Long story


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伍拾捌――甘さは控えめ

 毎度御馴染み月に一度の全校朝礼。校長の下らない話を聞いてテンションを下げ侑のライブでテンションを上げて終わらせるというのがいつもの光景であったのだが。今回は侑がテンションを上げた後に再び生徒たちのテンションを急降下させる「お知らせ」が待っていた。
 学校大破事件により、大鳥高校の行事予定は大幅にずれを伴った。まずは文化祭。本来なら6月末か7月初めに行われるはずだったのだが、予定を大幅に変更して8月初めに開催されることになった。その発表が行われたホームルームで「え?夏休みは?」と首を傾げた生徒は10人20人ではなかった。結論として、夏休みは文化祭の翌日から8月いっぱい。本来の予定よりも大幅に短くなるという衝撃的な事態を迎えていた。しかしその大幅な年間予定の変更を上回って生徒たちに衝撃を与えることになった「お知らせ」があった。

 文化祭と夏休みの日程が大幅にずれましたが、期末テストは予定通り7月中旬に行います。ということで、今日からテスト週間です。
 
 生徒指導の教師がそんなアナウンスをして生徒の5分の1が卒倒させたのは、実に3日前のことだった。

「ここが二乗だから?」
「ええと、ここが二乗だから…こうなって、こうして……あ――!!解けた!解けましたよ夏川先輩!正解…!?」
「正解だ」

 問題が正解したことに興奮した桜生が、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。

 旧校舎、2階の多目的室に床を構えてから数日が経った。先日の世月大暴れ事件(春人が命名した)のせいで応接室が使いものにならなくなったために、一番マシな教室を探しだしそこを部室(仮)とすることにした。最初は普通の教室のように机や椅子があるのが落ち着かなかったが、数日経つと慣れるものだ。

「僕って数学の才能があるかも!」
「ああ、そうだな」

 嬉しそうに椅子に座り直す桜生に華蓮が微かな笑顔を向けたその瞬間、秋生は到頭痺れを切らして桜生と入れ替わるように立ち上がった。

「さっきから桜生ばっかりじゃねーか!いい加減に代われ!!」
「僕の方が基礎知識低いんだから当たり前でしょ!夏川先輩は渡しません!」

 桜生はまるで秋生に当てつけるようにガタンっと机を華蓮に寄せ、舌を出す。それが更に秋生の怒りを助長し、地団太という行為に及ばせた。

「あああもう!何とか言って下さいよ李月さん!!」
「桜生の成績のためだからな」

 まるで動じていないように言う李月が座っている前の机の上には、使い物にならなくなったシャーペンの残骸がいくつも転がっている。そして今また一つ、その残骸が増えた。

「そうは言いますけど、俺なんて滅多に笑顔なんて向けてもらえないですよ!怒られてるか、からかわれるか、怒られてるかのどれかですよ!!」

 秋生が勢いで捲し立てる。怒られているという点を2度言ったのは言ったことを忘れたからじゃない。重要なことなので2度言ったのだ。

「分かった、分かったから落着け。とりあえず座れ」

 李月は机の上の残骸を片付けながら秋生の愚痴に耳を高向け、苦笑いを浮かべた。李月が秋生の腕を引き座るように言うと、ずっと地団太を踏んでいた秋生がようやく椅子に腰を落ち着けた。

「李月さんは桜生を怒ったりしないんですか?」
「しないな…多分、可愛いから大体のことは大目に見ると思う」
「我儘な子に育ちますよ」

 既に完成形に近い気もする。
 特に、桜生の我儘は目を閉じていれば容認できる範囲だから質が悪い。小さい頃の秋生の我儘はとてもじゃないが目を閉じて容認できる範囲を超過していたため、それを思うと秋生は無理矢理桜生を華蓮から引きはがすことができない。
 だから李月にどうにかしてほしいのに。この恋人は桜生に甘々だ。桜生の我儘を悪化させている原因と言っても仕方がないくらいに甘々だ。

「そうは言っても可愛いからな。しょうがない」
「それってつまりあれっすか。俺に可愛げが足りないってことっすか。だから俺は怒られてばっかりだと?」
「いや、そもそも秋は我儘言って怒られてるんじゃないだろ?そりゃ俺だって、歩くたびにこけて、見たくもない旧校舎に入って変な霊引っ張ってきた上に使い物にならなくなって、メイド服で走り回ってどこの馬の骨とも分からん奴にちょっかいかけられてたら―――さすがに…いや、多分、それでも怒らないけど」
「結局怒らないんじゃないすか!!」

 そもそもどうして、李月が旧校舎の図書室の霊の件やメイド服の件を知っているのだろうか。それも、どうやら割と詳しく知っているようだ。どちらも李月と会うよりも前の出来事なのに、一体誰から聞いたのか。

