Long story


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伍拾弐――展開する気配

 倒れた教師はその日のうちに回復して、入院することなく帰宅したらしい。なぜ倒れたのか、まるで原因が分からないと医師は言ったそうだ。テンションがおかしかった桜生と良狐も、それから特に異変はない。まるで全て偶然の一致で、因果関係はないと言わざるを得ないような状況だ。何も手掛かりがない。ただでさえ、まるでお手上げの状態に業を煮やしているというのに。

「文化祭のミスコンに、秋生君と桜ちゃんエントリーしたから」

 何の変哲もない夕食時、侑が突然そんなことを言い出したために部屋の空気が一瞬で凍り付いた。華蓮と李月が、同時に物凄い形相で侑を睨み付けたからだ。

「ええ!!?」
「みすこん…?何それ?」
「学校で一番かわいい子を決めるんだよ」

 状況が分かっていない桜生に春人が丁寧に説明している。説明されても、桜生はいまいち理解していないようだったが。理解している秋生は真っ青だ。

「…酷い顔してるけど、恨むなら僕を怒らせた自分たちを恨みなよね。まぁ、この子たちが部室を犬小屋にされても出なくないって言うなら話は別だけど?」

 侑は華蓮と李月をそれぞれ箸で指示しにこりともせずに言ってのけた。
 隣で睡蓮が「行儀悪いよ」と言うと箸は引っ込めたが。

「ちょっと待て。桜生はうちの部だぞ」
「だから、新聞部も犬小屋予備軍ってことだよ」

 侑はあっけらかんとした表情で言い放つ。

「何でこいつらの失態に新聞部まで巻き込まれなきゃいけねーんだよ」
「みっきーがいいように僕を扱ってるのが気に食わないから」
「勘弁してくれ……」

 侑を怒らせた代償は思いのほか大きかったらしい。
 心霊部の部室が犬小屋化かつ旧校舎破壊予備軍に加え、新聞部の部室まで犬小屋予備軍とは。予想外の飛び火に深月は頭を抱えてしまった。
 最初の段階で素直に謝っておけば免れたのだろうかと華蓮は一瞬考えたが、そんなことを考えても過去は戻ってこないので考えるのはやめた。それよりも、ここで変に噛みついてこれ以上怒りを買うのを避けつつ、エントリーを回避する方が先決だ。

「凄い形相で睨んできた割に反応薄いね、2人とも」
「二度も考えなしに噛みついて傷を深くするほど馬鹿じゃない」
「右に同じ」
「ていうことは、エントリー自体を認めたことじゃないってこと?」

 侑はそう言って、華蓮を箸で指示した。睡蓮の少し怒ったような「行儀悪いって」と言う声が聞こえる。

「当たり前だ」

 華蓮と李月の声が揃った。

「どうしてダメなんですか?」

 と、桜生はどうしてか李月ではなくて深月に聞いていた。李月に聞いても答えないと思っての判断かもしれない。そして、もしそうならその判断は正しいだろう。きっと李月は答えない。

「ミスコン上位に入っちまうと、世月みたいなアイドル扱いだからな」

 自分の部が犬小屋予備軍になったことからもう立ち直った深月は、質問してきた桜生に苦笑いを向けた。

「うちの学校、世月先輩以外にもアイドルいるの?」
「去年の2位、3位は卒業したんだよ。1位の世月しか残ってないから、アイドルも1人だけ」
「ああ、なるほど」

 質問を飛ばした春人は深月の返答に納得したように頷いた。
 そうは言うが、世月は入学当初から異常なほどの注目を浴びていて、当時の御三家(前年度のミスコン上位はそう呼ばれる)から思いきり目をつけられていた。

「ただの学校のアイドルで済むならいいけどな。実際のところかなり面倒臭いんだぞ。御三家は基本的に学校内外関わらず色んなイベントに参加させられるし。…まぁ、俺は特別待遇で逃げまくってるから、侑が頼んでくるほどのでかいイベントの時しか出ないけど」
「えー、勿体ない。せっかくだから、いっぱい出て楽しめばいいじゃないですか」
「イベントって言ったって、他校との交流会がほとんとだぞ。うちは男子校では異例の公立だから、私立の男子校がめちゃくちゃ胡麻すってくるし。おまけに男子校ってどこも同じで俺らみたいな奴ばっかりだから、胡麻すってくるだけじゃ済まないこともあるんだよ」

