Long story


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陸拾ーー甘過ぎないように

 秋生が小さくなってから4日が経った。
 初日の夕食こそコンビニ弁当で丸くおさまった(華蓮としては買いに行く羽目になったので丸くとはいい難い)が、翌日にはまた夕食会議が行われることとなった。色々と議論を交わした結果、双月は世月に扮し後は全員でカラオケボックスに入り、そこで歌うがてら夕食という春人の案が採用された。ちなみに侑はカラオケの店員に見つかってもまずいので、妖怪の力か何かで壁をすり抜けてきた。天狗様は何でもありだ。ともかく、これでしばらく食事の心配はなくなったのだが。
 月曜日になったことで新たな問題が生じた。3歳児の状態では秋生は学校に行くことが出来ない。今度は早朝会議となったのだが「元に戻るまではかーくんと一緒に家で留守番でもしたら?」と春人を通じた世月の案があっさり採用され、数分もしないうちに問題は解決した。しかし、学校についての問題はそれだけではなかった。

「どうするの?」
「どうするって…どうにもならないだろ」

 侑の質問に答えながら、華蓮は自分の太ももに頭を乗せて寝息を立てている秋生に視線を向けた。
 秋生は相変わらず小さいままで、戻る気配すら見せない。おまけに、一度戻ったように思われた記憶も今はすっかり忘れ去られているようで、まるで華蓮が夢でも見ていたかのような気分になったくらいだ。

「どうにもならないって…でも、明日からテストだよ?」

 秋生が元に戻らない状態のであること問題は、そこにあった。
 明日から期末テストが始まる。しかし、秋生はこのままではテストを受けることが出来ない。いくら大鳥グループの力があっても、3歳児に高校生の代わりにテストを受けさせるわけにはいかないし、できたとしても今の秋生には問題は解けない。
 特別待遇に授業免除はってもテスト免除はないので、このまま秋生を元に戻すことができなければ留年確定だ。この学校は妙なところで進学校を気取ってきていて、テストで欠点の場合は追試があるが、テストを受けなかった場合、特別な理由がない限りその時点で留年となる。秋生が置かれている状況は正に“特別な理由”であることに変わりはないが、それも頭の固い教師が理解できる範疇の“特別な理由”でなければならないので、秋生の場合は掛け合っても無理だろう。

「ここはまた世月の一声で追試に回してもらうとか」

 深月がそう言って双月を見ると、双月は顔を顰めて両手を上げた。

「いや、今度こそ無理。流石に無理。天下の世月様もお手上げです」
「だろうな。冗談だよ」
 
 深月が苦笑いを浮かべると、双月はほっとしたように手を下した。
 ここ最近は数々の横暴を働いてきているのだから、さすがに自重しないとまずのだろう。これでまた横暴を働いて、一切身動きが取れないようにされる可能性だってなくはない。

「早く戻らないと今度は秋生が学校行けなくなっちゃうよぉ」

 李月の隣に陣取ってゲームをしていた桜生が、秋生の顔を覗き込んで頬をつついた。しかし秋生は全く起きる様子がないどころか、身動ぎひとつしない。

「退学になったら、本格的な専業主婦だね〜」
「今でも似たようなものだけどね」

 ソファまで寄ってきた春人が桜生と同じように秋生の頬をつつく。同じようにやってきた睡蓮は、ふにふにと頬をつまんだ。そうすると、さすがの秋生も何かを感じたようで、少しだけ身動ぎをした。

「この際モデルでもしたら?この前のジャケットの子誰って、結構言われるんだよね」

 それは侑だけでなく華蓮も何度か聞かれた。
 その度に知らないと答えてきたが、あの距離で写真を撮って(撮られて)おいて知らないというのは少し無理があるのではないかと常々思っている。とはいえ、他に説明のしようがないので結局いつもそう答えてしまうのだが。

「秋生がモデル!すごい!」
「ついに芸能界デビュー!」
「じょ…冗談だよ。さすがにそれは…深月じゃなくて、僕がなっちゃんに殺される。ねぇ?」
「さぁな」

 秋生がしたいと言うなら、華蓮は別に止めはしないが。
 あのジャケットの時点でこの世の終わりのような顔をしていたのだから、とてもやりそうには思えない。

「じゃあ、李月の悪党霊媒師を継ぐっていうのはどう?」
「あー、すーくん。それいい案だけど、いつくんを継ぐってのはやめておいた方がいいと思う」
「どうして?」
「あこぎな商売してますねん」

 桜生は慣れない様子で関西弁を使い、苦笑いを浮かべた。
 一体どこでそんな言葉を覚えてきたのだろうか。

「白蛇が来ると地が割れるなんて、変な噂まで立っちゃって」
「白蛇…?」
「いつくんの通り名。この道じゃ有名なんだよ」

 睡蓮の問いに、桜生はそう言ってにこりと笑った。
 全然笑うことではないと思うし、一体どんな商売の仕方をしたらそんな通り名がついて、そんな言われ方をするのだろうか。

「そんな凄いの、秋じゃ継げないね〜」
「凄いってより、いつくんの跡目ってことで秋生が目付けられたら可哀想だから却下だね」

 ここまでくると、頭なの中で指摘するにも突っ込みどころが多すぎるのでスルーだ。
 自分の話題なのに関わらず気持ちよさそうに寝ている秋生は、さきほどの睡蓮と同じように桜生が頬をつねっても、再び身動ぎをすることはなかった。


「ていうかお前ら、退学になる前提で話ししないで、退学にならないための案を考えたら?」

 李月の話が落ち着いたところで、双月が呆れたように声を出した。
 それは華蓮もずっと気になっていたことだが、いつ口に出そうかと考えていたところで先に双月が言ってくれてよかったと思った。

「ああ、そういえばそう言う話でしたね」
「でしたねって……」

 春人がまるっきり忘れていたような声を出すと、双月は苦笑いを浮かべた。
 多分忘れていたのは桜生も睡蓮も同じなのだろう。桜生と同じように“そういえば”と言うような表情を浮かべていた。

「でも他に案って…あ!もう1回学校爆発させてテストを延期!」
「それだけは勘弁してください!!」

 桜生の出した案は侑によって一瞬で却下された。というよりも、懇願されたと言った方が正しいかもしれない。

「どうする秋生?こうなったら、どこにいるかも分からないドッペルゲンガーも呼ぶ?」

 それはカレンのことを言っているのか、それとも深い意味はないのか。
 桜生はそう言いながら秋生の頬つついた。すると、これまで全く反応する気配もなかった秋生が途端にぱちりと目を開けて起き上がった。



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