないことをしたときとか、そうでないときも。逆上がりができたからとかでも、何でもいいです」
「ガキじゃあるまいし」

 と言った後で、秋生はどちらかというとガキの部類に入るかもしれないと考え直す。しかし、華蓮の思考を絶つように春人の言葉は続く。

「子供じゃなくても、褒められれば嬉しいじゃないですか。感情的にそれが出来ないなら、教育だと思ってください。教育において、叱ることも大事ですが褒めることも大事です。よく伸びる相手だからこそ叱るなんて言うけれど、あまりに叱られてばかりでは、落ちぶれてしまいます。だから、たまには褒めてあげてください」

 春人の言うことは納得が出来た。確かに、教育においては叱るばかりではなく褒めることも重要かもしれない。叱られてばかりでは、何かが歪んでしまう。自分のように。

「…あー、ごめんなさい。調子に乗って喋りすぎました。…怒りました?」

 華蓮が無言になったため、春人は肩をすくめた。逆鱗に触れてしまったかと、恐縮しているようだ。

「…いや。お前の言うことはあながち間違っていない」
「え?」
「考えておく」

 華蓮は秋生の教育者でも親でもないが、立場的には似たようなものだ。子供や生徒は親や先生に褒められたいもので、褒められればまた褒められようとする。悪いことをして叱られれば反省するが、あまり叱られ過ぎると嫌になって荒れる。あまり叱りすぎると、そのうち反抗期がくるかもしれない。それはやっかいだ。

「本当ですか?ありがとうございます!」

 さて、いつまでもこんな話をしている場合ではない。そもそもどうしてそんな話になったのか――それたのは、時計にまつわる仮説の話からだ。

「秋の問題が解決したところで、話を戻しましょう。脱線させてしまってすいませんでした」

 解決したかどうかは置いておくとして、話を戻すこと自体は華蓮も賛成だ。

「仮説、復唱します?」
「必要ない。…先ほどの仮説に従うなら、時計の場所は1か所に絞られる」

 華蓮の言葉に、春人は頷いて見せた。

「合流するって、みつ兄にメッセ送りますね」
「ああ」

 深月の助手にしては随分良くできる。華蓮は心の中で訂正した。


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