Long story


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伍拾陸――過ぎ去った時の残り香

 痛い。多分そろそろ腕が腐って落ちる。
 頭の中で冷静にそんなことを考え、体を起こした。二の腕に巻かれた包帯は何回巻きなおしたか分からないが、既に血が滲んでいた。腕が全体的に紫に見えるのは気のせいだとするにはあまりにグロテスクで、人の目に映る以前に自分で見る分にも大分気分が萎える。チェストから長袖の服を引っ張り出しながら、華蓮は溜息を吐いた。
 華蓮にこの傷を与えたのは、今現在も隣の部屋でのた打ち回っているだろう李月だ。実際は八都に拘束されてのた打ち回ることも許されていないかもしれないが、とにかくその李月を学校から家に移動させている間に負った傷だ。完全に目が逝っていた李月は明らかに意識のない殺戮兵器だった。少しだけ本当に死ぬかと思った。今思えば、これくらいで済んでマシだったのかもしれない。

「随分と酷い有様だな」

 部屋を出ると、それを待っていたかのように亞希が廊下に姿を現した。その視線は服で完全に隠れている傷に向いている。

「前に李月に刺された時にはすぐに治っただろ、どうなってる?」

 少なくとも腕は紫色にはならなかったし、痛みもこれほどではなく翌日にはなくなっていて3日もすれば傷もすっかりなくなっていた。しかし、この傷はどう見ても3日で治りそうな様子はない。
 以前のことを思い出しながら問うと、亞希は苦笑いを浮かべた。

「呪詛付きだからだよ」

 その言葉を聞いた瞬間、華蓮は気が遠くなるような眩暈に襲われた。
 本人の意思ではないとはいえ親切に家まで運んでやった恩人を切り付けるばかりか、呪いまでかけるなんて。呪詛なんてものは、それこそかけた恨んだ相手がそのた打ち回りながら死んでいくのを楽しく眺める以外になんの利点もない。殺戮兵器らしからぬ感情論だ。殺戮兵器ならもっと一発で大量虐殺できそうな効率のいい方法を使え。なんて性格の悪い殺戮兵器だろう。

「まぁ、俺でも解けないことはないけど。結構強い呪詛だから、本人に解いてもらう方が早いだろうな」
「それはつまり…」
「そこで雁字搦めにされているのが解放されるのを待つしかない」

 お手上げポーズをとる姿を見て、華蓮は今一度眩暈に襲われた。
 二次災害も甚だしい。

「まぁ、無意識のうちに手加減したんだろうな」
「これで?」
「本気で呪われていたら既に全身がその状態のはずだからな。それに、これくらいなら腕が落ちることもないだろ」

 服に覆われているのに、亞希はまるでその傷が見えているかのように呪いの状態を考察していた。
 何にしても、腕はなくならないらしいということを聞いて少しだけ安心した。

「とはいえ、呪いが解けるまで寝ることは諦めた方がいいかもね」
「…意地でも寝てやる」

 とはいえ、このまま部屋に戻ってもまず寝つけない。
 ここはゲームでもして痛みを紛らわせながら、限界まで眠りを誘ってから寝るしかない。

「リビングに行くの?騒がしいよ」
「誰かいるのか?」

 既に12時を回った時間。
 普段なら李月以外は起きてはいない。深月が出ているときには侑も起きているが、今日深月は家にいたのでそれはない。一体誰が起きているのだろうか。いやそもそも、誰が起きているにしても1人だけで騒がしいというのは少しおかしい。複数人いるのか。大勢いるなら行くのは却下だ。

「俺の可愛いあの子が発狂してる」

 華蓮が思考を巡らせていると、楽しそうに笑いながら返答が返ってきた。
 亞希が“可愛い”と表現して、愛おしそうな表情を浮かべる相手はこの家に1人しかいない。

「お前のじゃない」

 複数人いるわけではないらしい。
 華蓮は少し苛立ちながらそれだけ返して、リビングに向かった。


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