Long story


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伍拾参――進めど止まらず

 これは本格的に形勢が逆転した。李月はそう思った。
 それは何も正体が見えない敵の話ではなく、今目の前にいる女子高生――のような格好をした秋生のことだった。

「短い……」

 秋生はそう呟いて、必死にスカート下に向けて引っ張っていた。とはいえ、ゴム製でもない布は引っ張っても伸びないが。

「破壊力抜群だねー」
「メイド服、とやらのときより似合うておるわ」

 今は桜生の肩に乗っている良狐の言うメイド服姿を李月は知らないので比較はできない。しかし、桜生の言う通り破壊力が抜群だということは理解できた。
 スカートは多分、限界まで短くしてある。ニーハイソックスとスカートとの間に少しだけ見えている素足のことを、絶対領域と言うらしい。一見意味の分からないように思える言葉だが、秋生を見ているとなんとなく意味が分かったような気がした。上半身は普段と何ら変わりないカッターシャツだが、スカートの効果でそれすら普段の何割か増しに見えるのだから、目の錯覚とは恐ろしいものだ。

「他人事だと思って……」

 秋生はそう言いながら、いつも座っている椅子に腰を下ろした。隙間からスパッツが見えないように必死に押さえつけているしぐさは、逆効果のように思う。

「どうする?授業。出ない?」
「出る…けど」

 秋生は大きなため息を吐いた。
 現在ホームルームが終わって、授業までの空き時間。周りの視線に耐えられなくなった秋生は逃げるように部室に来たらしい。桜生はその付き添いだ。春人も途中まで一緒だったが、双月に捕まえられて半ば強制的に連行されて行ったらしい。

「出とうないのであれば、でなければよいではないか」
「そうは言うけど…」

 良狐の言葉に秋生が眉を顰めながら視線を向けた先は華蓮だ。そもそもホームルームすら出ていない華蓮はいつも通りソファの上にいるが、今日は座っているのではなくて寝転んでいる。両腕で顔が覆われているので寝ているのかどうかは定かではないが、まるで微動にしない。これでは寝ているというよりも死んでいると言った方が正しい。
 どうやら秋生は華蓮に気を遣って出たくない授業に出ようとしているらしい。それは無用な気遣いだと思うのだが、そう思うのは李月だけだろうか。

「いつくんは平気なの?」

 そう言いながら、桜生が李月の方にやってきた。李月は風に当たるために窓を全開にして、窓枠に腰かけている。李月は華蓮に視線を送るが、動く気配はない。もしも起きているなら聞こえてはいるだろうが。

「まぁ、ほどほどに」

 平気かと言われれば平気ではない。とはいえ、華蓮ほどではない。まず座っていられるし、ホームルームは行かなかったが授業には出るつもりだ。それに引き替え華蓮は授業に出るのもままならないだろう。学校まで来たたけでも褒めてやるべきだ。

「無理しちゃだめだよ」
「ああ」

 少し心配そうな表情を浮かべている桜生の頭を撫でると、微かな笑顔に変わった。今の笑顔で昼間では生きていける。そう思った瞬間、少しだけ自分が気持ち悪いと思った。

「そなたにはあのような可愛らしさが足りぬのじゃ」
「俺は別に可愛さなんて求めてないっつの」
「そういうことは己の格好を見てから言うのじゃな」

 良狐はそう言って、くつくつと笑った。
 確かに、その格好で可愛さを求めていないと言われても、説得力の欠片もない。

「いやこれ好きでやってんじゃないから…」

 秋生は心底嫌そうに溜息を吐いた。

「やりたくもないのに似合うてしまうのじゃから仕様がないであろう。それだけではあるまい。そのような格好をしておっても怪奇の目で見られぬ環境にいるということは、最早そういう宿命ということじゃ。さっさと諦めて極めた方が楽であろう」

 良狐の言う通り、諦めた方が楽なのはそうかもしれない。しかしだからといって、したくないことを無理にするほどのことなのか。可愛い格好をしなければいけない宿命とは一体何なのだろう。そんなもの、あっていいのだろうか。

「まぁ僕たちAB型だからね。繊細なのはしょうがないけど、そればっかりじゃどうにもならないよ」

 良狐を援護するように、桜生が声を出した。
 李月はその時確信した。AB型が繊細だというのは絶対に迷信だ。どこか繊細だ。どこか天才肌だ。どちらも全くその傾向がみられない。