「桜生は言えば反省するからな。それに同じ失敗は繰り返さない」
「俺だって反省しますけど……」
「繰り返すだろ?」

 そう言われると、秋生は違うとは言えない。
 百歩譲っても千歩譲っても違うとは言えない。

「学習能力の差だぁあ…どうすることもできない!!」

 基礎的な頭の出来が違うのだ。
 秋生が頭を抱えて机に倒れ込むと、李月が秋生の頭をぽんぽん叩いた。

「諦めろ。それに、怒られるってことは愛されている証拠だ」
「それは…ちょっと、恥ずかしいです」
「あれもダメでこれもダメで、面倒臭い奴だな」

 李月はそう言いながらクスクスと笑った。その表情を見る限り、あまり面倒くさそうには見えなかった。だからつられて、いつの間にか秋生も笑っていた。


「ああ、もう!!」

 突然、桜生がバンッと音を立てて立ち上がった。
 じっとしていられない病気か何かなのか(秋生が人のことを言えた義理ではないが本人は気づいていない)、立ったり座ったり忙しい。

「桜生?」

 声をかけた秋生の方に視線を向けた桜生は、それはもう険しい表情を浮かべていた。
 つい先ほど自分が同じような思いをしたばかりだ。桜生がどうしてそんなに険しい顔をしているのか、秋生でも想像するのは容易だった。桜生は秋生が李月と楽しそうに笑っているのが気に食わないのだ。

「ごめんね秋生。変わってあげる」
「は……?」

 表情と言葉がマッチしていない。
 絶対に何か文句を言われると思っていた秋生は、目を見開いて素っ頓狂な声を出した。

「秋生がいつくんと仲良くしてるとすっごいムカツク。だから、夏川先輩独り占めしてごめんね」
「ううん……」

 秋生が幼い頃から桜生と喧嘩をした記憶がないのは、桜生がこういう性格だからかと改めて思った。問題を早急に解決するための判断が出来るところが、桜生のいいところであり悪い所でもある。霊体だった時の桜生が華蓮に自分を殺してくれと頼みにきた辺りは悪い例だが、今の場合はいい例だろう。
 謝った桜生は、今度は立ちあがった足で李月の前まで行った。そして、また机を叩く。再びバンッと激しい音がした。何度も叩いて手が痛くならないのか、不思議だ。

「いつくんは僕のだからね?」
「何でそれを俺に言うんだ」
「僕のだからね!」
「あ、ああ…」

 李月が頷くと、桜生は満足したようにその辺にあった机を寄せ、我が物顔で李月の隣に下ろした。そして、何事もなかったかのように常備している漢字ドリルを開く。
 突拍子もない行動をとる桜生も桜生だが、それを突然されたにも関わらず全く驚きもしない李月も李月だ。ただ、それを当たり前のようにやってのける桜生を少しだけ羨ましいと思った。

「俺は基本的にいいところを全部桜生に持って行かれたんすかね?」

 秋生は李月たちから視線を離すと華蓮のいる場所まで移動し、さきほどまで桜生が座っていた椅子に腰を下ろした。机の上には数学の教科書とノートが広がっていて、消しゴムのカスも大量に生産されていた。桜生が努力家だということがよく分かる。

「その事実に気づくのに随分と時間を費やしたのう」
「いや、お前に言ったんじゃねーんだけど」

 今しがたまで姿はなかったはずなのに。いつの間にか、華蓮の肩にどこか馬鹿にしたような表情を浮かべて(いるように見える)良狐が座っていた。尻尾をふらふら揺らしながら甘えるように頬ずりをする姿は実に腹立たしい。

「ほんと、嫌になる」

 どいつもこいつも、どうして自分ができないことをさも当たり前のようにやってのけるのだろうか。いやまぁ、別に頬ずりをしたいわけではないが。要は執拗に接触しているということだ。甘えと言ってもいいかもしれない。
 世月が言うには甘えられることは恋人の特権らしく、使わなければ損だと言われた。秋生はそれを言われてからすぐ後に一度だけ甘えてみたが、それっきりだ。あの時は長い間触れられなくて発狂寸前だったから思い切って甘えることが出来たが、そうでもなければそうそう出来ることではない。

「おぬしもこのような阿呆を相手にしておると大変じゃのう」
「は?」

 良狐が華蓮に頬ずりをしながら、くつくつと笑い声をあげた。どうやら、勝手に秋生の心を読んだらしい。
 そのことに気が付いた秋生は良狐を睨み付けるが、まるでどうでもよさそうに華蓮への頬ずりを続けた。華蓮がそれを拒まないというのも、秋生の苛立ちを助長させている。

「わらわは煩わしゅうて適わぬ」
「何が?」
「こやつに聞けばよい」

 華蓮は訝しげな表情を浮かべながら秋生に視線を向けた。
 秋生が触れて欲しくない話題を自分から引っ張り出しておいて、最終的に本人に振るとはどういう嫌がらせだろうか。秋生は華蓮の視線に苦笑いを返した。

「何でもないです。気にしないでください」
「つくづく阿呆じゃのう」
「うっさい」

 秋生は良狐を睨み付けてから、溜息を吐いて机に頬杖を付いた。
 相変わらず桜生は李月の隣で漢字ドリルを開いているし、良狐は自分が話をかき乱したにも関わらず素知らぬ顔で華蓮の肩に座っているし、華蓮はまるで何事もなかったかのような態度だし。
 なんだか秋生だけ得をしていない気がする。
 それを言うならば、得をしていないと言う点では華蓮も同じだが、秋生に至っては得をしていないどころかむしろ損をしている気がするので尚悪い。それはきっと間違いではなくて、今日は何をしても何を言っても役損の日なのだろう。それならば今日はなるべく何も言わず何もせず過ごすに限る。秋生はそう心に決めて、再び溜息を吐いた。


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