Long story


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伍拾玖ーーほどよい甘さとは

 日付が変わった。
 いつもより随分と早く部屋に戻った華蓮は、テレビをBGM代わりにゲームをし、11時を過ぎたあたりで寝ようと思ったが全く寝つけずに時間だけが過ぎて行った。このままでは寝られないと思った華蓮は、流石に李月以外は誰も起きていないだろうという時間を見計らってリビングに向かった。が、階段を下りてそうそう後悔をした。

「ん〜〜〜…」

 リビングに繋がるドアノブに必死に片手を伸ばして唸るような声をあげているのは、今一番会いたくない人物だ。
 秋生は必死にリビングの扉を開けようと奮闘していた。伸ばされていないもう片方の手には、何故か華蓮のジャージの上着が抱えられている(ちなみに、上着の下には睡蓮の長袖の服のお古を着ているのだが、それも大分大きく袖は何度もめくられていた)。
 秋生の手にしていたジャージの上着は、着ていないために今の華蓮が着るぶんに丁度いい大きさに戻ってしまっていて、明らかに邪魔だ。おいてくればよかっただろうに、どうしてわざわざ持ってきたのだろうか。
 それ以前に、こんな時間にリビングに何の用事があるというのか。

「秋生」

 接触したくはなかったが、このまま放って部屋に戻るわけにもいかない。
 華蓮が声をかけると、秋生はビクッと肩を鳴らして手にしていたジャージをどさっと落とした。

「…か……れん……」

 そんなに怯えた目をして名前を呼ばないで欲しい。ただでさえ嫌いな名前が、もっと嫌いになりそうだ。

「入りたいのか?」
「う…ん……」
「ほら」
「…ありがとう……」

 扉を開けてやると、秋生は落とした上着を抱え直して華蓮に一言そう言ってから、とたとたとリビングの中に入って行った。
 どうしようか迷った挙句、華蓮もリビングに入ることにした。どうして秋生が起きてきたのかは分からないが、3歳児がこんな時間にうろうろしているというのは、いくら嫌われていたとしても見過ごせない。

「なんだ、お前もいたのか」

 リビングに入ってすぐ、ダイニングテーブルでよく分からない機械(コーヒーを作るものだということはかろうじて分かっている)を広げている李月が目に入った。
 李月は華蓮を見つけてすぐ、少し驚いたように声を出した。

「降りて来たらこいつが…って、お前開けてやれよ」
「作り終わったら開けてやろうと思ってた」

 作り終わったらって、明らかに数分で出来るようには見えない。
 一体いつまであの状態を続けさせる気だったのだろうか。もしかしたら、あわよくば諦めて戻っていくことを望んでいたのかもしれない。

「お前がいるなら俺は戻る」
「待て。俺はコーヒー作るので忙しいんだ。面倒見ろ」
「俺がいても泣かせるだけだ」
「そんなこと知るか。お前が入れたんだろ」

 そう言われると、返す言葉はない。
 仕方がないので、そのままリビングに残ることにしてダイニングの椅子に腰かけた。ソファに座らなかったのは、そこに秋生が寝転んだからだ。

「お前がいなくなって、あいつ凄く楽しそうに遊んでた」
「だからなんだよ」
「睨むな、冗談だ。それほど変わりなかった」
「お前…」

 その機械を投げつけてやろうかと思ったが、そんなことをすれば家が破壊せんばかりに怒り狂いそうだったのでやめておいた。いつもならばそんなことお構いなしだが、今の華蓮に李月に反撃するほどの元気はない。

「それどころか、いつもよりも格段に静かだった」
「あの歳で?」

 桜生は3歳くらいではないかと言っていたが、実際はもう少し幼いのではないかと思う。特に根拠があるわけではないのだが。

「ああ。まぁ歩けばこけるのはいつものことだが、それ以外は…大人しく座ってたし、風呂でも自分で全部洗ったらしいし、髪も自分で乾かしてたし、周りに気を遣えるというか…とにかく手のかからない幼児だな」

 李月はそう言ってから、秋生の方に視線を向けた。とはいえ、ソファの背もたれに隠れてしまっている秋生は見えない。どうやら秋生はテレビを付けるでもなく、ただ寝転んでいるだけのようだった。一体何をしにリビングに来たのか、ますます分からない。
 華蓮は机に頬杖を付ながら李月と同じように見えない秋生に視線を向けた。いつもの騒がしい秋生がどうしてこんなにも静かなのか。普通、3歳児程度ならいつもよりもうるさくなってもいいくらいなのに。

「あ…ああ、そうか。そういうことか」

 そうだ。普通ではないのだ。
 華蓮は自分の中の違和感が一気に解消されていくのを感じた。

「何が?」
「子どもらしくない」
「らしくない?」
「子どもってもっと、甘えるもんだろ。だがあいつは全部自分でやって、周りに気を遣って、全然子どもらしくない」

 今の秋生がどの時期の秋生かは分からないが、桜生が“自分の知っている頃はすぐに母親に頼っていた”と言っていたから、きっといなくなって以降の人格なのだろう。
 もしかしたら、誰もいなくなって甘える人がいなくなったか、甘えてはいけないと思っているのかもしれない。
 思えば、普段の秋生も華蓮に甘えてくるようなことはない。時々近寄ってもいいかとか、触れてもいいかと聞いてくることもあるし、前に1度だけ甘えてみたと言ったことがあるが、華蓮としてはあの程度は甘えには入らない。そのことをあまり気にしたことはなかったが、こんなに幼い頃から秋生は誰にも甘えずに生きてきたのだろうか。

「華蓮、それだ。それが…秋の欲望なんじゃないのか?」

 李月の言葉に、華蓮はハッとした。
 秋生の欲望。望んでいること。

「誰かに…甘える?」

 秋生は甘えたかったのか。
 幼いのころから甘えることをやめて、我慢して。それが当たり前になってしまって、そのせいで甘えたくても甘えられないようになってしまったのだろうか。
 だから今、その欲望を叶えるために、気兼ねなく甘えられることを特権としている子どものような姿になっている。確かに、そう考えると筋は通る。

「まぁ…それで目いっぱい甘えてるなら確実だが、当の秋があの様子だと…何とも言えないが」
「そうだな…」

 今の秋生は甘えるどころか、完全に真逆だ。それどころか、普段の秋生よりも人に気を遣っているようにも思える。
 相変わらずどんな様子なのか分からないソファを見ていると、寝転んでいたらしい秋生がひょこっと顔を出した。



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