Long story


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伍拾伍――犠牲は付き物と言う

 背後から背中を押すように駆け抜けていった風は、この学校の邪気そのものだ。
 それを理解したとき、鈍く頭に響いていた頭痛が一層増した。そしてその瞬間、李月の怒りは一気に消沈してしまった。

「誰が頭の悪そうな低級霊ですって…?」

 どん、という音と共に再び背後から突風が襲う。
 振り返ると、世月の周りに学校の邪気がこれ以上ないくらいに集中しており、右足が床にめり込んでいた。
 世月の眼は完全に瞳孔が開いていて、周りを取り巻く邪気は邪悪そのものだ。不敵というより悪意に満ちたその笑みは天使のての字も通わせていない。一言で的確に表現するならば、魔王降臨。

「顔面偏差値15のくせして、私を下等評価しようとはいい度胸ねぇ?ええ?」

 世月が右足を踏みしめると、またしても邪気の突風がその周囲から放たれた。
 この学校の邪気が、共鳴している世月の怒りに反応している。

「よ…世月…落ち着け……」
「黙れ」

 睨み付けられると、金縛りにあったように動けなくなった。
 頭を割られるのではないだろうかというほどの頭痛が、頭を駆け抜ける。

「低級霊ごと気が俺を止められると思うな…!!」

 終わった。今のひとことで、この男の助かる術は絶たれた。

「一度ならず二度までも私を侮辱したな!」

 世月が頭上高くに手を挙げると、その周囲に球体の形状をとった邪気が無数に現れた。邪気が反応しているのではない。世月が自分の意志で、この学校の邪気を意のままに操っているのだ。

「死に晒せ下等生物がぁあ!」

 発言が完全に魔王だ。史上最恐の悪役だ。
 世月が手を振り下ろすと、周りに漂っていた邪気の塊が一斉に姿を消した。幸か不幸か、コントロールは抜群で、目にもとまらぬスピードで李月の横を通り抜けた邪気の塊は一直線に男に向かって飛んで行った。風船が破裂するような音が耳に響き渡り、まるで隕石でも落下したかのように床が穴だらけになって、男の姿が見えなくなるくらいに煙が舞った。

「っ…!!」

 いくらカレンに力を与えられたからといっても、それは霊能力的な問題だ。身体能力が向上するわけではない。つまり、いくら特殊な能力を手に入れてもあの無数の邪気の塊を避けることは不可能だということだ。李月くらいになると、避けずとも結界で跳ね返すなんてこともできたりするが…煙が薄くなってから姿を現した男は白目を剥いているところを見ると、そこまでの力は持ち合わせていなかったようだ。

「あーあ……」

 男には気の毒だが、思いのほか早く片付いたことはラッキーだ。あとはあの男の憎しみを巣食うカレンの瘴気を八都にでも食わせれば解決だ。

「これしきの事で終わったと思うなよ」

 世月が右手を高くに挙げると、その手に邪気が集約されていく。するすると絡みつくように吸い寄せられた邪気は、世月の手を包み込んで巨大な刃物のような形を取った。
 男は廊下に倒れ完全に伸びてしまっている。おまけに先ほどの世月の猛攻で既に傷だらけだ。その相手にそれを振り下ろす気なのか。死ぬ、それは確実に死ぬ。

「世月、ちょっと待て!殺す気か!!」
「はぁ?」

 李月の言葉に反応して向けられた視線の先にある瞳は、ただ純粋に感情にのみ従う眼だった。それは同時に、完全に正常な判断力を見失っていることを意味した。誰が何を言っても、まるで聞く耳を持たないほど怒り狂った状態。
 足が竦んでしまいそうになるほどに恐怖を助長するその眼を、李月はまだ世月が生きていた頃に何度か見たことがある。李月が今金髪であるのもその餌食になったからであるが…そんなことはどうでもいい。こうなってしまった世月を止めるのは、命がけだ。

「そんなこと、私の知ったことじゃない」

 世月は冷たい口調でそう言い放った瞬間、刃物のような形になった邪気が更に増した。そして収まり斬らなかった邪気は爆音と共に天井を貫いた。そんなことは関係ないと言うように世月が一歩前に踏み出すと、地震でも起きたかのようにぐらりと建物が揺れた。世月の足元を中心に、廊下がひび割れというレベルを超えて大破していた。

「冗談だろ…」

 生きていた頃の世月は、どうあがいても所詮は少し霊感の強い人間。いくら血の気が多くなって周りが見えなくなっても、程度が知れている。どれほど暴れ回ったところで…病院送りになった者は数人見た気がしないでもないが、死人が出るような事態にはならなかった。しかし、今は生きていないどころか、とんでもない力を操れてしまう。鬼に金棒とは正にこのことだ。それも、絶対に持たせてはいけない鬼に金棒を持たせてしまった。
 目の前で起こっている状況を目の当たりにした李月は頭を抱えた。頭痛に加えて眩暈まで併発してきた気がする。もう嫌だ。いっそこの場から逃げ出してしまいたい。

「二度と無駄口叩けないようにしてやるわ!」

 李月は逃げ出せるくらい臆病でなかった自分を恨んだ。


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