「俺たち繊細か?」

 李月の思ったことを、秋生が指摘する。

「そうじゃないって思うなら、秋生も早くAB型の殻を捨てて受け入れるといいよ」

 確かにもしもそんな宿命があるならば、桜生は既にその宿命を受け止めている。むしろ、自分から進んでその宿命に飛び込んで行っているようなものだ。

「これは宿命なのか…」

 ここまでいくとマインドコントロールだ。
 そんな宿命があるわけないのに、秋生はすっかり呑みこまれかけている。李月は頭を抱える秋生を見ながら、苦笑いを浮かべた。

「そろそろ授業だぞ」

 さすがに秋生が可哀想になってきた李月が口を挟んだ。既に手遅れである気がしなくもないが、まぁその時はその時だ。李月は今が口を挟むベストだったと思っている。

「本当だ。教室戻ろっか」
「大丈夫。俺はできる。出来る子だ…よしっ」

 教室に戻るだけなのに決死の覚悟が必要らしい。
 李月は秋生の決意を聞きながら華蓮に視線を向ける。相変わらず死んだように動かない。

「おい華蓮。お前はどうするんだ」

 声をかけても華蓮は微動にしなかった。どうやら起きていて動かないのではなくて、完全に寝ているらしい。もしくは死んでいるか。…何もなければ、寝ていようが死んでいようがこのまま放置して行くのだが。
 李月は一瞬秋生に視線を向けて溜息を吐き、華蓮に視線を戻す。窓枠から降りて、華蓮の寝ているソファを思いきり蹴った。がたん、と音を立ててソファの位置が少しずれた。

「えっ!?」
「ちょっといつくんっ!?」

 背後で秋生と桜生が驚いたような声を出すのを聞きながら、李月は華蓮を見下ろしていた。すると、まるでスローモーションのように華蓮が顔の上から両腕を退けて薄らと目を開けた。瞳孔が完全に開いている。

「てめぇ…」

 死んだ。李月は直感的にそう思った。

「ッ!」

 刹那、耳元に風が通り抜け、同時に効果音にしがたい破壊音がした。李月のすぐ隣、体から数ミリのところに床にバッドがめり込んでいる。

「……授業に出るのか出ないのか」

 生きていることに心底驚いた李月は、言葉を出すまでに少しだけ時間がかかった。とはいえ、ほんの1秒そこらだが。

「そんなことのために起こしたのか」

 バッドが隣から消えている。
 早くしないと今度こそ死ぬと思った李月は、急いで口を開いた。

「秋生も授業に出たくないらしい」
「へっ?」

 突然名前を出された秋生が素っ頓狂な声を出した。その途端、李月の顔から数ミリ離れたところでバッドがピタリと止まった。まるで突然現れたかのようなバッドは、李月の顔面よりも少しだけ横に位置していて、次の瞬間には華蓮の手に戻っていた。いつ飛んできたのか李月には全く分からなかったが、あのまま進んでいても頬を掠ったくらいだっただろう。
 有り得ない、と李月は思った。とはいえ、何にしてもバッドが華蓮の手に戻ったということはもう大丈夫ということだ。李月は溜息を吐いて、秋生に視線を向けた。

「でも出るんだろ?」
「えっ…は…はい……出ま、す…」

 李月から視線を向けられ、更にそれに華蓮の視線も加わったからか。秋生は金縛りにあったように固まりながら、かろうじて声を出した。

「だから起こした。お前は出るのか、出ないのか」

 華蓮は李月の言いたいことを察したのだろう。バッドが手からなくなった。

「出ない」

 その返答を聞いた李月は一瞬で華蓮から視線を逸らし、桜生の方に向き直った。

「桜生、行くぞ」
「へ?」

 今度は目を見開いた桜生が李月を見上げる。目の前で起こっていることをあまり理解していないようだ。理解しろと言う方が無理か。椅子に座っている秋生も、開いた口が塞がっていない。

「教室まで送っていく。良狐も、今日は俺について来い」
「しようがないのう」

 その点この妖怪は事を理解しているようで、素直に李月の肩に身を移した。伊達に何百年も生きてない。

「あの…いつくん…」
「ほら、授業に遅れる」
「え、あ、うん…」

 何か言いたそうな桜生の背中を押すと、桜生はおずおずと入口に向かって歩き始めた。 李月もそれに続き、まるで状況を呑みこめずぽかんとしている秋生が覚醒する前に足早に部室から出た。

「ちょっ…」
「ではのう、秋生」
「えっ」

 固まっていた秋生が覚醒し、咄嗟に動き出そうとした瞬間ガタンと引き戸が閉まった。良狐が妖力を使って閉めたのだろう。随分とできた狐だと、李月は思った。


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