 双月がそう言うと、春人と秋生の表情が引きつった。桜生は双月の言わんとすることを理解していない。こういう話には疎いらしい。

「晩餐会って無礼講だからさ。結構お酒とかも出回るんだよねー。双月、ただでさえこの容姿でしょ?…酔った他校の生徒に襲われた回数何回だっけ?」
「聞くなよ。思い出したくもない」

 双月はあからさまに嫌そうな顔をした。華蓮の記憶では、出席した晩さん会、全てでそのような事件が起きていたように記憶している。

「7回」
「深月も答えるなっつの」
「…双月先輩……何回逃げ遅れたんですか」

 それを聞くなら、何回逃げ切れたのかを聞くべきではないのか。そもそも、聞くようなことでもない。

「春君、どうしてそっちを聞くの?逃げてるから、全部ちゃんと逃げてるからそんな目で見るな」
「本人も僕たちも警戒しまくっててこれだからね。血に飢えた猛獣たちは恐ろしいよ」
「分かってるなら出さないでほしいんだけど」

 双月の表情は切実だ。まぁ、出る度にそんな目に遭っていたらそうもなるだろう。

「それは無理。御三家はうちのシンボル…日本でいう天皇のようなものだからね。小さい会を免除してあげてるだけでも感謝してほしいくらいだよ。言っとくけど、僕が本気を出したら双月なんて簡単に捕まえて縛り付けて猿ぐつわ噛ませて、有無を言わず参加させられるんだからね?」
「猿ぐつわ噛まされてるシンボルってどんなだよ」

 深月が苦笑いで吐き捨てた。
 確かに、そんなシンボル全然シンボルっぽくない。だが、襲われないようにするならばその方がいいような気がしないでもない。

「とにかく、そんな危険が及ぶかもしれないものに簡単に出さないってことだな」
「そう言うけどね、双月。出るか出ないかは本人が決めることでしょ?」
「お前さっき、全力で脅してただろ」
「まぁ確かにそうだけど。でもね、何も全部不利益ってわけじゃないんだよ。優勝者にはハワイ旅行券プレゼントだし、準優勝は某有名テーマパーク旅行券、そして3位は温泉旅行券。と、参加者の中から抽選で1名、70インチの大型テレビ」

 まずい、と華蓮は思った。

「出ます!」

 ああ、最悪だ。
 華蓮の悪い予感は見事に的中した。

「お前…テレビくらいで……」
「だって先輩、70インチのテレビですよ!しかも参加者抽選ですよ!この前俺が我慢したテレビくんが自分から来てくれた以外にないでしょ!」

 そんなことは決してない。テレビに意志などない。
 華蓮の言葉を押しのけるように捲し立てる秋生は、いつになく意気込んでいる。

「秋生、テレビ欲しいの?」
「そう!」
「じゃあ、僕も出るよ。その方が確立も上がるでしょ」
「まじで!ありがとう!」

 あーあ。状況は悪化するばかりだ。
 華蓮は「70インチ大型テレビ」というワードが出た時点から諦めていたので深い溜息を吐いただけだったが。李月の場合は完全に巻き添え(出場者本人が自ら巻き込まれに行ったが)なので、箸を落しかけていた。

「じゃあ決まり。本人たちが決めたことだから、君たちにとやかく言わせないからね?」

 そう言って侑は、華蓮と李月に笑顔を向けた。

「華蓮、秋兄が欲しがってるのがテレビだってよく分かったね」
「前に家電量販店に行ったとき、病的に干渉していたからな」
「じゃあ、買ってあげればいいじゃん」

 睡蓮の言葉に華蓮はハッとした。
 そうだ、その手があった。我が弟ながら天才だ。思わず抱きしめたくなったが、時と場を弁えて自重しておいた。

「無理だよ。テレビ、もう生産終了してるから。本来の時期に文化祭が行われてたら、ギリギリ間に合ったかもしれないけど」

 ぬか喜びだった。
 テレビは本来の文化祭に合わせて事前に買っていたということか。ならば他の賞品も既に購入済みなのだろう――とか、そんなことはもうどうでもいい。一瞬の希望が儚く散った今となっては。

「やっぱり、俺に会いに来てくれたんだ!」

 そんなことがあってたまるか。
 華蓮は心の中で悪態を吐きながら、今一度深い溜息を吐いた。


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